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これが本物か

 馬車は、豊かな緑に囲まれた広い街道を走っている。
 木々の間を通り抜ける風は青々とした草木の香りを含み、大きく息を吸い込むと気分が落ち着くような気がする。

「蛇がとぐろを巻くように生えているのが蛇木(じゃぼく)、妖精の羽のように一対の半透明の葉があるあの花はフェアロワイス、茎がまん丸と大きく傘が屋根のようになっているキノコが家茸(かたけ)、家茸の茎には入り口があって、中に入った生物を養分にするんじゃ」

 ランデルが外を指差し、ナタリアにあれはこれはと教えている。
 くしゃりと目尻に横皺(よこじわ)を寄せた青い鎧の老兵は、なんとも好々爺然(こうこうやぜん)としている。
 ナタリアもランデルに懐いているようで、おじいちゃんと孫のような関係性になっていた。

 父になって早六日なのだが、色々と変化があった。

 最近の子供は成長が早いと聞くが、俺の娘のナタリアは小学校五年生くらいの身長になっている。
 飛んだり跳ねたり走り回ったりと元気いっぱいだ。
 髪も肩まで伸びて、癖のない真っ直ぐな黒髪が光を浴びて天使の輪を作り出している。
 アルに似て整った顔立ちだが、つり目がちで勝気な雰囲気がある。
 子供らしい喋り方ではあるが、もう普通に話せるようで、いつの間にか兵士達のアイドル的存在になっていた。
 昼の休憩と夜の野営の時、兵士達はナタリアを奪い合うように話したり遊んだりしている。
 裁縫上手な兵士がナタリアの服を作ってくれているのだが、有り合わせの布で作った間に合わせなので、デザインはあまりよろしくない。

 ナタリアは、アルのことをママと呼び、俺のことをダディと呼び、ランデルのことをハゲちゃんと呼ぶようになった。
 アルの血を強く受け継いでいるのか、アルのように炎を操ることが出来るようだ。
 また、俺とは違い身体能力も高いようで、棒切れを使った模擬戦という名のチャンバラごっこではあるが、ノイマンと互角以上に戦っていた。
 次はハゲちゃんを倒すと意気込んでおり、非常に愛くるしい。
 反抗期に殺されないことを祈るしかない。

 そして、俺にとって重大な問題が発生している。

「にゃあ、にゃちゃりあ。みゃみゃにょおひじゃをぴゃぴゃにみょきゃしちぇみょりゃえにゃいきゃにゃ? ひゃげちゃんぎゃしゃびしぎゃっちぇりゅよ?」
※なあ、ナタリア。ママのお膝をパパにも貸してくれないかな? ハゲちゃんが寂しがってるよ?

「ダーメ! ここはあたしの特等席なんだからね。ダディはハゲちゃんの膝に座ればいいじゃん!」

「お、ユートルディス殿。ワシの膝は現在空席となっておりますぞ! だーっはっはっはっは!」

 この有様だ。
 ナタリアはママ大好きっ子に育ってしまったので、アルの膝枕という俺の癒しの場所が奪われてしまった。
 それだけなら我慢出来るのだが、ランデルのくだらないギャグに付き合わされ、お尻の痛みが再発している。
 ランデルの近くで「それじゃあ失礼して」と言いながら膝に座るフリをするとナタリアが笑ってくれるので安いものではあるが。
 ナタリアの笑顔は何ものにも代え難い。

「ナタリアちゃん、パパもママの事が大好きだからしょうがないんでしゅよぉ? あのゴミと話すと頭が悪くなるから無視しまちょうねぇ」

 アルは俺のことをパパと呼ぶようになり、ランデルのことをゴミと呼ぶようになった。
 教育的にどうかとは思うが、面白すぎて注意できない自分がいる。
 俺も隠れてハゲ呼ばわりしていたせいで、ナタリアの中でランデルがハゲちゃんになってしまった訳だし。
 アルは娘を溺愛しすぎて、ナタリアが大きくなった今でも赤ちゃん言葉で話しかけている。
 産まれてまだ六日しか経っていないのだから、大きくなったも何もないかもしれないが。
 とにかくデレデレなのだ。

コメ:ランデルをゴミ呼ばわりするアルちゃん好き。
コメ:俺もゴミって呼ばれたい!【五千円】
コメ:ナタリアちゃん成長早すぎない? 生後二日で歩いてたし。
コメ:ナタリアたんマジ天使!【一万円】
コメ:ランデルに色々教わってるの見るとほっこりするよなw
コメ:死んだじいちゃん思い出すわ。【三千円】
コメ:おい勇太、パパはママのことが大嫌いだって言え!
コメ:ナタリアちゃんが悲しむからやめろ!

