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初マネーチャット頂きました

「ユートルディス殿、起きて下され!」
「お、ちゅいちゃきゃ?」
※お、着いたか?

 このジジイ、力が強すぎる。
 俺を揺さぶり起こそうとする度に、首が右へ左へ傾いて兜と鎧がガキンガキンと音を立ててぶつかる。
 もしも俺が赤子だったら、揺さぶられ症候群で命を落としていた自信がある。
 首が寝違えたように突っ張っているし、長時間座っていたおかげで腰が悲鳴を上げている。
 そして何よりお尻が痛い。
 移動中くらいこの重すぎる装備を脱がせて欲しい。
 大昔に、正座をした人間の太腿(ふともも)の上に岩の板を乗せる刑罰があった気がする。
 この重たい鎧を着せられた状態は、それと同様の拷問だと言われても納得できる。

コメ:勇者ユートルディスキター!
コメ:恐ろしい速さで首揺れてたぞw
勇太:おはようございます。目覚まし時計になった気分です。
コメ:切り抜きから来ました!
コメ:目覚ましユートルディスで草
コメ:初笑い記念【二千円】
勇太:え、えええっ! マネチャありがとうございます!
コメ:ワースレから。

 目覚めた瞬間からコメントの勢いが凄い。
 初めてのマネーチャットも頂いてしまったし……え?
 視聴者数が三百人を超えている?
 登録者数千五百人だと?
 コメントに切り抜きとワースレって書いてあったし、もしかしてバズったのかもしれない。
 
「ランデル殿に伝令、上空にワイバーン三体を確認しました! このまま進めば戦闘は避けられません!」

 この部隊には、偵察隊という周囲の状況を確認して報告する特殊な役目を持った兵士が存在する。
 部隊の遥か前方を広範囲に網羅(もうら)し、不意打ちされるリスクを極限まで減らすのが偵察隊の役目となっている。
 馬に乗り広範囲を索敵する偵察騎馬兵が五名、中間地点で伝令兼見回りをする偵察兵が五名の計十名からなり、いずれも軽鎧を纏っているので一目で分かる。
 戦闘には積極的に関わらず、優れた視力と聴力で戦況を把握し、報告するという部隊の目と耳の役割を担っている。

 偵察隊がワイバーンを発見したのだろう。
 ワイバーンとは小型の飛竜だ。
 どのモンスターについても言えるが、世界によって姿形が違う。
 今回のワイバーンについても、人と同じくらいの大きさの場合もあれば、その三倍以上の事もある。
 魔法を使ったり、火を吐いたり、鋭い爪で引っ掻いたりと攻撃方法もまちまちだ。
 それが異世界配信の面白い所でもある。

 馬車の外では兵士達が(あわ)ただしく動き回っている。
 おそらく戦闘の準備をしているのだと思う。
 上空から馬鹿でかい高音の鳴き声がするので、ラドリックのワイバーンはかなり大きな部類に入ると推測出来る。
 もし俺が戦えば、間違いなく死ぬのはワイバーン……ではなく俺だ。
 戦闘が終わるまで馬車の中で待機すると決めた。
 最悪の場合、帰還は辞さない。

コメ:死んだなw
コメ:初戦でワイバーンは草
コメ:ワースレ見て来たんですが、マジでリセットした方がいいですよ? 絶対死にます。
コメ:これ勝ったら三万投げるわw
勇太:ちょっとリセット考えます……。
コメ:マジ?
コメ:全然ありだと思うけどね!

「ささ、ユートルディス殿! 初陣ですぞ!」

「や、やみぇりょ! あ、ああああああああああ!」
※や、止めろ! あ、ああああああああああ!

 ランデルに腕を掴まれ、馬車の中から無理矢理引き()り降ろされた。
 ランデルが馬車から飛び降りたせいで、俺も飛び降りる羽目になり、地面に足をついた瞬間に鎧の重さに耐えきれず、膝から崩れ落ちるように転んでしまった。
 ほとんど受け身をとれず、豪快に砂煙を巻き上げなら地表を滑ると、強く打ちつけた肩と頭から衝撃と鈍い痛みを感じた。
 伝説の鎧に包まれていても、中身が貧弱だとダメージを受けるようだ。

コメ:強制イベントw
コメ:凄い転び方したぞ!www
勇太:伝説の鎧を着てるはずなのにめっちゃ痛い。割れ物注意ですこれ。
コメ:ワロタw
コメ:何でこいつは謎に冷静なんだ?w

