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 ナイジェルがこれまで出会ったことのある女性で、ここまで言い返してきたのは彼女が初めてだった。

(おじい様の後ろ盾があるからか、生意気だな)

 食欲はなかったが、話の流れで食卓につかざるを得なくなったナイジェルは、目の前に置かれた紅茶を飲みながら、二人が朝食を摂るのを眺めていた。

 食卓には卵料理と、細かく切った野菜のスープ、そしてソーセージと果物が並べられている。
 卵はフワリとしていて柔かそうだ。
 これまでグチャッとしたものしか見たことがなかったので、それをナイジェルは得体のしれないもののように見つめていた。

「これが珍しいか?」

 スティーブンが、ナイジェルの視線の先にあるものに気づいて話しかける。

「べ、別に…」
「これはオムレツと言って、カリベール領にあるレストランでも出している。柔らかくて美味しいぞ」

 そう言って彼はフォークを刺すと、中からトロリとした何かが流れてきた。

「ほう、チーズか」

 スティーブンは嬉しそうにそれを頬張り、舌鼓を打った。

「随分ご満悦ですね」
「卵を溶いて膨らむまで泡立てる。素朴だがかなり手間がかかっていてこんなふうに焼くには、かなり技術がいる。うちの料理人も何度も失敗した」
「布巾などで練習していましたよね」

 そこまで技術のいるものかと、ナイジェルは二人の話を疑いの目で聞いていた。
 
「お前も食べるか?」
「いえ、結構です」

 内心興味はあったが、ナイジェルはやせ我慢から断った。

「先に書斎に行って待たせてもらいます」

 ここで二人の食事風景を眺めているのも馬鹿らしくなり、ナイジェルは席を立った。

「待たせたな」

 ようやく食事が終わり、スティーブンが来たのはそれから暫く立ってからだった。
 スティーブンが一人掛けの肘掛け椅子に座る。ライリーは席を外すと思いきや、少し遅れて何やら書類の束を抱え入ってきた。

「それで、お前は一人で来たのか」

 当然のようにライリーがナイジェルの向かい側に腰を下ろした。

「必ず誰かを連れてこいとは、おっしゃいませんでしたから」
「だそうだ。ライリー、覚悟を決めろ」

 スティーブンが彼女に顔を向けると、彼女はふう〜っと思いため息を吐いた。

「残念…期待していましたのに」

 そして恨みがましい目をナイジェルに向ける。
 クツクツと、スティーブンが面白そうに笑うのを見て、ナイジェルは自分が一人話題に取り残されているばかりか、笑われていることに不快を顕にした。

「残念? どういう意味ですか」
「うすうす気付いているかもしれないが、私はこのライリーを我が家の一員に迎えたいと思っている」
「……レックス家の、一員? それは…」

 養女にするというのか。それとも自分の妻にするというのか。もしくは…

「もちろん、私のではなく、お前の花嫁としてだ」

 祖父が後妻として迎えるよりは、そちらの可能性が高かった。
 ある程度は予想していたが、改めて言われると現実感が増した。

「私はこれまでの考えを変えるつもりはありませんよ」
「しかし、先程お前は自分の責務を受け入れると言った。言ってすぐ違えるのか」

 揚げ足を取られ、ナイジェルは取り繕うことも忘れてギッと二人を睨みつけた。
 しかし目の前の二人は、ナイジェルの怒りにもまったく動じない。 
 
「わかっています。ですが、私の気持ちも理解してください」
「愛してほしいと言っているのではありません。あなたもそろそろ観念するときだと、うすうす感じていらっしゃるでしょう?」
「私の愛情は期待していないと?」
「くれるのですか?」

 ああ言えばこう言う。可愛げがないとナイジェルは喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。
 いくら腹が立っても、紳士として女性に「可愛くない」という言葉をぶつけるのは憚られたからだ。

「『可愛げがない』と思っていらっしゃる?」
「………」

 しかし向こうからそれを察して口にする。

「わかっているなら…」
「あなたに媚を売っても、無駄です。私、『無駄』という言葉と行為が嫌いです。好きな言葉は『時は金なり』『損して元を取れ』『金は天下の回りもの』です」
「なんだそれは」

 自分への愛想が「無駄」だと言われたことも腹立たしく、ナイジェルは気色ばんだ。

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