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第二十話 呪いの子

 ユウキを乗せ、走るフェンリル。

 ――と、並走する俺。

 ユウキはちらちらとこちらを振り返っては、驚いた顔をする。

「リザードマンは身体能力が高いとは聞いてましたが、まさかこれほどとは……」
「はっはっは! 俺は普通のリザードマンとは違う。だから俺を平均的なリザードマンだとは思わない方がいいよ~」

 たしかにフェンリルも速いが、俺の方が最高速度は上だな。フェンリルが街中だから速度を落としている可能性もあるけど。
 目算で敏捷500~550ってところか。

 そんなこんなで、あっという間に街の外、魔の巣窟である洞窟に着いた俺たち。
 ぜーぜーと息を切らすフェンリルと、まったく汗一つかかず、通常通りの呼吸をする俺。ユウキは驚きを通り越して引いていた。

「なんなんですかアナタ」

 俺も聞きたい。これだけ走ってスタミナ消費0なんて、こっちも驚きだ。
 ユウキはフェンリルを煙に戻し、口から吸いこんだ。

「そうやって封印し直すんだ」
「すみません。ちょっと下品……ですよね」

 顔を赤めるユウキ。なんだ、ずっと隙がなくて近寄りがたい感じだったけど、可愛いところもあるじゃん。

「さて、肝心な私の秘密について話しますね。私、実は魔神をこのユニークスキルで己の体に封印しているんですよ」
「へぇ~。そうなんだ……え!? そうなの!?」

 あっさり言われたから一度反応を間違えた。

「はい。しかも22体も」
「22体も!?」

 待て待て。リアクションが追いつかん。

「魔神って最上位レベルの魔物のことだよな」
「そうですよ。EX(エクストラ)ランクの魔物です」

 基本的に魔物もスキルと同様、AランクからFランクの枠組みがある。しかし魔神はそのいずれも超えたEXランクの魔物だ。測定不能の強さを持つ、ってわけだ。
 それが22体なんて、もし全て解放されたら討伐するのに国家レベルの戦力が要るだろう。

「22体もどこで集めた?」
「私は集めてません。集めたのは私の先祖です」

 ユウキは一度深呼吸を挟んだ。

「アルゼスブブという名をご存知ですか?」
「ずっと昔に世界を支配していた大魔王だ」
「そうです。それでその配下、死廟の参列者(アルゼスカタストロフ)と呼ばれる22体の魔神たちを封じたのが私と同じユニークスキルを持つ私の先祖なのです。そして魔神は、代々ラスベルシア家の血族に、『自己封印(ミックスハイド)』を持つ者に渡っていった……」
「まさか、今その魔神封印の役目を負っているのが」
「私です。魔神たちは我が家では呪いと呼ばれ、そしてその呪いを宿した私は呪いの子と呼ばれているわけです」

 家の都合で魔神を封印して、その相手を呪いの子呼ばわりとは酷い話だ。
 しかし腑に落ちない点がある。
 魔神を倒すことは難しい。だが決して倒せない存在ではないはずだ。
 
「魔神を解放して、討伐しちゃダメなのか?」
「使役という形でなく、解放という形で全ての魔神を放した場合、魔神たちとリンクしているアルゼスブブも復活すると言われています。アルゼスブブが復活すれば再び世界は混沌に包まれてしまう。なので解放は不可能ですね」
「魔神が全員復活すると、アルゼスブブが復活するんだよな?」
「はい」
「なら魔神を1体ずつ解放して、1体ずつ討伐するのは?」
「22体の魔神も密接にリンクしていて、1体を解放すると残りも全部放出されます。なのでそれも不可能です」

 魔神を1体解放→他の魔神が呼応して解放→アルゼスブブ復活というわけか。
 つまりアルゼスブブと魔神22体を同時に相手取ることができないと封印を解くわけにはいかないってわけか。

「なるほどな。ちなみにさっきちょっと引っかかったんだが、使役と解放ってなにが違うんだ? 君のユニークスキルって、体に封印した対象を解放して操ってるんだろ」
「違います。一度体に封印した対象の分身体を出し、操っているんです。なのでさっき出したフェンリルも厳密には本体ではなく、分身です。解放は封印を解き、本体を放出することを言います」

 そういう仕組みか。俺の認識とは全然違った。まだまだ勉強不足だな。

「魔神はかなり強力な手駒じゃないか。魔神の分身体を出して操れば他の生徒とか圧倒できるんじゃない?」
「今の私の腕では……いえ、歴代の呪胎者でも、魔神を制御できた前例はありません。スキルの効力で、魔神を召喚しても私が攻撃されることはありませんが、それ以外は際限なく破壊されます。記録では三度ほど魔神が暴れ、多大な被害が出たらしいです」

