13
「確かに異性との友情は成立するか否か、意見は纏まらないと思います」
「何を悟ったようなことを…」
「ナイジェル、ライリーに八つ当たりするな」
「は? 八つ当たり? 誰が」
「もう、もっと穏やかに話は出来ませんか。お互い似た者同士だから、自分の嫌なところを相手に見て、癇に障るのはわかりますけど」
「「誰が似た者同士だ」」
二人声が揃ったので、互いに顔を見合わせ、そしとそっぽを向いた。
「まあ、コホン、お前が結婚を忌避するのはわからないではないが、後継ぎが必要なことはわかるだろう?」
「ええ。ですから、そういう相手を探しています」
「は?」
「俺のことを愛さない、俺が愛さなくても、子供を生んでくれるという女性を、探しています。見返りは物質的なもので納得してくれる人を」
「それは、子供を生むのと引き換えに、その相手にお金を支払うということですか?」
なぜかライリーがそれに食いついてきた。
「ライリー、止めなさい。君のご両親が悲しむ」
スティーブンが何かを察して彼女に釘を刺す。
「ええ、わかっています。子供を道具のように考えるのは私も気が進みません」
その言葉を聞いてスティーブンはほっと顔を緩ませる。
「でも、夫婦の形は人それぞれです。愛だの恋だので儲かるのは小説や演劇の世界だけで、実生活ではいくら愛情があったところで、それでパンが買えるわけではありません」
「……まあ、君らしい考えだな」
スティーブンはライリーの主張に苦笑する。
「物質的に満たされれば、心にも余裕が出来て、お互い愛情はなくても、尊重しあっていくことは出来ると思います」
ナイジェルは、ライリーの話にどこか戸惑い気味の祖父を物珍しげに眺めていた。
あの祖父が年齢の半分より下の令嬢の言葉に、笑顔を引きつらせ、咎めることなく聞いている。
レックス邸に住んでいるということだが、執事見習いの服装でクラブにやってきたり、祖父に向かって物怖じせず話す彼女は、一体何者だろうか。
「俺も子供を道具にとは思っていない。生まれた子に不自由はさせない。望まれて生まれてきたことは十分伝える」
レックス侯爵家を継ぐためだけに、両親は自分を生んだ。乳母や家庭教師がいれば、子供は勝手に大きくなるものだ。生まれてきた意味も自分の果たすべき役割も、別に両親からでなくても教えてくれる者はたくさんいる。
自分のためだと無理をして夫婦でいられることのほうが、苦痛に思う時もあるのだ。
「君の考えはわかった。ナイジェル、お前の考えもな。そういう相手で、お前がいいと思うなら何も言わない。貴族の義務をきちんと理解しているようで安心した」
これまでただ結婚しろとだけしか言わなかった祖父が理解を示したことに、ナイジェルは驚いた。
「ただし、貴族として体裁だけは守るように。派手でなくてもいいが、教会で最低限の儀式は行ってもらう」
「わかっています」
祖父がここまで譲歩してくれるとは思わなかった。
「では、今夜はもう帰ろうか、ライリー」
「はい」
「もう帰るのですか?」
まだ来て一時間も経っていないし、夜会はこれから賑わいを見せる。なのにもう退出するとは。
「伯爵にはきちんと伝えてある。年寄りに夜更しは堪えるのだ。それに、ライリーも朝からやることがある。遅くまで連れ回すわけにはいかない。そうだな」
「はい」
「朝から何をするというのですか?」
貴族の朝は遅い。夜会は真夜中まで開催されるため、家に帰り着いて寝支度を終えるのはもっと遅いくなるので、どうしても起きるのは昼近くになる。
「私の手助けをしてもらっていると言っただろう? 彼女にも仕事がある」
確かにそのようなことを言っていた気がする。
「年寄りには、細かい新聞や書類の文字を読むのは大変なのだ。だから彼女には私の目になって、代わりに書類に目を通してもらっている。本来、それは後継者の仕事だが、その人物は手伝ってくれないようなので、彼女に頼んでいる」
「それは…」
ナイジェルがそれを放棄していると言っているようなものだ。
「計算も頭の回転も早い。この数ヶ月で我が家の財政の無駄を指摘し、経費削減に貢献してくれているよ」
「まさか、使用人を解雇したのも?」
「彼女の提案だ。人手が足らないのも問題だが、余り過ぎても問題だ。必要以上の使用人は解雇し、残った者達もきちんと勤務体制を整え、定期的な休みを与えれば、作業効率も上がる」
「それを、彼女が?」
ナイジェルは改めてライリーを見つめた。
二十五歳という年齢も、嘘ではないのだろうが、そんな知恵があるとは驚いた。
見かけはもう少し若く見えるが、その瞳には確固とした意志があるのがわかる。
「では、また近いうちに逢おう。待っているぞ」
スティーブンはライリーをエスコートし、ナイジェルを置き去りにして会場を後にした。