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第11話 月の鐘、鳴らすのは兎②

 今日も今日とてメイド喫茶でせっせとオムライス作り。
 もうオムライスなら目を瞑っても作れる気がする。

「すばっち~! オムライス2つ追加ね~」

「う~っす」

 メイドの1人から追加注文を受け取る。

「だりぃ~。今日マジ疲れた~」

「平日の昼なのに混み過ぎだったよね~。しかもサラリーマンばっか。日本の社会人お疲れ過ぎっしょ」

 厨房は更衣室のすぐ側にある。
 ゆえに帰り支度をするメイドたちの愚痴がよく聞こえること。

「帰りラーメン食わね?」

「同じこと考えてたわ~。萌え萌えキュン言いながらずっと頭の中豚骨ラーメンに支配されてた」

 客には聞かせられん言葉だな。

「愛のないメイドたちの分も、俺たちが愛情込めて作らないとな」

 と店長が皮肉交じりに言う。

「俺たちの愛とか受け取っても迷惑なだけでしょう」

「萌え萌えキュン」

「やめてください気持ち悪い」

 9時にバイトを切り上げ、見慣れた帰り道を行く。
 今日はハクアたんとれっちゃん(蛇遠れつ)の配信があったな。後でアーカイブで見るとしよう。
 その前に飯……妹が作っててくれているはず。飯食いながら配信見るか。

 ピロン。

 スマホに何やらメッセージが届いた。
 多分、麗歌だろうな……と思って画面を見ると、やっぱり麗歌だった。

《昴先輩、お姉ちゃんが学校に行きたくないと言い出しました》

「は?」

 なんだと? 
 ファミレスで勉強会するの楽しみにしていたのに……そんなはず、

《どうやら、不登校になった原因と関係があるようです》

「……」

 どうやら深い事情がありそうだ。
 メッセージじゃ埒が明かない。

《今からお前らの家に行く。詳しく聞かせろ》

 俺は後のスケジュールを全て破棄して、朝影家の方向に足を向ける。するとポケットに入れたばかりのスマホが鳴り出した。

「もしもし」

『昴先輩』

「麗歌か」

『今日はもう夜なので家に来るのはやめてください。事情は電話でお話しします』

 考えてみると、こんな夜中に女子の家に行くのは非常識だったな。

「……わかった。聞かせてくれ」

『まずはそうですね……お姉ちゃんの過去について、お話しなくてはなりません』

 綺鳴の過去か。
 思えば、俺はアイツの過去についてなにも知らないな……。

『お姉ちゃんは女子に嫌われる三要素を持ち合わせていました。猫なで声、巨乳、内気』

 まるでいじめ専門家のように麗歌は語る。

『特に中学生という時期に、これらの要素はいじられやすい。お姉ちゃんに対するいじめは中学二年生の時に始まりました。きっかけは合唱コンクールです』

 合唱コンクールか。ウチの中学にもあったな。
 人によっては青春の一ページになりえるが、一部の人間には黒歴史になりやすい表裏一体の行事。

『お姉ちゃんはそれまでは口数少なく、積極的に喋らないことでその高い声がばれていませんでした。孤立はしていてもいじめられはしない、という立場でした。ですが合唱コンクールの練習中に口パクがばれて、1人歌わされたのです……それで、声の高さがクラスメイト全員にバレました』

「想像しただけできっついな」

『お姉ちゃんのクラスは合唱コンクールに全力で、口パクをしていたお姉ちゃんはまるで裏切り者のように扱われ、歌わされた。そのお姉ちゃんが高く、目立つ声をしていたことで、いじめの環境・条件は完璧に整いました。中でもお姉ちゃんの声をいじったのが君津楠美という女子です』

 聞いたことある。
 確か以前にアオが問題児の1人として挙げていた。
 滅多に人に対して敵意を持たないアオが、珍しく明確に問題児と言っていたから記憶に残っている。そいつがどんなことをしていたかまでは教えてくれなかったけどな。

『いじめの内容は割愛しますが、いじめは合唱コンクールが終わってもお姉ちゃんが中学3年生になっても続きました。それでもお姉ちゃんは何とか頑張って、学校へ(かよ)い続けました。お姉ちゃんが頑張れた要因は母です。
 母はいつだってお姉ちゃんの声を褒めてくれていた。鐘の()のように綺麗で美しい声だと』

 鐘の音のように綺麗で美しい声……上手い例えだな。全面的に同意見だ。

「いい母親だな。いや、でも確かお前らの母親は……」

『二年前、お姉ちゃんが中学3年生の時に亡くなりました。そこでお姉ちゃんは唯一の拠り所を失くしたのでしょう。ちょうど同時期に、登校頻度が減り始めました』

 それで自然と不登校に、引きこもりになったのか。

『あの頃のお姉ちゃんは正直見ていられませんでした。最初の頃は喉が枯れるまで泣き叫んで、そのあとは喉に悪いものばかり食べるようにして、一時期はストレスで声も出せなくなって、ひどい時は食事もしなくて……』

 そこまで語って麗歌は話を一度止めた。
 麗歌自身、当時を思い出して(つら)くなったのだろう。

『そんなお姉ちゃんを変えたのは、月鐘かるなです。月鐘かるなを通して出会った人たちはお姉ちゃんの声を……受け入れてくれた。母のように』

「そっか。俺と同じで、アイツも月鐘かるなに救われていたんだな」

『はい。月鐘かるなを通して勇気と元気を取り戻して、昴先輩のおかげで学校にも行けるようになった』

「1人立役者を忘れてるぜ。朝影麗歌っていうな。お前が支えていたから綺鳴はギリギリのところで踏ん張れたんだと思うぞ」

『……私は大したことはしていませんよ』

 否定しつつも、麗歌はどこか嬉しそうに言う。
 だけどすぐに声色を落として、

『……すべては順調に進んでいた。ですが、今日の放課後にお姉ちゃんは再び会ってしまったのです……君津楠美に』

 麗歌は俺に教えてくれた、君津が綺鳴に対してなにを(おこな)ったのかを。
 それを聞いた俺は、ついスマホを握り潰しそうになった。

『他県からここへ来て、中学から離れたというのに……よりによって彼女が同じ学校に居るなんて』

「……君津楠美だな。わかった。俺がなんとかする」

『なんとかって、一体なにを――』

 俺は通話を切った。
 君津楠美がしでかしたことは到底許せない。
 もし麗歌が語っていた通りのことを彼女がしたのなら……その確認が取れたのなら、俺は綺鳴との約束を果たすまでだ。

――『お前にちょっかいかける奴が居たら、俺がぶっ飛ばしてやる』

 その、約束を。

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