第16話 賢者の石
「よし、俺たちは地道に作っていこう」
「はい!」
部屋は3つでいいだろう。
洗面所とトイレの部屋、風呂の部屋、そして私室の三部屋。
家具は木のテーブルと木の椅子ってとこか。
「布団とかは買わないと駄目ですね」
「食器もな」
最初は昼過ぎに始まった建築作業だが、俺の家ができる頃には夕方になっていた。
「完成~! 疲れましたね」
「さすがに今日お前の家まで作るのはきつそうだな……」
張りに張った肩を叩き、夕陽を見上げる。
しかし、そうなるとフラムが今日寝泊まりする場所を探さないとな……。
「あれ? ヴィヴィさん?」
ヴィヴィが、ロウソク(点火済み)を手にもって家から出てきて俺の方に向かってきている。
その顔は険しく、焦っているようだった。……怖い表情だ。今にも1人2人ぐらい
「ちょっと来たまえ!」
「うおっ!?」
ヴィヴィに腕を引っ張られ、ヴィヴィの家の裏まで連れてこられた。
「いって! なんだよいきなり!」
「君、このアゲハさんの手記を私以外の誰にも見せてないよね!?」
ヴィヴィは手に持った手記の写しで俺の胸を叩く。
「見せてないけど、それがなんだ?」
「良かった……いい、よく聞くんだ。アゲハさんの手記は他の誰にも見せちゃダメだよ。絶対にねっ!」
ヴィヴィはそう言って手記の写しに手に持ったロウソクで火を点けた。
「お前なにを!?」
「これは危険すぎる……!」
点火した写しを、ヴィヴィは俺の敷地内の土の上に投げる。
「危険って、どういうことだ?」
「私の予想が正しければ、この手記に載っている錬成物はある物を作るために必要な道具たちだよ」
「ある物?」
「……賢者の石だ」
賢者の石、図書館で読んだ本にたしか載ってたな。
錬金術師が追い求める錬金術の到達点。黄金を生み出すとか、永遠の生命を与えるとか、超常の力を秘めた石だったはず。
「賢者の石を作られるとなにかまずいのかよ」
「非常に困る! 私の夢が
「お前の夢ってなんだよ」
「誰よりも先に賢者の石を作ることさ。いいかい。錬金術師には四つの到達点がある。宇宙を内包した神樹ユグドラシルの作成、若返りの秘薬エーテルの作成、不死の幻獣フェニックスの作成、そして、万物を生み出す宝石――賢者の石の作成だ。未だユグドラシル以外は誰も作れていない。私はね、賢者の石を人類で初めて作り、歴史に名を残したいんだ。だから他の誰かに作られてしまう可能性は排除しなければならない」
熱く、早口で語るヴィヴィ。軽く冷静さを失っているようだ。
「色々と気になる点があるんだが」
「いいよ。なんでも聞きたまえ」
「じゃあまず、賢者の石とやらは万物を作るらしいが、本当になんでも作れるのか?」
「記憶にある物ならなんでも作り出せる。記憶にない物、観測したことのない物は作れない。たとえば未だに作成されていないフェニックスやエーテルは無理だ。逆に見たことがあれば死人だろうが世界だろうが作成可能だと言われている」
『記憶にある物』という制約はあるものの、破格の物体だな。本当にあればだが。
モナリザは造れないだろうな。俺の記憶にあるのはモナリザという絵だけであって、モナリザという人間を見たことがあるわけじゃないからな。そもそも、そんなものに頼る気なんてサラサラないけど。
「なるほどな。お前はその賢者の石を使って何か作りたい物でもあるのか?」
死んだ肉親とか、莫大な富、あるいは健全な肉体とかかな。
「ない。『賢者の石を作った』という実績が欲しいだけだね」
実績だけ、ね。
ま、口だけならなんとでも言えるよな。
「それならフェニックスやエーテルでもいいんじゃないのか? その二つも到達点ってやつなんだろ」
「私の得意分野からするとエーテルがベストではあるが、エーテルやフェニックスは強大過ぎる。戦争の火種になりかねない。その点、賢者の石はすぐに無価値な物に変えられるからいい」
「お前、賢者の石を使って、何を創造するつもりだ?」
一切の躊躇いなく、迷いなく、
0.01秒の間も置かずにヴィヴィ=ロス=グランデは答える。
「ビー玉」
数秒、言葉を失った。
適当……じゃない。彼女の顔は真剣そのものだ。
「ビー玉……? そんな凄い物を、ビー玉に変えるのか?」
「だって面白いじゃないか!」
「はぁ?」
ヴィヴィは両腕を広げる。
「死人を蘇らせたい、欠損した肉体を治したい、金塊が欲しい、世界が欲しい! 色々な多種多様な巨大な欲を抱え、皆が賢者の石を求める中、私はそれらを嘲る様にビー玉を作るんだ。欲しいのは自分が最強の錬金術師であるという実績だけ。それ以外はいらないからね」
ヴィヴィは指をパチンと鳴らし、その勢いで右手の人差し指を俺に向ける。
「……さいっこうにファンキーでカッコいいと思わないかい?」
声高に宣言する。
俺はつい、笑ってしまった。
「なんつーか、お前もお前で……馬鹿げた動機で錬金術を学んでるじゃないか。つまりカッコつけだろ?」
「人生はどれだけカッコつけられるかの勝負だろう? 私は一世一代のカッコつけのために人生を捧げる覚悟はできてるよ」
俺が女で、コイツが男だったら惚れてるな。
「誰も作ったことのない物……そんなあるかどうかわからない物にお前は貴重な時間を使うのか? そこに躊躇いはないのか?」
「昔は四つの到達点はどれも眉唾物だと言われていたね。出どころも不明だし、御伽噺だと言われていた。だがつい180年前、四つの到達点の一つを実現したどこぞのカボチャがいてね。一つが真実ならば、残りの三つもある可能性が高い――と考えるのはおかしくないだろう。事実、伝説の錬金術師である君の養父は賢者の石があると信じて疑わなかったみたいだ。手記を見ればわかる」
爺さんはなんでそんな物を作るための道具のレシピを、手記に残したんだ?
