第十九話 聞かない
「殺される?」
突然現れたユウキの妹、アイ。
アイはどうやらユウキの秘密とやらを知っているらしい。
「うん。だって、お姉さまの体には……」
俺はアイがなにかを言う前に、思い切り手を合わせた。
「っ!?」
バチン!!! と屋敷中に拍手音が響く。
アイは耳を塞ぐ。守護騎士のハヅキは無表情のまま、直立不動だ。
「聞かない」
俺は言葉を重ねる。
「キミの口からは、絶対に聞かない」
「……このっ! リザードマン風情が……!」
アイは怒り、懐から札を一枚取り出した。札には魔法陣が描かれてある。
明らかな敵意。俺は戦闘態勢に入る。
「何事ですか」
アイの背後に、ユウキがコーヒーを持ってやってきた。
「お姉さま……!」
「アイさん、いらしたのならまず私に挨拶してください」
姉妹が並ぶ。
こうして見ると本当によく似てる。髪色と髪の長さで判別できるが、どちらも同じだったらまったく見分けがつかない。多少、妹の方が胸は大きいかな?
「お姉さま。随分と無礼な守護騎士を選んだようですね。このトカゲ人間、アイの話を拍手で
「私は勝手に人の部屋に上がって、勝手に人の守護騎士にちょっかいを掛ける方が無礼だと思いますよ」
「なんですって……!」
ユウキはアイの睨みつけを無視して、こっちに近づいてくる。
「申し訳ございませんダンザさん。私の妹が迷惑をかけたようで」
「いいや、大丈夫だ。可愛いいたずらだったよ」
俺とユウキにないがしろにされたアイは顔を真っ赤にさせた。怒りに怒っている。
「……帰るわよハヅキ!」
「はい」
「
そんな捨て台詞と共に、アイは部屋を去っていった。
トカゲとは間違いなく俺のことだ。ってことは、呪いの子ってのはユウキのことだろうか。
「どうぞ」
ユウキからコーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「……アイさんから聞きましたか? 私のこと」
「いいやなにも」
「その、実は……私」
俺はこのリザードマンの顔で精いっぱいの笑顔を見せる。
「焦らなくていいよ。キミのペースで話してくれればいい」
「ダンザさん……」
「話したくないなら、ずっと話さなくてもいいしね」
ユウキは困ったように笑う。
「……そうはいきません。これは、あなたとは共有すべきことだと思うので。ダンザさん、来たばかりで申し訳ございませんが、後で私と一緒に狩りに行ってくれませんか?」
「狩り? 魔物狩りかい?」
「はい。街の近くに魔物が巣くう洞窟があります。そこで全てを教えます。なぜ私がこんな場所に押し込まれているのか、なぜ私が呪いの子と呼ばれているのか……全て」
「――わかった。じゃあ準備ができたら声を掛けてくれ」
「はい」
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ラスベルシア家の敷地を仕切る門。
門の前に立つは門番二人と、俺とユウキ。
「ユウキ。ここから街の外までは結構歩くぞ。大丈夫か?」
「そんな甘い鍛え方はしてません。走って移動することも可能です。ですが、ここは私の能力の説明も兼ねて……」
ユウキは右手を出し、手のひらからモクモクモクと白い煙を出した。
「うおぉ!? なんだなんだ!?」
「おいで。フェンリル」
煙は四足歩行の生物の形になる。煙に色がつき、骨がつき、肉がつき、皮が、毛がつく。
煙から、角の生えた蒼い体毛の狼が出来上がった。
「これが……あの幻獣とも呼ばれる魔物、フェンリルなのか。初めて見た」
フェンリル。角の生えた狼のような魔物。そのスピードは魔物の中でもトップクラスと聞く。
「まだ赤ん坊ですがね」
「これで赤ん坊……」
フェンリルの大きさは俺たち二人を背に乗せられるぐらいある。馬と同じくらいの体長だ。足は馬より短いがな。これで赤ん坊となると、大人のフェンリルは一体どれくらいのサイズなんだろうな。
「実在する魔物を召喚した、ってことは捕獲(キャプチャー)系のユニークスキルかな?」
一定の条件を満たすことで対象を何かしらの器に封じ込めることができるユニークスキルを捕獲(キャプチャー)系と言う。
例えばムゥのスキル、『
「はい。私は瀕死に追い込んだ魔物を自らの体に封印することができます」
「肉体に封印するなんて珍しいな。大抵、封印する場所は札とか杖とかなのに」
「そうですね。でもラスベルシア家ではそう珍しいスキルではありません。一世代に必ず一人はこのユニークスキル……『自己封印(ミックスハイド)』を持って生まれます」
ユニークスキルは遺伝することが多い。特に母親と父親が似た傾向のユニークスキルを持っていると、子も似たようなユニークスキルを持つ確率が高い。だから一家相伝のユニークスキルというのも存在する。こういう名家では結婚相手のユニークスキルとかも確認して、有能なスキルを絶やさないよう計算してるんだろうな。
フェンリルを封印できるユニークスキルなんて、確実にAランク以上だろう。
「乗ってください」
「いいよ、走ってついていく。最近走り込みサボってたからね。たまには走らないと。さっきも馬車に甘えちゃったし」
「フェンリルの速さを舐めているのですか? いくらリザードマンの身体能力が優れているとはいえ、ついてくるのは不可能ですよ」
俺は準備運動をしながら、
「キミこそ、キミの守護騎士を舐めてるんじゃないかな?」