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第30話 荒れる『修羅の国』

「狭い!」 

「なら乗るな」 

 カウラの愛車である『スカイラインGTR』の後部座席で文句を言うかなめをカウラがにらみつけた。仕方なくかなめの邪魔にならぬよう隣で誠はかなめの隣で小さく丸くなる。空いたスペースは当然のようにかなめが占拠した。道はまだ東都から遠い郊外の高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に車は向かった。

「本当に東和陸軍第一特機教導連隊の隊長だったんですね、クバルカ中佐は。あそこはあまり異動の無い所だって聞いていたんですけど……」 

 誠が居た東和宇宙軍の担当教官もその道二十年のベテランだった。指導教官には技量と人間性が求められる以上、適任者は限られてくる。そうなるとどうしても異動の機会は少なくなる。ただ、誠は自分の担当教官の人間性には常々疑問を持っていたことを思い出した。

「遼州同盟をぶち上げた遼帝国の皇帝が決めた話だからそうなんだよ……それよりまたベルルカンが荒れてるらしいじゃねえか」 

 遼州第二の大陸であるベルルカン大陸は遼州同盟にとっては鬼門だった。

 遼州星系の先住民族の遼州人は法術を使って『跳ぶ』ことが出来るので船を造らなかった。

 遼州人は最初から住んでいた遼大陸とこの火山諸島である東和以外の地域にはまるで関心を持たず、その地域は地球人がこの星を侵略しに来るまで無人のまま放置されていた。

 遼州人が居住していなかった地域であるこの大陸に地球から大規模な移民が行われたのは遼州星系でも極端に遅く、入植から百年以上がたってからのことだった。しかも初期の遼州の他の国から流入した人々はその地の蚊を媒介とする風土病で根付くことができなかった。

 『ベルルカン出血熱』と呼ばれた致死率の高い熱病に対するワクチンの開発などがあって安全な生活が送れることが確認されて移民が開始されたベルルカン大陸には、多くのロシア・東ヨーロッパ諸国、そして中央アジアの出身者が移民することになった。しかし、ここにすでに権益を持ちかけていた西モスレムはその移民政策に反発。西モスレムを支援するアラブ連盟と欧州の対立の構図が出来上がることになった。

 そして、その騒乱の長期化はこの大陸を一つの魔窟にするには十分な時間を提供した。対立の構図は遼州同盟と地球諸国の関係が安定してきた現在でも変わることが無かった。年に一度はどこかの国で起きたクーデターのニュースが駆け巡り、戦火を逃れて他の大陸に難民を吐き出し続けるのがベルルカン大陸のその魔窟たる所以だった。

「どうせうちには関係ないわよ……東和は基本的にベルルカンには手を出さない主義だから。まあ宇宙軍が飛行禁止区域を設定するくらいが関の山よ。それにあそこの失敗国家はほとんどがまだ遼州同盟未加入だもの。そんなところに出かけていく必要なんてまるでないわね」 

 アメリアは助手席でそう言いながらまるで自分達には関係ない出来事とでもいうように笑っていた。

「そうかねえ……実際、こういう時に限ってお鉢が回ってくるもんだぜ。遼州同盟にはあそこの失敗国家も少数とはいえいくつか加盟している。そこで何かが起きたら動くのはうちだ。ああ、めんどくせ」

 そう言ってかなめが胸のポケットに手をやるのをカウラがにらみつけた。

「分かってるよ禁煙だって言いてえんだろ?それよりもカウラも気になるんじゃないか?荒れる『修羅の国』ベルルカンのことが」

 タバコを吸うのをあきらめたかなめが半分やけ気味にカウラに話題を振った。

「任務なら出動する。それだけだ」

 都内へ向かう高速道路を進む車を運転しながら、カウラはそれだけ言うとギアを一速落とした。

「かなめちゃんが珍しく仕事熱心よね……もしかして酔ってる?」

 アメリアが冷やかすように助手席からかなめを振り返った。

「酔ってねえ!昨日の野球で負けたやけ酒はもう醒めてる!全く人を何だと思ってるんだ!」

 かなめの言葉で誠はようやく昨日の試合が予想通り『特殊な部隊』の敗北に終わったことを初めて知った。

「ただの銃を持ち歩く危険なサイボーグ」

 今も上着の上に着用しているホルスターに愛銃スプリングフィールドXDM40を入れているかなめをアメリアはそう言って冷やかした。

「言うじゃねえか……だったら身体で思い知らせてやるよ。隊に着いたら射殺するからな、アメリア。覚悟しとけよ」

 いつも通りの瞬間核融合炉ぶりを見せるかなめに、隣に座る誠はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

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