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始動する歯車編 5


 アビレオンやディージャと別れた後、俺はエールディの城の一角に存在するバレン軍の詰所へと向かうことにした。
 そこに親父の仕事場があるんだ。
 とりあえずは親父に事情を聞き、事の真偽を確かめないとな。

「おとーさーん」
「ん? おぉ。タカーシではないか。どうしたのだ?」

 バレン軍の詰所に到着するなり、俺はいくつもの警備を顔パスですり抜け、親父の事務室へとたどり着く。
 この2年間のうち、俺は――いや、俺やフライブ君たちは最初の1年をこの軍で過ごしたんだ。
 まぁ、過ごしたって言ってもたまに詰所の作業を手伝ったりするだけで、俺たちには人間観察プロジェクトやら訓練場での鍛錬やら、そして勉学に励まなくてはいけないという事情もあった。
 だから数日に1回みんなでこの詰所を訪れて、軍の仕組みや運用を体験していた程度なんだけどな。

 んで残りの1年はラハト将軍の軍で似たようなことを勉強させてもらい、それが終わったここ数日にめでたくフォルカー軍の設立が叶ったわけだけど、それは今はどうでもいいとして――俺の声に親父が少し驚きながら反応し、俺は言葉を続けた。

「さっき3番訓練場の仲間のディージャから聞いたんですけど、僕たちが東に行くって本当ですか?」
「あぁ。本当だ。今朝の御前会議で決まった」

 即答かい!

「即答かい!」

 いや、落ち着け、俺!
 思わず口に出ちゃったけど、えーとぉ……なになに? 御前会議とな?

「ど、どうした? 反抗期か?」

 ついつい口走っちまった俺の言葉に、親父がうろたえている。
 だけどそれもどうでもいいとして、その会議の詳細を聞くとしよう。

「あれ? 今日の御前会議って……お父さんも出席していたんですか?」
「あぁ。今日はバレン将軍が3番訓練場の担当教官になっていたからな。むしろバレン軍からは俺しか出ていなかった。
 それにお前の報告書を国王様に上げる日でもあっただろう? だから俺が出た」

 ちなみに御前会議というのは主に大臣や将軍クラスが出席するもので、しかしながら多忙な重役たちはたまにその会議を直属の部下などに代理させたりしている。
 にしても……たかが訓練場の教官任務のために国王主催の御前会議を欠席するとか……バレン将軍の優先順位おかしくねぇ?

 まぁいいや。
 俺の仕事の報告のこともあったというし、今日は親父がその会議に出席して正解だったのだろう。
 それよりも本題だ。

「じゃあ……フォルカー軍が東に行くって話、本当ですか?」
「あぁ。そうだ。なんだお前? 詳しく聞いていないのか?」

 当然だ。今日の俺は多忙な身だからな。

「はい。さっきディージャからちらりと聞いたばかりです」

「そうか。
 いいか? 今回の東方駐在任務、フォルカー軍の任期は3年だ。
 とはいっても“高速道路”を使えば半日でエールディに帰ってこれるし、軍務の交代制によって休日もしっかり確保してある。
 そもそもフォルカー軍の立ち上げが今回の目玉だ。それはつまり出陣することに意義があって、フォルカー軍に特別な戦果を望んでいるわけではない。
 それにソシエダ軍とアレナス軍がいるしな。
 仲の悪い両軍だが、敵と大きな衝突をした場合にはその2軍が主だって戦ってくれるだろう。
 つまりは今言った通り、フォルカー軍は戦場というものを体験してくればいいだけだ」

 ほうほう。なるほどな。
 さっきディージャが“おまけみたいな役割”と言っていたからどういうことかと不思議に思っていたけど、そういうことか。
 なら……まぁ……うん、とりあえずは安心か。

「ふーん。わかりました」
「わかればよろしい。他に聞きたいことは?」
「あっ、じゃあ1つ。その話、フォルカーさんもすでに知っているんですよね?」
「あぁ。フォルカー殿も会議に出席なされていたからな。フォルカー軍の詰所に行ってみろ。もうすでにフォルカー殿による出陣準備の命令が出ているはずだ」

 あ……!
 そうだ! 俺、こんなとこにいちゃダメじゃん!
 フォルカー軍の所属なんだから、本来はあっちの詰所に行かないと!

