バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

19

「それなら君は何がほしいんだ。愛情はいらないと言うなら、何が目的で俺と結婚する?」

 自分が女性たちから好まれる容姿をしていることも、十分理解している。
 これまでナイジェルの周りにいる女性たちは、皆、自分に気に入られようとあの手この手で近寄ってきた。
 もちろん彼女たちも、純粋にナイジェルの愛だけを求めているわけでないことは知っている。
 レックス侯爵家の肩書きもあってのことだと、理解している。
 しかしいくら地位とお金があったとしても、見た目に恵まれていなければ、女性たちからの注目度は下がるというものだ。
 自分の容姿とレックス侯爵家、両方か合わさってのことだ。
 祖父ははこれまで結婚しろとは口酸っぱく言ってきたが、具体的に誰かを候補に上げたことはなかった。
 そこは自分の息子の失敗を教訓に、祖父なりに気遣い、ナイジェルが自分から誰かを連れてくることを待っていたのかも知れない。
 だが、ここに来て初めて候補者を見繕ってきたということは、よほど気に入っているのだろう。
 改めてナイジェルは目を細め、ライリーを値踏みするようにじっと見た。
 容姿は可もなく不可もない。化粧っ気はないがその分素の状態は悪くはない。
 しかし歯に衣着せぬ物言いや、ナイジェルに対する口の利き方は、一般的な令嬢たちとかなり掛け離れている。
 奇を狙ってのことなら成功と言えるが、それがナイジェルの気を引くための行為なら失敗に近い。
 
「お金か? それとも地位か?」
「確かにレックス侯爵家の財産と家名は魅力的です。でも…」
「でも?」
「いずれ没落するかも知れない恐れがある家に、好んで嫁ぎたい者がいるでしょうか」
「なんだと!」 

 「没落」という言葉を聞かされ、ナイジェルは慌てて祖父を見る。

「どういうことですか、我が家はそんなに火の車なのですか」

 まさかレックス侯爵家がそのような事態になっているなど、夢にも思っていなかった。

「まあ落ち着け」
「これが落ち着いていられますか」

 スティーブンが腕を上げて、落ち着くように諭す。

「早とちりですね。話は最後まで聞いてください」

 ライリーの冷めた目がナイジェルに注がれる。

「《《いずれ没落するかも知れない》》と申し上げました。今すぐにではありません」
「同じことだ。今か少し先かで、建国から何百年と続いたレックス侯爵家が没落するということか?」
「正確にはレックス侯爵家の歴史は三百年。スティーブン様で二十代目だそうですね」

 またもやナイジェルはむかついた。

「君に言われなくても知っている。ここは俺の家だ」
「徳川が約二百五十年で十五代だから、なかなかな年数ですね。歴史を感じます」
「とく? 何だそれは」
「いえ、こちらのことです」
「ライリーは時々私も知らないことを話す」
「変わり者ということですね」
 
 嫌味を言ったつもりだったが、彼女は眉ひとつ動かさない。ナイジェルの言葉をまったく意に介していないようだ。
 それもまた癪に障る。
 殆どの女性はナイジェルの言葉に一喜一憂する。頬を赤らめたり、しなだれかかったり、彼の気を引くことに余念がない。

「少なくとも、スティーブン様の代で没落することはありません」
「紛らわしいことを言うな。何を根拠にそのような…まさか、俺が侯爵家を潰すとでも言いたいのか」

 ナイジェルがそう言うと、二人は互いに目配せし合う。
 その沈黙が肯定だとわかった。

「俺がレックス侯爵家を潰すだと? 失礼なことを言うな。たかが子爵家の娘が、女だと思って甘い顔していれば調子に乗って。お祖父様、この者にここまで好き勝手言わせておいていいのですか? あなたの孫が侮辱されているのですよ」

 腹立たしさにナイジェルは、常にないくらい大きな声を上げた。

しおり