 コメントには、アル大好き(ぜい)の他にナタリア見守り隊が新たに出現していた。
 前者は完全なる俺のアンチで、後者はただナタリアの成長を見守りたいような印象がある。

 まったりとした一家団欒(いっかだんらん)のような雰囲気を楽しんでいると、馬車が停止した。

「ランデル殿に伝令! 偵察隊がプァルラグの縄張りに入ってしまい、雄雌(オスメス)二体に追われています!」

「部隊を停止させ、プァルラグをこちらに誘導せよ! ナタリア、王国最強騎士であるハゲちゃんの戦いをよく見ておくのじゃぞ!」

 また何かモンスターが出たようだ。
 ランデルがいいところを見せようと張り切っている。
 自分の事をハゲちゃんと呼ぶのはキツイのでやめて欲しい。

 馬車から降りると、騎士が俺の剣と盾を持ってきてくれた。
 意味は無いが一応持っておくことにする。
 いつでも命を賭けてナタリアを守れるように、念のための準備だ。
 
「こっちに寄せろ!」

 ランデルの指示が響き渡る。
 大剣を担いだランデルが最前線に(おど)り出ると、前方の木々が揺れた。
 何かが近づいてくるのが分かる。
 馬が駆ける(ひづめ)の音と、それを追いかける重量のある二つの地響きが聞こえてきた。

「ランデル殿、来ます!」

 茂みを突き破り、偵察隊の騎馬兵が道に出る。
 緩やかに曲がりながら、ランデルの横を全速力で通り過ぎた。
 その後に続いて、茂みも木々も粉々に弾き飛ばしながら、二体の巨大な獣が姿を現した。
 四足歩行で力強く大地を踏み鳴らす様は、大型トラックを彷彿(ほうふつ)とさせた。
 熊のようではあるが、一体は頭部からトナカイに似た枝分かれした角が生えている。
 もう一体に角は無いが、前足の爪がランデルの大剣よりも長い。
 深緑色の厚い体毛は、ギリースーツを着ているかのようだ。
 おそらく、角がある方がオスで爪が長い方がメスだろう。

 迫り来る二体のプァルラグに怯むことなく、ランデルは巨大な剣を振り上げた。
 大きく左足を前に出すと、込められた力で大地が砕けた。
 ()()らせた背をバネのようにしならせ、踏み込んだ力を全身で爆発させた。

「ぬうんっ!」

 ランデルが大剣を振り下ろすと、目の前の地面が激しく炸裂した。
 放たれた衝撃波が土煙を巻き上げながらプァルラグをに迫る。
 驚いたプァルラグは急ブレーキをかけて立ち上がったが、ランデルの強力な一撃を受けると後方に吹き飛ばされた。

コメ:ジジイすげえええええ!【四千円】
コメ:タイキンより強くね?w【二千円】
コメ:ゴミ呼ばわりされてるとは思えないw
コメ:ランデルかっけえな!
コメ:人間業じゃねえぞw【二千円】

 ゆっくりと起き上がったプァルラグは、警戒するようにランデルを(にら)みつけている。
 下手に動けないその様子がランデルの剣撃の威力を物語っていた。
 四足歩行の時も迫力があったが、立ち上がったプァルラグはその比ではない。
 目の前に二本の大木が現れたかのようだ。

「ダディ、ちょっと借りるね!」

「ん? あ、ちょっちょ……」
※ん? あ、ちょっと……

 俺の手からルミエールシールドと聖宝剣ゲルバンダインを奪い取ったナタリアが前傾に身を(かが)めて()めを作った。
 ナタリアの後ろ髪が(ムチ)のように空気を打つと、目の前からその姿が消えた。
 放たれた矢のように風を切り、一直線にプァルラグへと向かって行く。

コメ:え、何してんの?
コメ:ナタリアちゃんが危ない!
コメ:ランデル頼む、止めてくれ!
コメ:勇太お前マジでゴミだな。
コメ:ナタリアたそ戻って来てー!