「はっ! そうでした! お父さん! 僕、フォルカー軍の詰所に行ってきます!」
「あぁ、そうしろ。じゃあな」
「はい! では失礼します!」

 俺は慌てて部屋を飛び出し、部屋の前でお座りして待っていたアルメさんに声をかける。
 すぐさま2人でエールディの街中を走り抜け、街を出た瞬間に“高速道路”へと向けて跳躍した。

 とその時、“高速道路”の背後からフライブ君たちの声が聞こえてきた。

「おぉっ! タカーシ君! ちょうどよかった!」
「タカーシ!? 聞きました? フォルカー軍が初陣ですって!」
「うん! 聞いたよ! 早く詰所に行こう!」

 そしてみんなと一緒に山を2つ超え、“高速道路”から下道へと降りる。
 ちなみにフォルカー軍の詰所は新規の軍隊ということもあり、エールディの街中に十分な広さの土地を確保できなかった。
 加えて俺が率いる鉄砲部隊の訓練は激しい爆発音を伴うため、エールディの住人に迷惑をかけないよう、このような山の中に設営したという次第だ。

 その詰所に到着し、俺たちは軍の本陣へと走る。
 この詰所でももちろん俺たちは顔パスなので、警備に止められることなく走っていると、数秒でフォルカーさんのいるテントへとたどり着いた。

「フォルカーさん! 失礼します!」

「ふーう……ふーう……ん? あぁ、どうぞ」

 ってフォルカーさん、なんか座禅組みながらすっごい深呼吸して魔力の錬成してやがる!
 めっちゃやる気じゃん!
 怖いからこんなところで将軍級が魔力を放出するなって!

「いっ! ぐっ!」

 テントに入るなり、そのテント内にだけ充満しているフォルカーさんの魔力と殺気。
 そんなものがにわかに俺の――そして俺の後ろにいたドルトム君たちの体を突き抜けたため、俺たちは気押されるように足を止める。
 しかし唯一フライブ君だけは俺たちと違い、そんな魔力の放出をしていたフォルカーさんの気持ちに即座に気付いた。

「お父さん、やっと来たねっ! 東の国のみんなに復讐する時がァ!」
「あぁ、そうだな。やっと……やっと……」

 そして親子揃って再び魔力の最大放出。
 一体何してんねん、この親子……。

「フォ……フォルカーさん? フライブ君? ちょっと落ち着いて」

 まぁ、俺にもその気持ちはうっすら分かるけどな。
 東の国から南の国に亡命してきたこの親子。その過程は簡単に聞けないけど、そこには間違いなく壮絶な過去がある。
 だからこそ今回の出陣命令に対して、フォルカーさんはこんなにも興奮しているんだ。
 もちろんフライブ君も。

 でもそんなことは俺たちには関係ない。ここは1つ、将軍としての聡明さを見せてもらわないとな。

「出陣準備の命令はもう出したんですよね? あと……あと、えーと……アルメさん? 出陣の準備って他に何かすることが……?」

「ふっふっふ。“東の猛狼”……ついにその力を発揮する時が来たか……。
 しかもその相手があの東の国とは……運命の紡ぐ糸はなんとも不思議なものよ……」

 アルメさんまでおかしくなってるゥ!
 おい! アルメさん! 戻ってこいよ! なんであんたまで我を失ってんねん!

「アルメさん! 何言っているんですか! 出陣ですよ! その準備しないと!
 えーとぉ……バレン軍ではこういう時、バレン将軍はどういった指示を!?」

「がるるぅううぅ……」

 なんで俺に向かって唸るんだ? つーかおい! 俺に向かって唸りやがったな!?
 お前のご主人様だろ!?
 えぇーい、あったまきたっ!
 アルメさんのくせに!

「えい! ほっ! とう!」

 なんかむかついたので俺は魔力を体に充満させ、戦闘時の速度でアルメさんへと接近する。
 ここ数年でさらに腕をあげた俺のわさわさマッサージの極意を発動し、“アルメさんがリラックスするつぼ”を入念にわさわさしてあげた。

「んんっ! くぅーーんっ!」

 もちろんこれでアルメさんはイチコロだ。
 俺は冷静さを取り戻したアルメさんの顔を両手でつかみ、頬のあたりをさらに入念にもふもふしながら問いかける。

「アルメさん? 聞こえてますか? 出陣まで2日しかありません。こういう時、バレン将軍はいつもどういう指示を!?」

「くぅーん……そうですねぇ……食料の調達に、各種族への出兵要請……あとはぁ、武器の手入れ確認に進軍経路の確認……幹部を集めて、バレン将軍はそういう指示を出しておられます」
「ですって、フォルカーさん!? そういう指示はもう出しましたかッ?」
「ふーう……ふーう……いや、まだだ。しかしタカーシ君よ。少し落ち着きなさい。タカーシ君の鉄砲部隊にも期待しているよ。ぜひとも東の国のクソどもに壊滅的な打撃を与えてやろう。がるるるぅう……ふーう、ふーう……」

 お前が落ち着けやぁ!

