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『クラブ・カーマメイン』は、バハレイン国の王都クロンデルにいくつかある、貴族の男性が通うクラブの中でも一番新しく出来た所で、特に若い男性の間では人気の場所だった。

 家具はモダンでシンプル。取り揃えている酒も珍しいものが多い。
 オーナーであるカーマメイン卿は貿易で財を成した人物で、伝統を重んじる者から成り上がりと言われているが、若い者から支持を得ていた。

「乾杯、ついに我らがジェームズも、結婚という鎖に繋がれてしまったな。人生の墓場だと言うのに」

 ワインに満たされたグラスを掲げて、淡い金色の髪をした男性が言った。

「これでこの中で独身はナイジェルだけだな。どうだ? お前もそろそろ」

 その場には他に三人の若者がいた。
 ジェームズと呼ばれた若者を含め、他の二人も彼の非難めいた言葉に苦笑いしている。

「冗談はやめろ」

 ナイジェルは心底嫌そうに顔を顰める。
 それでも造作の整った彼の美しさは変わらない。
 他の三人もそれなりに整った顔をしているが、ナイジェルが中でも郡を抜いている。

「お前の独身主義も相当だな」
「お前が婚約者も作らずいつまでも独身でいるから、ご令嬢たちがいつまでも相手を決めないんだぞ」
「そうだ。お前が早くに相手を決めれば、他の男たちがそのおこぼれに預かることができるんだ」

 ワインをグイっと飲み干して、ナイジェルは空のグラスを横に差し出した。

「お前たちは結婚したじゃないか。結婚できないことを俺のせいにされても困る」

 クラブの従業員が、そこにワインを継ぎ足した。
 ナイジェルは深い緑の瞳でグラスに液体が満たされていくのを眺めた。

「逆に結婚をしたいと思うお前たちの正気を疑うよ。お互いだけと誓いながら、暫く経つと別の相手に心を移す。何のための誓いだ。それなら最初から誓わなければいい」
「それは、お父上のことを言っているのか?」

 その質問にナイジェルは答えず、グラスを揺らす。

 彼の母親はレックス侯爵家に嫁ぎ彼を産んだが、父親は外に女をつくり家庭を顧みなかった。
 そしてまだ彼が幼い時に、父親は痴情のもつれで殺され、母親は彼を置いて出ていった。
 ナイジェルは顔だけは父に似ている。母親にとって、ナイジェルは顔も見たくない存在だった。
 ナイジェルが何も言わなくても、その答えはわかっていた。

「それより、今夜は朝まで付き合ってくれるんだろ? 少し早いがバチェラーパーティと行こうじゃないか」

 ナイジェルがそう言うと、三人は互いに目配せをし合った。

「それが…」
「どうした? パトリック」
「妻に子供が出来て、暫くは朝帰りは慎もうかと」
「子供か、それはおめでとう」

 ジェームズが祝いを言う。

「ありがとう」
「パトリックもついに父親か。マーカスの所は息子はそろそろ一歳か」
「来月で一歳だ」
「他人の子は成長が早いな」

 マーカスとパトリックが伯爵、ナイジェルとジェームズが侯爵の家柄。
 お金もあって見目も良い四人は、十五歳で寄宿学校で初めて出会い、意気投合した。
 十八歳で学校を卒業し、それぞれ違う道を歩んでもずっと楽しくやってきた。
 しかし、三年前にマーカスが親の決めた婚約者と結婚し、父親になった。パトリックも半年前に夜会で出会ったひとつ下の女性と結婚した。そして今回ジェームズの結婚が決まった。

 次はナイジェルの番と思われるだろうが、当のナイジェルは結婚というものを忌避していた。

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