ヴィヴィと同じ目的ならば、わざわざ書いて残すような真似しないだろう。他の誰かに見られる可能性があるからな。メモを必要とする人間でもないし。いいや、一旦この辺りの話は後回しだ。
「……お前が賢者の石をビー玉に変えて、世の錬金術師たちが一斉にひっくり返る様は……見てみたいな」
つまり、俺はヴィヴィ=ロス=グランデが賢者の石を作ることを、止めることはしない。むしろ協力する、ということだ。
もしもヴィヴィが私利私欲のために、この爺さんの遺した手記を利用すると言うなら、止めていたかもしれないな。
「俺が持ってる手記も処分した方がいいか?」
「いや、アレはどうせ君以外じゃ読める人間は限られているだろうし、それに原本の方にはまだ賢者の石を錬成するためのヒントが隠されているかもしれない。私が賢者の石を作るためにも、原本は残しておいた方がいいだろう」
「了解。じゃあ処分せずに残しておこう」
「絶対に、他の誰にも見せちゃダメだよ」
「わかってるって。それより、俺もお前に頼みがある」
「なんだい」
「今日、フラムを家に泊めてやってくれ」
「理由は?」
「アイツ、まだ家ができてなくて泊まる場所が無いんだ」
ヴィヴィは照れ臭そうにして、
「無理だ」
「理由は?」
俺は問い返す。
「同世代の女子と泊まった……経験がない。2人きりで何を喋ればいいのかわからない」
そういや駅長がヴィヴィには友達がいない的なこと言ってたな。ここまで接してきて、そこまでコミュニケーションが苦手なタイプにも見えないんだけどな。
「頼むよ。まだアイツの家は完成してないんだ。それともお前がアイツの家をパパッと作ってくれるか?」
「それは無理だ。もう一軒作るほどの気力は残ってない。建築錬成は頭を使い過ぎる……」
「だったら頼むぜ。1日でいいんだ」
「君の家に泊めればいいじゃないか」
「男女で一夜を過ごすわけにもいかないだろ。それにウチには手記の原本があるんだぞ。万が一、フラムに見られたらどうする?」
ヴィヴィは諦めたようにため息をつく。
「……わかったよ」
嫌な顔をするヴィヴィの腕を引っ張り、フラムの前にもっていく。
「フラム。今日はヴィヴィが家に泊めてくれるそうだ」
「え!? ほ、本当ですか!? ジブンのような人間が……ヴィヴィさんの家に泊まるなんて、許されていいんでしょうか……!?」
「ウン、オイデオイデ」
棒読みのヴィヴィ。そんなに嫌なのか……。
「じゃ、じゃあ、いま荷物まとめてきますねっ!」
「ウン。ユックリジュンビシタマエ~」
俺はヴィヴィの腕から手を放し、自分の敷地内で荷物をまとめるフラムに近づく。
「フラム。勝手に話進めちまったけど大丈夫だったか?」
「はい! ヴィヴィさんの家に泊まるなんて緊張しますけど……嬉しいです!」
「そうか。それなら良かった」
「なんというか、その……イロハさんには色々と頼ってしまい、本当に申し訳ないです」
「気にするな。俺は俺でお前には助けられている。俺に手伝えることなら大体のことは手伝うからさ、これからも頼ってくれ。俺からもお前に頼ることもあるだろ。お互い、協力し合っていこうぜ」
「イロハさん……はい!」
ニッコリ笑って答えるフラム。
フラムはなんというか子犬みたいな愛嬌があるな。
「ではジブンはここで、失礼しますっ!」
解散し、俺は自分で作った家に入る。
「食器、布団、揃えなきゃいけないモンがいっぱいあるけど」
今日はもうヘトヘトだ。超常な物やら技術やらを見過ぎて脳が限界を迎えている。
リビングの木の床に横たわる。
「……今日はもう寝よう」
と思った時だった。
出来立てほやほやの家の扉がノックされた。
眠気に沈もうとした頭を起こし、扉を開くとジョシュア先生が数人の大人を連れて立っていた。
「何の用ですか?」
「チェックだよチェック。家の建付けのな。下手な家作られて崩れて下敷きになっておっちなれても困るからな。そんじゃ、お願いします」
ジョシュア先生の指示で大人たちが家に上げっていき、支柱やらを確認していく。
俺は手記の入ったバッグを監視しつつ、チェックが終わるのを待った。
「よし。どこも問題ないってさ。じゃ、おやすみ」
ジョシュア先生は手に持ったシート(多分名簿)にチェックを入れると、大人たちを連れて出て行った。
俺は床に倒れ込み、今度こそ睡魔に身を任せた。
こうして俺のアルケー来訪1日目は終わった。
次の日、床で寝た代償(背中の痛み)を受けたのは言うまでもない。