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異世界を満喫したい

「全隊止まれ! これより物資の補給に入る! 補給部隊は、物資調達後自由行動! それ以外は、部隊毎に交代で馬車の見張りをするように! くれぐれもライトニングビーストの首を盗まれないように気をつけろ! 解散!」

 隊列を指揮する騎士の号令で目が覚めた。
 どうやらジークウッドの街に到着したようだ。
 生首を大事にする考え方は理解出来ないが、そんな事はどうでもよくなっている。
 いつもはお尻の痛さと精神的苦痛で、不快な気持ちになりながら馬車を降りていたが、今日は違う。
 ランデル大先生の助言を聞いたり、自分の中でのイメージトレーニングに忙しく、道中が楽しく充実していたのは初めてだった。

 ここ数日は、常に視聴者が五人前後いるのだが、俺がコメントをしても返事をしてくれない。
 今までが上手くいきすぎていただけなのだと思いたいが、とても寂しかった。
 今日は全てを忘れて楽しみたいと思う。
 一人旅だと思えば気が楽だ。

 こんなに胸が高まっているのはいつ以来だろうか。
 小学生の時、友達が秘密基地にエロ本を持ってきた時だろうか。
 中学生の時、修学旅行で、先生の見回りを掻い潜り、女子の部屋でトランプをやった時だろうか。

「明日の朝出発しますので、ユートルディス殿はワシと一緒に行動しますか?」

「うん!」
※うん!

 この世界に来てから、一番の笑顔で、一番元気に返事をしたかもしれない。
 鎧を脱がせてもらえたのも嬉しかった。
 絡まれたりしたら嫌だし街にも詳しくないので、ここはランデル先輩と一緒に行動した方がいいだろう。

 ランデルが、金貨を一枚手渡してくれた。

「この金貨が一枚あれば、二ヶ月は余裕を持って生活出来ます。平民の年収が金貨九枚前後といったところでしょうか。ユートルディス殿の体力が続く限り楽しんで下さい!」

「にゃりゅひょぢょ、ありぎゃちょう!」
※なるほど、ありがとう!

 こんな小さなコイン一枚が結構な大金みたいだ。
 無くさないように気をつけないと。

「では、行きましょうか。まずは宿を決めて、酒でも飲みながら食事をとって、その後は……いよいよですぞ?」

「「ムフフフフフフフフ」」

 早速、ランデルと一緒にジークウッドの街に入った。
 近くに森があるからか、俺の身長より高い木製の柵で囲われている街には簡素な一階建ての木造りの建物が多かった。
 見慣れないパーカーにジーンズという格好をした男と、厳つい顔の青い鎧を着た老人が、二人並んでニヤケ(ヅラ)で歩いているのが目立つらしく、街の人から不審な目で見られている。

「では、宿を取りましょう。そこの酒場で待ち合わせということで」

「わきゃっちゃ!」
※分かった!

 コテージ式の宿屋でシングルルームの部屋を借り、近くの落ち着いた雰囲気の酒場に入った。

「ワシは、麦を原料としたイェールという酒を頼みますが、ユートルディス殿はどうされます?」

「ちょりあえじゅいぇーりゅ!」
※とりあえずイェール!

 俺がメニュー表に見入っていると、ランデルが自信満々にあれこれ注文してくれた。
 聞き慣れない食材ばかりだったが大丈夫なのだろうか。
 このジジイは、俺に変な物ばかり食わせようとするから信用ならない。

「お待たせしましたー! 丸豆の塩茹で、イェール、焼きタラバスパイディーになりまーす!」

 料理を持ってきてくれたのは獣人の女性だった。
 この店員さんは、腕と足に白と黒の(まだら)模様のモコモコとした体毛があり、そういう柄のアームカバーとニーソックスを着用しているかのようだ。
 胸が大きく同色の毛が生えた耳が頭の上にあるので、おそらく牛獣人だろう。
 ランデルの言っていた通り体毛がかなり濃いけれど、顔は人間と変わらない。

 ランデル、「いいでしょう?」みたいな顔で俺を見るな。
 すんごくいいよ、俺にも分かったよ。

「それでは食べるとしましょうか」

「きゃんぴゃい!」
※乾杯!

 木製の小さな樽型ジョッキをカツンとぶつけ合い、イェールを喉に流し込む。
 初めてのイェールは、常温だし、苦いし、アルコールの香りが苦手であまり美味しく無かった。

 続いて、丸豆の塩茹でに手を伸ばした。
 丸豆は、ビー玉くらいのまん丸の豆で、玉羊羹に似た食感だった。
 ホックホクで口の中を火傷してしまったが、薄くついた塩味が豆特有の澱粉(でんぷん)質の甘みを引き立てている。

「その丸豆は近くで採れた物で、焼いても揚げても美味しいんですよー! 香りに癖があるので、少し酒を入れて臭みを消した塩茹でが食べやすいんですけどねー!」

 丸豆に舌鼓を打っていると、牛獣人の美人店員さんが話しかけてくれた。
 こういう時、「もしかしてこの子、俺に気があるのでは?」と思うようにしている。
 こちらから話しかけるような無粋な真似はしないが、自分の中に小さな恋心が芽生えるのを楽しむのだ。
 店を出る時には、全て忘れないといけない。
 また次の恋を(たしな)むために。