「出来る限りがんばります……いや、そうじゃなくて。出陣の準備は……?」

 あぁ、もう駄目だ、この軍。まともに出陣準備すらできねぇのか……?

 俺がよくわからん絶望にかられていると、ここで予期せぬ人物が口を開いた。

「タ、タカーシ君? そういうのは……ぼ、僕の仕事だよ……今、かく……各担当部署に……指示を出、すから……タカーシ君も……ゆ、ゆっくりしててだいじょ……大丈夫だよ」

 ドルトム君だ。
 つーか、そうだった……。
 幼いながらにこの軍の幹部であり、その戦術眼はもはやフォルカー軍のブレーンと言ってもいいドルトム君。
 軍隊の運用にも詳しいし、そういう仕事はドルトム君に任せておけばよかったんだ。

 というかドルトム君の存在をすっかり忘れてた。
 俺もやっぱり興奮しすぎて混乱してたっぽい。
 よし、落ち着こう。

「あっ、そうだね。うん、ありがとう」

 俺は手を握ってきたドルトム君ににっこりと笑い返し、力が抜けたように近くにあった椅子に腰かける。
 それを確認したドルトム君がテントを飛び出してどこかへと消え、ヘルちゃんやガルト君も俺の隣の椅子に腰かけた。
 そして、いまだ興奮状態のフォルカー・フライブ親子の気持ちが落ち着くまで、その態勢で待つことにした。

「ん……?」

 その時、俺はふとテントの奥に貼られた大きな布に気付く。
 完成したばかりの新しい軍旗が飾られている。

 ちなみに俺の提案で、フォルカー軍の軍旗は赤地にオレンジ色の肉球というデザインだ。
 獣人が多く所属し、機動性が非常に高い軍。
 しかしながら、攻撃力にいささか劣りが感じられる軍。

 そんなフォルカー軍には、俺の開発した鉄砲が必要不可欠な存在となっている。
 今はまだ連射の出来ない単発銃だけど、その1発1発の攻撃力は上級魔族の渾身の一撃に匹敵するからな。

 銃を持った機動性抜群の獣人たちがおよそ300。
 これなら敵にバレン将軍クラスの強者がいても、300発の弾丸を集中させることでまちがいなく討ち取れる。

 これは将軍クラスの魔族が下級魔族である獣人たち数百体を蹴散らしていた過去の戦歴に比べれば、驚がくするほど強弱の不等号が逆転する現象だ。
 たった300の下級魔族で敵の将軍を打ち取れるという計算だからな。
 まぁ、あくまでこれは計算だけど。

 でもフォルカー軍はなにも下級魔族だけで構成されているわけではない。
 およそ5万の中級魔族に、2500の上級魔族。
 今回の出陣ではそのすべてを出撃させることはないと思うが、俺やアルメさん、そしてバレン軍やラハト軍からおすそわけのように分けてもらった幹部クラスだっている。
 特にアルメさんとバーダー教官、そしてフォルカー将軍のトリオがいれば鬼に金棒――さらには鬼が鉄砲まで持った状態と言えるだろう。
 この軍が壊滅することなどありえない。

「ふーう……さて、じゃあ僕は……鉄砲部隊のところに行ってこようかな」

 そこまで考えをめぐらし、俺はふと思い出したように立ち上がる。
 この軍の目玉ともいえる鉄砲部隊。俺はその部隊の隊長を任されているんだ。
 それならば、こういう時には部下の様子を見てくるべきだろう。

 と俺がテントを出ようとしたら、新たな人物が登場した。

「おう、タカーシ」
「あっ、バーダー教官!」

 先ほど言った“おすそわけ”としてラハト軍からフォルカー軍に出向しているバーダー教官だ。

「ん? どこへ行く?」
「はい。ドルトム君が出陣の準備を各部署に指示しに出かけたので、僕は鉄砲部隊の方に行ってこようかと」
「そうか。でも急がないなら少し話に付き合え」

 ん? どうした?

