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第5話 月の巫女は朝が嫌い

「ふぁーあ」

 欠伸(あくび)をこぼしつつマンションの一室から外に出る。
 すると同時に部屋から出てくる女子が1人、幼馴染のアオだ。
 アオは眠たそうに背筋をググっと伸ばす。

「ようアオ」

「あ、おはよう兎神君」

「どうした? 眠そうだな」

「昨日夜更かししちゃってね~」

 俺と同じだな。
 昨日の生配信は6時から9時半までやってたからな……配信が終わってから夕飯食って、アーカイブを見返したりして、結局眠ったのは深夜だ。

 俺とアオは自然と足並みをそろえてエレベーターに入る。

「それにしても珍しいね。兎神君がこんな朝早くに出るなんて」

「ちょっと学校に行く前に寄る場所があってな」

 エレベーターを降りて通学路を歩く。
 こうして2人で登校するのは久しぶりだな。アオが風紀委員になってから登校時間が合わなくなって、2人で登校することはほとんどなくなった。中学の時はよく一緒に登校していたっけ。

「風紀委員は今日も持ち物検査か?」

「持ち物検査はついこないだやったばかりでしょ? 月1なんだから、あと一か月近くはやらないって。それに今度から持ち物検査は男子に任せようと思ってるから」

「なんで?」

「エッチな本とかエッチなビデオ持ってくる人が多いからよ」

「マジで? 学校でそういうの見る意味がわからん」

 学校で見ることで背徳感? でも感じてるのかね。
 変態の思考は理解できん。

「多分、目的は自分たちが見ることじゃない」

「じゃあ誰に見せるんだよ」

「私たちよ。遠回しなセクハラ。ほら、風紀委員って女の子多いでしょ? 反応見て楽しんでるの」

 風紀委員は清楚系美人が多い。そんな彼女たちが本の表紙やビデオのパッケージを見て赤面する様子を楽しんでいるわけか。
 やっぱり変態の思考は理解できん。

 アオは顔を背け、

「……おかげで変な知識ついちゃったし……」

「ん? なんつった?」

「なんでもありません」

 アオはご機嫌斜めな様子だ。
 こういう時はあまり触れないのが吉。

「そんじゃ、俺こっちに用あるから」

 十字路。まっすぐ行けば学校だが、今日は右折して朝影家に行かなければいけない。

「遅刻はしちゃだめだからね!」

「わかってるよ」

 アオと別れ、俺は朝影家に向かった。


 --- 


「お待ちしておりました、昴先輩」

「おう」

 朝影家に着くと麗歌が玄関で出迎えてくれた。

「それで、俺のミッションはなんだ?」

「姉と一緒に学校へ行ってください」

「……ま、そんなとこだと思ったよ」

 一階に麗歌と俺以外の気配はない。

「両親はいないのか?」

「母は二年前に他界しました。父は仕事でほとんど家に帰りません」

「そっか。ウチと似たようなもんだな。俺の家は父親が蒸発して、母親が仕事でほとんどいねぇ」

「そうですか。お互い大変ですね」

 麗歌はあまりこの話題を続けたくないのか、あっさりとした返答をした。俺も別に続けたい話題でもないので当たり障りない話題に切り替えた。

 麗歌に連れられ二階の綺鳴の部屋へ。
 今回は鍵があけっぱなしだったみたいで、ドアノブは下り、あっさりと部屋に入れた。

「すげーな……これがVチューバーの部屋か」

 部屋の中にもう1つ部屋がある。
 部屋の半分を占拠して存在するこの真っ白な部屋は防音室だろう。中にPCや机が見える。あと大量の菓子……菓子の80%は大福だ。

 しかし本丸は防音室ではなく、防音室の外のベッドの上で寝ころんでいた。

「だいふくが82個~……だいふくが83個~……残りは夕飯の後で……」

 兎柄のパジャマを着たかわいいの塊。
 パジャマを雑に着ているからへそが出ており、ズボンのウェストからは下着(白)がはみ出している。さすがにこんな姿を直視するのはまずいと思ったので、紳士たる俺は視線を壁に寄せる。

「カーテンを開けてください。そうすれば姉は目覚めます」

 バッ! とベッドの側のカーテンを開けると、

「むぎゃああああああああああああっっっ!!?」

 シャワーの水をかけられた猫の如く綺鳴は飛び上がり、陽の光が届かない部屋の隅まで退避した。

「カーテン閉めて! 灰になっちゃう!!」

「……吸血鬼かお前は」

「え!? 兎神さん!? なぜここに!!?」

「私が連れてきたの」

「なぜいつも勝手に連れてきちゃうの! ……はっ!?」

 綺鳴はようやく自分の乱れた格好に気づいたのか、慌ててパジャマを着なおした。

「そ、それで……どうして兎神さんが?」

「お姉ちゃんを学校に連れていくためだよ」

「Gakko? なぁにそれ? お姉ちゃん英語わからない」

 こいつは重症だな……。

「今日という今日は力づくにでも連れていくよ。そのために昴先輩を連れて来たんだから」

「ひえええええええっっ!!」

 俺に怯え、体を震わせる綺鳴。

「別に荒っぽいことする気はねぇよ。ただなぁ……麗歌曰く出席日数やばいみたいだし、出て来いよ」

「う、兎神さんはいいんですか? 私が引きこもりをやめても」

「? そりゃ別にいいだろ。なにか困ることがあるか?」

「……かるなちゃまの配信頻度が減りますよ」

「それは困る! よし、お前は学校に来るな!! ――むぎゃあ!!?」

 つま先に麗歌の(かかと)が突き刺さった。痛みからつま先を掴んで飛び上がる俺。

「先輩、真面目にやってください」

「で、でもかるなちゃまは俺の生きがいで、配信頻度が減ると寿命が縮むんだよ」

「元々学校のある時間帯は配信していないでしょう。学校に来たからといって配信が少なくなることはありません」

 なるほど、それなら安心だ。

「……お願いします先輩、月鐘かるなのファンであるあなたの言葉は姉に響きやすい。なんとか説得してください」

 俺がかるなちゃまのファンだってことは綺鳴から聞いてるようだな。
 なんとかと言われてもな……、

「まぁなんだ、俺はお前の……かるなちゃまのおかげで学校に行くようになった。その礼じゃないけど、お前にもやっぱり学校に来てほしいよ。確かに怠いことはいっぱいあるけど、学校でしか味わえない経験ってのもいっぱいあるだろうし、そういうの配信の雑談とかでも使えるだろ」

「うぅ……一理ありますけど、でも外は怖い人がいっぱいです……」

 この前のコンビニの不良みたいな連中のことを言ってんのかな。

「心配するな。お前にちょっかいかける奴が居たら、俺がぶっ飛ばしてやる」

「……兎神さん……」

 綺鳴は小さな拳をぎゅっと握り、

「わ、わかりました」

 綺鳴は俯きながらも学校へ来ることを了承してくれた。

「せ、制服に着替えるので、外で待っていてください」

 俺と麗歌は部屋の外に出る。

「なんとか説得できたな」

「そうですね。やっぱり、昴先輩は中々に役に立ちます」

 麗歌はこの前と同じ、小悪魔な笑顔を浮かべる。

「昴先輩、今日の昼休み、学校の屋上に来てください」

「あそこは立ち入り禁止だぞ」

「だからこそ、他には誰も居ません」

 麗歌は唇に人差し指を当てる。


「秘密のお話があります」

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