 次に、焼きタラバスパイディーに手を伸ばした。
 タラバスパイディーは、長くて太い手足に棘が沢山ある巨大なヤシガニのような見た目だった。
 焼いても緑色というのが気持ち悪かったが、甲殻類に似た香ばしい匂いがする。
 脚を一本もいで殻を割ってみると、繊維が太い綺麗な白色の肉がツルリと剥がれた。
 豪快にかぶりつくと、繊維を断ち切るプツンという食感が楽しく、毛蟹のように濃厚な旨みと優しい甘みを持っていた。
 飲み込んだ後に、少し独特なナッツ類に近い香りが鼻腔をくすぐった。

「ユートルディス殿、このタラバスパイディーは、尻尾が大変美味でしてな。味噌と身が合わさって最高ですぞ! ささ、半分どうぞ」

 このジジイが俺に食べさせるのはどうしてこうグロテスクな見た目の物ばかりなんだろう。
 ランデルが緑の殻に包まれた茶色い味噌と、先ほど食べた脚とは少し色合いが違う紫がかった細かい肉を木製のスプーンで混ぜている。
 ビジュアルは最悪だが、はたしてどうだろうか。
 取り分けられたそれを恐る恐る口に運んでみた。

「うんみぇええええええええ! うんめしゅぎゅりゅよきょりぇえええええええ!」
※うんめええええええええ! うんめすぎるよこれえええええええ!

 あまりの美味しさに叫んでしまい、周りの目が痛かった。

「タラバスパイディーは、深い森の樹上で生活しているんですよー。毒があるのですが、加熱すると食べれるようになりまーす!」

 また牛獣人の店員さんが説明してくれた。
 去り際に、茶色の緩くウェーブがかった髪の毛が揺れる。
 好きだ。

 その後も色々注文した物が届いたが、どれもこれも忘れられない味になった。

「いやー、美味かったですなユートルディス殿。特に、タラバスパイディーはワシの大好物なんです!」

「りゃんぢぇりゅにはきゃんしゃしにゃいちょいきぇにゃいにゃ。よきゅわきゃりゃにゃいちゃべみゅにょびゃきゃりぢゃっちゃきぇりょ、じぇんびゅめちゃきゅちゃうみゃきゃっちゃ!」
※ランデルには感謝しないといけないな。よく分からない食べ物ばかりだったけど、全部めちゃくちゃ美味かった!

 俺とランデルは、三杯目のエールを飲みながら料理の余韻(よいん)に浸っていた。
 少し酔っ払ってしまったが、とても楽しい気分だ。

「さて、そろそろ目的の場所に向かいますが、人間の店にします? ……それとも?」

「じゅうじんっしょ?」
※獣人っしょ?

「「だははははははははは!」」

 ランデルも酔っ払っているのか、笑い上戸になっている。
 馬車の中で、獣人の凄さをこれでもかという程聞かされていたので、ここは獣人の店以外ありえない。
 この世界でしかできない事を、俺はやるのだ。

「それじゃあそろそろ?」

「いっちゃいみゃしゅきゃ?」
※行っちゃいますか?

「「わはははははははははは!」」

 何が面白いのか分からないが笑いが止まらない。
 お酒を飲んで楽しくなっているのと、これから起こるであろうハッピーな出来事への期待で最高に楽しい。

 会計を済ませて酒場を後にすれば、いよいよお待ちかねのご褒美タイムだ。
 初めてだと緊張して下半身が敵前逃亡してしまうと聞いたことがある。
 酒が入ると弱虫になってしまうと聞いた事もある。
 しかし、今の俺は緊張よりもワクワク感で一杯で、なんなら既にいつでも出撃できる状態になっている。
 会計の時に、牛獣人の胸を食い入るように見続けて気持ちを昂らせたからな。

「さあユートルディス殿、本日のメインイベントといきましょう!」

「おしゅしゅみぇのみしぇはありゅにょ?」
※オススメの店はあるの?

「ユートルディス殿、このランデル、不詳の身ではありますが申し上げます。どこもかしこもオススメでございます!」

「きょんにょしゅきぇびぇじじいみぇ!」
※こんのスケベジジイめ!

「「がはははははははははは!」」

 二人で肩を組み、近所迷惑になりそうなほどの大声で喋りながら街を闊歩(かっぽ)していく。
 普段ならこんなこと絶対やらないはずなのに、今日の俺は気が大きくなっているみたいだ。

 ネオン……なのかは分からないが、彷徨(さまよ)える男たちを吸い寄せるように怪しく光る看板の店が沢山見えてきた。
 この世界にも客引きがいるようで、ガラの悪い見た目をした男達が、近くを通る人に片っ端から声をかけている。

「そこの御武人方、この後のお店は決めてるっすか?」

 来た来た!
 顔中ピアスだらけのチャラそうな男が声をかけてきた。
 こういうの一回は経験してみたかったんだよね。

「ほう、貴様は勇者に相応しい店を紹介できるのか?」

 勇者に相応しい娼館なんて聞いた事ないぞ。
 その選び方で本当に大丈夫なんだろうな?