「失礼いたします。フォルカー将軍、バーダーです」
「あぁ、バーダー殿。どうぞ中へ」

 その返事を待ち、バーダー教官がテントの中へと入る。
 付き合えと言われたので、俺もとりあえずテントに戻った。

「この度は軍の正式な旗上げ、誠におめでとうございます」
「いえ、そんな……皆さんのおかげですよ……」

 などと当たり障りのない会話を済ませ、しかしながらすぐに具体的な話へと入った。

「各指揮系統への指示は?」
「えぇ。今ドルトム君が回ってくれております。いずれバーダー殿にも連絡が行くかと思ってましたが、ドルトム君とは入れ違いに?」
「いえ、先程すれ違いざまに指示を受けました。吾輩には各種族長への連絡と出兵要請をしてこいと」

 どうでもいいけど、ドルトム君がバーダー教官に命令しているのがちょっと不思議な感じだな。
 まぁ、バーダー教官はそう言いながらにやりと笑っているし、ドルトム君から命令されて悪い気はしていないようだ。
 教え子の成長が嬉しいって感じかな。

「まったくあいつは……子供のくせに。よりにもよって一番面倒な仕事を吾輩に押しつけやがりました」
「ふっ。あなたがあの子をこの軍の幹部に推薦したのですよ?」

 そして2人そろって軽く笑ったり。
 やっぱりな。

 2人の笑い声にヘルちゃんやガルト君の笑い声も混ざり、俺もその笑いの輪に混ざり込もうとした。
 しかしその時――バーダー教官の表情が突如として険しいものへと変貌する。

「出陣までの諸々の手続きはあいつに任せて大丈夫でしょうな」
「はい。そうしましょう」
「しかし――フォルカー将軍? バレン将軍から言伝(ことづて)があります」

 そしてバーダー教官は俺のことを見て、次にヘルちゃん、そしてガルト君といった順番で視線を送った。

「ん? なんでしょう? この子たちには席をはずしてもらいましょうか?」
「いえ、むしろ聞いてもらっておいた方が……」

 なんだろう。凄ーく嫌な予感がするんだけど。
 と無理矢理席をはずそうと俺が動き出したら、その意を察知したバーダー教官が俺を無理矢理抱きあげやがった。

「バレン将軍から伝言です。
『有事の際にはタカーシやアルメとともに闇羽に合流しろ』と。
 そして、『ソシエダ将軍とアレナス将軍がどちらにつくかしっかり見極め、やつらが敵になった場合にはすぐさま私の領地へと撤退しろ。領国にはフォルカー軍の受け入れ態勢を整えさせている』と」

 やっぱりーーぃ!!
 だからそういう不穏な話に俺たち子供を巻き込むなぁ!

「うぉ! こら、タカーシ! 暴れるな!」

 しかしながら必死に逃げ出そうとする俺の体はバーダー教官の屈強な腕にとらわれ、手足をじたばたさせるだけしかできん。

 ちなみにバレン将軍の領地はエールディから南東へ向かったところ。俺は行ったことがないけど、東の国との国境戦線から割と近い所にあるらしい。
 だからこそ、この指示が出たんだろう。
 いや、“指示”ではないな。フォルカーさんも今やバレン将軍と肩を並べる立場だ。
 御前会議の時など、フォルカーさんは丁寧にも出席者全員に敬語を使っているらしいけど、いまや立派な一軍の将なんだ。

「だってさ……。その時はバレンさんの領国民との仲介役、頼むよタカーシ君?」

 まぁ、俺たちを受け入れる相手は十中八九ヴァンパイアだろうし、俺がフォルカー軍とバレン将軍の領土にいるヴァンパイアとの架け橋になった方がいいよな。

 しっかし不穏だな。不穏すぎる。
 一体エールディで何が起こっているんだ?

「は、はい……」

 その後、バーダー教官とフォルカーさんは数分打ち合わせを行い、バーダー教官は「種族長を回ってくる」と言い残して姿を消した。
 残された俺たちもドルトム君が戻ってくるのを待って解散することにした。

 うん。夕方ぐらいに解散したはいいんだけどさ。
 結局、その日の夜に眠れなくなってしまった俺は夜中にアルメさんを部屋に呼び出すことにしたんだ。

「ちょ……タカーシ様? 唸ったのは謝ります。謝りますから……いつまで私の体を……?」

 もうアルメさんの意見など知らん。
 俺は自分の頭の中を整理するためにアルメさんを無言でわさわさし続け、2時間ほどしてそれに満足してから眠りに就いた。


しおり