 じゃあ百害あって一利もないってことか。

「だから君はいつ魔神が暴れても大丈夫なように、あんな離れに住まわされているわけか」
「その通りです」

 ユウキは不安そうな顔をしている。

「……言葉だけではまだ、信用できませんよね。私が魔神を宿しているとこれから証明しましょう。洞窟の奥に行けばわかります」

 別に信じているけど、洞窟の奥になにがあるのかは気になる。

「わかった。入ろうか」

 話を一区切りさせて、俺たちは洞窟に入る。

「さっきの話の礼じゃないけど、俺も能力の一部を開示しよう」
「それは私も気になっていました。一体どんな魔法や技を使えるのですか? 迷宮をあれだけの時間で攻略できた腕前、ぜひ拝見したいです」
「魔法は一切使えないけど、技は四つある。その内の一つ、光の抜刀術をお見せしよう」
「光の……抜刀術?」
「言葉だけじゃまず伝わらない。おっと、ちょうどいいお客さんだ」

 棍棒を持った緑肌の人型魔物オークだ。体長3メートルはある。
 俺はオークが棍棒を構える隙も与えず、刀を抜く。

「“光填・八爪撃”」

 八つの斬撃全て、オークの弱点、胸の中心にある心臓を通るようにする。やりすぎ、オーバーキルだが、加減してそれを全力だと勘違いされても困る。
 俺がオークを斬り伏せると、ユウキが年相応の動揺を見せた。口が半開きだ。

「い、今のは……オークが一瞬でバラバラに……!?」
「八回連続で光属性の斬撃を与える技だ。まず防御は難しいだろう」
「今のは連撃なのですか? 私には、あなたが武器を抜いた瞬間、八つの光の筋が同時にオークの体を走り、切断したようにしか見えませんでした」
「ユウキは戦士じゃなくて、どちらかと言うと支援タイプだからな。目で追えなくても仕方ない」
「いえ、戦士タイプだろうが見切れないと思いますが……」
「さて、次はお嬢さんの戦闘力を見せてもらおうかな」

 またオークが奥から現れた。

「お嬢さんじゃありません」

 ユウキは右手から煙を発生させ、煙を変化させて魔物を生み出す。

「ヤマタノオロチ」

 ピンクのリボンを首に巻いた長い黒蛇だ。2メートルぐらいある。
 これも本体ではなく、分身体なのか。

「ただの蛇……じゃないよな」
「もちろんです。行って」

 蛇はオークに飛び掛かる。だが当然、オークは棍棒で蛇を薙ぎ払う。が、棍棒が蛇に触れた瞬間、蛇が八体に分裂し、八方からオークに嚙みついた。

「分裂!?」
「あの蛇はヤマタノオロチの赤ちゃんです。その能力は分離と毒牙。八体まで分裂でき、その牙で噛みついたモノから魔力を奪う」

 オークに噛みついた蛇たちは魔力を牙から吸って、体を大きくさせていく。オークが体を振って蛇を剥がす。
 大きくなった蛇たちはまた集まって、一匹の蛇になる。その蛇の大きさはオークを丸呑みできるぐらい大きかった。

「喰らいなさい」

 ユウキの合図で、大蛇はオークを丸呑みにした。なんか神竜に喰われた時を思い出すな。

「フェンリルとヤマタノオロチ。この二体が私の手駒です」
「ユウキの実力ならもっと多くの魔物をストックできそうだけど、それをしないのは魔神のせいか?」
「はい。魔神を封印しているため、スペースに余裕がないのです。今後、成長していけばもっとストックできるようになると思いますが、今はあと一匹ぐらいが限界ですね」

 たったの二匹とはいえ、フェンリルもヤマタノオロチも相当使える。ていうか、どっちも人間の頃の俺は絶対勝てない。
 この歳でこれだけの能力を持っていれば十分すぎる。カムラ聖堂院に通う連中は全員これぐらいのスペックを持っているのだろうか。才能の差に絶望するね。

「着きましたね」

 洞窟の最奥。そこには湖があった。
 湖に巨大な影が泳いでいる。バシャン! と大きな水しぶきをあげ、巨大なワニが現れた。岩のようにゴツゴツした鱗、船を飲み込めそうなぐらいの巨体だ。

「この子がこの洞窟の主、モスダイルです」

 モスダイルはなぜか、攻撃もせず、逃走もせず、ただユウキの前に頭を垂れた。ユウキはモスダイルの頭を撫でる。

「弱い魔物は私の内に眠る魔神に気づきません。ですが、一定以上の能力を持つ魔物は私の内に眠る魔神を感じ取り、こうして降伏します。これが、この子がいま私を恐れていることが、先ほどの話の証明になるかと」

 洞窟内の暗い湖の前。
 巨大な魔物を撫でる彼女の姿は、女神のように見えた。憂いを帯びたその表情は、絵に残したいと思えるほど美しい。
 その少女とは思えぬ妖艶さ、神秘さ、きっとこれらは彼女の内に眠る魔神たちの影響だろう。

「帰りましょうか」

 彼女は小さく笑って、そう言った。
 これだけ強力な能力を持っているのに、これだけ強い精神を持っているのに、なぜだろうか……彼女の背中はひどく小さく見える。

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