「魔法部隊戦闘態勢! 盾兵は魔法部隊を守れ!」

 ランデルが指揮を()り、各部隊に命令を出しているようだ。
 魔法部隊ってことは、もしかして魔法が見れるのだろうか。
 戦闘はしたくないが、この目で直接見てみたい。

 ランデルの号令に合わせて、ローブを纏った人達が杖を上空にかざして怪しげな呪文を唱え始めた。
 その前方に、身の丈程もある巨大な盾を両手で構えた重装備の騎士達が移動し、半円状の防御陣形を敷いた。

 あのローブ姿の人達は、城でも騎士達と一緒に居たのを覚えている。
 おそらくあれが魔法部隊なのだろう。

 さて、ワイバーンはどんな姿をしているのだろうか。

「にゃんぢゃありゃあああああ!」
※何だありゃあああああ!

 地面に寝転がりながら大空を見上げると、濃紺色のプテラノドンに似た大型の爬虫類が飛び回っていた。
 翼を広げたら横に十メートル以上あるのではないだろうか。
 細身の体ではあるが、体全体が(つや)の無い鱗で覆われており、所々に角のようなトゲが生えている。
 前足より後ろ足の方が発達しており、尻尾の先まで含めると体長は八メートルを軽く超えそうである。
 一目で人間が勝てるような相手ではないと理解出来た。

コメ:この世界のワイバーンでかくね?
コメ:ユートルディス、フォトンセイクリッドだ!w
コメ:早くリセットで逃げろ!

 ワイバーンは、俺達を敵と認識したのだろう。
 耳を(つんざ)くような金切り声を上げて威嚇し、その鳴き声で大気を震わせた。
 そして、俺は漏らしそうになった。

「勇者殿、装備をお持ちしました!」

 ……おい騎士、何故俺を立ち上がらせる?
 今の俺に盾は必要ないし、剣も要らないぞ。
 指を一本ずつ伸ばすんじゃない。
 無理矢理持たせるんじゃない!
 はい、両腕ブラーン状態の案山子(かかし)が完成しました。

 一刻も早くリセットしたいのは山々だが、今リセットするとミラージュアーマーを着たまま帰還してしまう。
 命の危険があった事を伝えて、持ち帰った物を全て返却する意思を表明すれば刑は軽くなるのだが、それでも刑務所行きは確定している。

 正直なところ、魔法部隊がワイバーンを倒してくれれば三万円分のマネチャが貰えるのではと期待しているだけなのだが。 

「全魔法部隊、攻撃開始じゃああああああ!」

 ランデルの号令を皮切りに、魔法使いの杖が光り輝くと、空中に色とりどりの魔法陣が浮かび上がった。
 火の玉やら氷の槍やら様々な魔法が発現し、ワイバーンに向かって飛んでいった。

 放たれた火の玉は、涙型に形を変え、尾を引くように飛翔していく。
 真っ赤に燃えた炎の線が、オレンジ色のグラデーションを作り上げた。
 氷の槍は、ダイヤモンドダストのような微細な氷の粒子を大気中に撒き散らしながら放たれていく。
 陽光に照らされたそれらは、大空で鋭く光り輝いていた。
 雲一つ無い青空のキャンパスを色鮮やかな魔法が趣深く彩り、言葉に出来ない程に美しい光景が描かれた。

勇太:綺麗ですね! いやはやあっぱれ!
コメ:言うとる場合か!www
コメ:あっぱれじゃねえんだわw
コメ:もう知らねえからな!
コメ:花火見てるみたい!【三千円】

 俺に出来る唯一の事は、握力が続く限り盾と剣を握りしめ、この場から一歩も動かない、ただそれだけだ。
 訂正しよう、恐怖で足が震えて一歩も動けない。
 まさか立っているだけでお金が貰えるとは。
 
 縦横無尽に大空を舞うワイバーンを追いかけるように、次から次へと魔法が撃ち出されていく。
 ワイバーンの口内が赤熱すると、大出力の火炎放射のような業火が魔法を打ち消していく。
 華麗に身を(ひるがえ)して魔法を(かわ)すワイバーンだが、魔法の弾幕が厚すぎて攻撃に転じる事が出来ないようだ。

 魔法部隊から放たれる魔法の数が多く、次第に被弾が増えていく。
 炎の玉がワイバーンの鱗を焼き焦がし、氷の槍がその肉を貫く。
 薄紫色の魔法の刃が、上空で悲痛な声を上げ苦しみもがくワイバーンの飛膜を切り裂いた。
 浮力を失ったワイバーンが落下していく。

コメ:魔法すげええええ!【二千円】
コメ:勇太くん何もしなくても勝てそうw
コメ:おい、さっきの三万マネチャの奴逃げるなよ?