「おっと、勇者様でいらっしゃったっすか。それでしたら、是非うちの店で楽しんでって下さいっす!」

 社長この後もう一軒どうですかのノリで勇者が使われてる気がする。

「お主、なかなか分かっておるではないか。ユートルディス殿、このチンピラの店に行ってみますか?」

「じ、じゅうじんにょおんにゃにょきょはいりゅにょきゃにゃ? きゃわいいきょをしょうきゃいしちぇきゅりぇりゅちょいいんりゃきぇりょ……」
※じ、獣人の女の子はいるのかな? 可愛い子を紹介してくれるといいんだけど……

 いざ自分で言ってみると、凄く恥ずかしい。
 あとさ、チンピラは酷くない?

「流石は勇者様、お目が高い! うちの店は、顔も体も一級品の獣人娘がたくさん働いてまして、ここらじゃ一番の娼館なんすよ! 今日は特別に、勇者様の伝説の剣で獣娘(けものむすめ)を成敗する、ブレイブヒーローオプションをサービスしますっす!」

「ふむ、勇者に相応しい店のようだな。では、お望みどおり成敗してくれようではないか! ユートルディス殿、聖宝剣ゲルバンダインのご用意はよろしいですかな?」

「わぎゃしぇいきぇんにょしゃびにしちぇきゅりぇよう!」
※我が聖剣の錆にしてくれよう!

「「だはははははははははは!」」

 なんか胡散臭いけど、ランデルが乗り気だしまあいいか。
 可愛い猫獣人の子が居るといいな。
 ランデルが絶賛していた、猫獣人による少しザラついた舌を使った超絶舌技ってのを体験してみたいもんだ。
 
「勇者様、ここがうちの店『どエロ動物園』っす! ささ、中へどうぞ。ブレイブヒーローコースで二名様ご来店でーす!」

 案内された店は、木造で古臭いが老舗感のある立派な建物だった。
 大きな看板には、ショッキングピンク色の妖艶な光を放つ文字で『どエロ動物園』とでかでかと書かれている。

 入り口の両脇には、筋骨隆々の恐ろしい人相をした男が二人立っており、俺とランデルが中に入ろうとすると、腰を九十度に曲げてお辞儀をしていた。

「今日はどこの店も大賑わいみたいですよ! お一人様大銀貨二枚になりますねー!」

 受付も獣人のようだ。
 多分リス獣人だろう、モフモフとした尻尾が可愛らしい。

 俺とランデルは会計を済ませ、番号札を貰ってから待機室へと案内された。
 俺が十二番でランデルが十一番だ。
 今日は俺たちが大所帯で来たせいで、どこの店も一杯みたいだ。
 いつもなら何人かの中から自分好みの子を選べるらしいが、今日は空いた子から案内されるので、完全に運任せのようだ。

「十一番のお客様、準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」

「ユートルディス殿、お先に失礼します!」

 だらしなく目尻を垂らしたニヤケ顔のエロジジイが案内されていった。
 番号札の順番でいくと次が俺の番なのだろう。

「ほれほれ! ワシの聖剣はどうじゃああああああ!」

 エロジジイは既にお楽しみのようだ。
 恥ずかしいからもう少し静かにして欲しい。

「十二番のお客様、こちらへどうぞ」

 とうとう俺の順番が回ってきた。
 急に緊張してきたぞ。
 頼む、豚獣人と熊獣人はやめてくれ!
 カバもゾウもキリンも今日だけは遠慮してくれ!
 どうか可愛い子に当たりますように!

 ボーイに連れられ、嬢が待つ個室へと案内された。
 
「ブレイブヒーローコースでご案内致します。先程体験入店で来たばかりのアルテグラジーナちゃんです!」

「はじめまして、アルテグラジーナですっ。可愛がって下さいね勇者様っ!」

 きめ細やかなシルバーグレー色の肌が、暖色の室内灯に照らされて輝いている。
 結膜が黒く、瞳孔は燃えるように赤い幻想的な瞳が印象的だ。
 整った顔に浮かぶ、ぷっくりと膨らんだコバルトブルー色の唇が妖艶な大人の女性を思わせる。
 目元を彩る同色のアイシャドウが、可愛らしいタレ目を魅惑的に仕上げている。
 ピンク色のウェーブがかったセミロングの髪からは、湾曲した角が突き出していた。

 何の獣人かは分からないが、控えめに言って大当たりだ。
 アルテグラジーナちゃんの笑顔は、美しさと可愛らしさが完璧に両立している。

 夜闇のように黒いタイトなドレスが、ボンキュッボンのナイスバディを際立たせ、俺の心臓が痛いくらいに強く拍動し始めた。

 汗の(にじ)む手で扉を閉めて二人きりの空間を作る。
 
勇太:今日はここで配信を終わります。
コメ:おい、ちょっと待て!

 視聴者を置き去りにし、俺は配信を停止した。 

しおり