「きょりゃ! にゃちゃりあ、みゃちにゃしゃい!」
※コラ! ナタリア、待ちなさい!

 俺の叫びも、伸ばした手も、ナタリアには届かなかった。

 異変に気付いたランデルがこちらを振り向き、大きく手を広げてナタリアを止めようとしている。
 その時、均衡(きんこう)が崩れた。
 ランデルの無防備な背後にプァルラグが襲いかかったのだ。
 雌のプァルラグが一気に距離を詰めた。
 振り上げた大爪が太陽の光で鋭く輝く。

「ハゲちゃん、お馬さん!」

 ナタリアが叫ぶと、ランデルが()つん()いになった。
 プァルラグの切り裂くような一撃がランデルの背中に(かす)り、鳴り響いた硬質な金属音がその爪の鋭利さを表していた。
 ここ最近()り込まれたお馬さんごっこのおかげで命拾いしたようだ。
 腕を振り下ろしたプァルラグが無防備な姿を(さら)している。

 ナタリアはランデルの背中を踏み台にして、天高く飛び上がった。

「炎よ……」

 ナタリアが黒い炎に包まれる。
 翼のように噴出した黒炎が地上への推進力となる。
 巨大な熊の化け物に黒い流星が強襲した。

「燃え尽きろ! 燼滅獄炎斬(じんめつごくえんざん)!」

 黒い炎を(まと)った伝説の剣が、プァルラグの頭蓋(ずがい)を易々と貫通し、そのまま胴体を真っ二つにした。
 切断面から禍々(まがまが)しい漆黒の火炎が噴き出す。

 優雅に着地したナタリアが立ち上がり、付着した血液を払うように剣を振ると、黒い炎が消失した。

コメ:ナタリアたんしゅんごおいいい!【一万円】
コメ:勇者ナタリアw【一万円】
コメ:そういえば、ユートルなんとかって偽勇者が居たなあ。
コメ:ナタリアたそマジツヨカワ!【三万円】
コメ:カメラマンご苦労!【五千円】

 (つがい)の片割れが一瞬で死んでしまった恐怖からか、雄のプァルラグが尻尾を巻いて逃げ出した。
 自分の十分の一程度の身長しかない女の子を前にして、まさか負けるとは思ってもいなかったのだろう。

「あらあら、情けない。パパなら逃げませんよっ? ナタリアちゃん、ママがお手本を見せてあげまちゅからねっ!」

 アルの瞳が燃えるように輝きだした。
 パチンッと指を鳴らすと、四足歩行で必死に逃げるプァルラグを炎の槍が地面に()いつけた。
 正確に心臓を撃ち抜いていたようで、泳ぐようにもがき苦しんだプァルラグは、すぐにぐったりと動かなくなった。
 
コメ:アルちゃんカッコヨス!【一万円】
コメ:俺の胸も撃ち抜いてくれ!【三万円】
コメ:勇太以外全員凄いな。
勇太:あの、一応俺も四天王を倒してるんですけど。
コメ:だから?
コメ:勝手に話に混ざろうとしないでね?
コメ:勇太のコメントウザいからブロックしたい。
コメ:アルたそ……しゅき……【一万円】

 ナタリアが楽しそうにスキップしながら戻って来た。
 アルの腰に抱きついて頬を擦りつける姿が微笑ましい。
 コメントで傷ついた俺の心が癒されていく。

「ママ凄かったね! あんなに綺麗に倒すなんて!」

「雑魚は一瞬で肉にしてあげないと駄目でしゅよっ? パパは美味しい物が好きなんでちゅからっ!」

 俺の為に倒してくれたらしい。
 なんとできた妻だろうか。

「ダディもあんなに綺麗に倒せるの?」

「パパがやったら消し飛んじゃいますよっ! ですよねっ? パパっ?」

 世のお父さん達は、こういう時なんと答えるのだろうか。

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