「騎兵部隊、槍を構えよ!」

 ランデルの号令で、馬上の騎士達が一斉に鈍く光る長槍を前方に突き出した。

 ワイバーンが地面に叩きつけられると、その衝撃で土煙が舞い上がり、凄まじい音と共に大地が震えた。

「突撃じゃああああああああ!」

 馬の(いなな)く声と共に、騎兵部隊が巨大な飛竜に向かって突撃していく。
 その後ろを、青い鎧の老兵が巨大な剣を担いで追いかける。

勇太:うわ、あのジジイ足速すぎだろ。
コメ:うわ、とか言わないであげてw
コメ:あのハゲ馬より速くね?ww
勇太:ちなみに、剣と盾が重すぎてそろそろ握力が限界です。
コメ:誰得情報なの?w
コメ:この勇者何もしてないやんwww

 かなりの高さから落ちたはずなのにワイバーンは死んでおらず、それどころか炎を吐いたり、長い首を()かして噛み付いたりと、必死に抵抗している。
 騎士達は馬を巧みに操り、槍を刺しては離れを繰り返し、ワイバーンの意識を散らしながら継続的に攻撃を加えている。

「お、じじいぎゃわいびゃーんにょきゅびをひゃにぇちゃ!」
※お、ジジイがワイバーンの首を()ねた!

 追いついたランデルは、ワイバーンの巨体に臆することなく接近した。
 ランデルを頭から丸呑みにしようと噛みついた大顎(おおあご)は見事に(かわ)され、隙だらけとなった長い首をランデルの剣撃が横薙ぎに斬り飛ばした。
 切断面から勢いよく噴出した鮮血がランデルを真っ赤に染め上げる。
 異形の生物とはいえ、胴体から首が離れれば死亡するようだ。

コメ:ランデル強すぎんか?www
コメ:この滑舌の悪い実況要らないんだがw
コメ:ランデルのファンになりました!【五千円】
コメ:ランデルが配信しろ!

「ちゅよしゅぎにゃんぢゃぎゃ。じじいみゅしょうぢゃにゃきょりゃ。あ、みゃちゃじじいぎゃちゃおしちゃ!」
※強すぎなんだが。ジジイ無双だなこりゃ。あ、またジジイが倒した!

 残りのワイバーンも、ランデルの強力な一撃により、一体は頭を真っ二つにかち割られ、一体は胴体を胸の辺りまで斜めにパックリと切り裂かれてしまった。
 真紅の双眸から光を失った三体のワイバーンは、力なく地面に倒れこんだ。

「勝ち(どき)じゃあああああああああ!」

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

勇太:いや、何で俺? 今回の戦闘に少しも貢献してないんですけど!
コメ:突然のユートルディスコールww
コメ:ほぼランデルの活躍じゃねえか!
コメ:初勝利おめでとうw【三万円】
コメ:三万まじか!
勇太:みなさん、マネチャありがとうございます!

 剣と盾を持って遠くから見守っていただけなのに、大金を稼いでしまった。

「あ、ぢょうみょ」
※あ、どうも

 騎士の人が俺の盾と剣を預かってくれた。
 そろそろ地面に落としそうだったから助かった。

コメ:ランデル来たぞ!
コメ:ハゲ怖すぎだろwww

 返り血を浴びて凄みを増したランデルが帰ってきた。
 戦闘でアドレナリン全快なのか、灰色の瞳が爛々(らんらん)と血走っていて引くほど怖い。

「いやー、やりましたなユートルディス殿!」

「いやいや、おりぇにゃにみょやっちぇにゃいきぇぢょ?」
※いやいや、俺何もやってないけど?

「ご謙遜(けんそん)を」

勇太:え、何が? 俺が何かしたの?
コメ:今日も世界は勇者ユートルディスに守られた。
コメ:大活躍でしたなユートルディス殿!
コメ:ランデルの真似すなwww

「どれ、戦闘の疲れもありますので休憩にしましょうか。食事の準備じゃああああああ!」

「「「ユートルディス! ユートルディス!」」」

 いやいや、そこは絶対違うでしょ!
 そのコール間違ってるでしょ!

 俺は絶対に何もしてないけど、ワイバーンに勝利したみたいだ。

しおり