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滅亡か服従か。回答期限迫る

「クラウスが周辺のニンゲンの国に勧告した、ドラグロア王国への従属についての回答期限じゃ」
「あ……」

 そういえば、そんな話があったっけ。
 勧告した国々の中には、あのハイリグス帝国も含まれていたよね……。

「姫様、いかがなさいますか? おそらくニンゲンどもは、戦々恐々としていると思われますが」
「そうですね……」

 メルさんは人差し指を口に当て、思案すると。

「ギルくんはどうしたいですか?」
「僕、ですか……?」
「はい。私達にとってニンゲンの国などどうでもいいですが、ギルくんもニンゲンであることには変わりありませんし、何より……君を虐げてきた連中に、報いを受けさせるには丁度よい機会だと思いますが」
「…………………………」

 本音を言うと、捨てられる以前のことは忘れてしまいたい過去。
 だからあの人たちなんかに会いたくない。

 あの頃はお父さんに守られているんだって……見ていてくれているんだって信じていて、今から考えたら僕って馬鹿だったと思う。
 もし本当に、お父さんが僕のことを見ていてくれたのなら、ポルケ夫人や他の使用人達から、あんな目に遭わされるはずなんてないのに。

「……僕が大切なのは、メルさんとコンラートさん、それにエルザさんだけです。なので、メルさんと同じように、他の人間なんてどうでもいいです」

 僕はメルさんの瞳を見つめ、そう言い切った。
 もちろん、無関係な人達に酷いことをしたいなんて思わないし、僕の知らないところで好きにすればいいと思う。

 でも……僕は、また以前のような思いをしたくない。
 メルさんの温もりを、知っちゃったから。

「……分かりました。では、ニンゲンの国々に関しては、私達のほうで|処理《・・》しておきますね」
「はい。よろしくお願いします」

 メルさんに向け、僕は深々とお辞儀をする。
 以前僕は、彼女に『無関係な人達を傷つけるのは違う』と、『メルさんにとって人間がどういう人達なのか、それを見極めてからでも遅くない』って言った。

 だからきっと、無差別に人を殺したりしないと思う。
 少なくとも、皇宮の人達以外に何かしたりはしないだろう。

 なのに。

(大丈夫、だよね……)

 何故か僕は、胸騒ぎがして仕方がないんだ。

 僕は胸襟を握りしめ、皇宮のある東の方角へと視線を向けた。

 ◇

「さあ、余計な邪魔が入ってしまいましたが、魔法の特訓の続きをしましょう」
「は、はい」

 気を取り直し、僕は再び竜魔法を習得するために魔力を変質させる。
 この胸騒ぎを払拭させるためにも、竜魔法をどうしても使えるようにならないといけない。そんな焦りを抱えながら。

 ちなみに、コンラートさんはメルさんから何か指示を受けて、エルザさんと一緒にそのままどこかへ行ってしまった。
 ちょっと気になるけど、僕はまず魔法に集中しないと。

 だけど。

「やっぱり上手くいかないや……」

 魔力をメルさんのものと同じように変質させるところまでは、完璧にできるようになったと胸を張って言える。
 でも、どういうわけか変質した魔力で魔法を使おうとしても、どうしても発動しないんだ。

「ここまでくると、不思議でなりません。もちろん、一番の不思議は、ギルくんが私と同じ魔力を難なく作ってしまうことですが」
「い、いや、それは……」
「いいですか? 何度も言いますけど、竜とニンゲンでは魔力の質がそもそも違うんです。だから、たとえあれだけの回復魔法が使えるギルくんであっても、本来はあり得ないんですよ」

 ずい、と詰め寄られ、メルさんが告げる。
 それは分かってるんだけど、その……顔がものすごく近い。メルさんもメルさんで、自分がとても綺麗な|女性《ひと》だってことをもっと自覚したほうがいいと思う。

「つまり何が言いたいのかというと、魔力の質が竜と同等になったのであれば、魔法そのものを行使することは容易いはずなんです。それができないということは、何かしらの問題を抱えているということに他ありません」
「も、問題って……?」
「それは……私には分かりませんが……」

 尋ねると、メルさんはぷい、と顔を逸らしてしまった。
 メルさんは最強の竜ファーヴニルの一族。だから魔法に関しても、特に意識することなく行使することができる。例えば、息をするかのように。

 だから逆に、どうやって魔法を使うのか、何が必要なのかなど、理論立てて説明することが苦手だったりする。

「……少々危険ですが、私がギルくんの身体を介して魔法を放つ……というのはどうでしょうか」
「メルさんが、僕の身体越しに……」

 魔力の質については、メルさんと同調させることはできる。
 なら、あとはどうやって魔法を放つのか、メルさんが僕の身体を使って実践してみせるということか。

「それ、いいですね!」
「で、ですが、それだけギルくんを危険な目に遭わせてしまう可能性があるということなんです。もちろん、魔法は最小限のものに留めるつもりですが、それでも……」

 提案してくれたものの、メルさんは|躊躇《ちゅうちょ》する。
 彼女はいつだって、僕を最優先に考えてくれるんだ。

 だけど。

「大丈夫です。僕には回復魔法だってありますから」
「ギルくん……」

 僕だって、メルさんをいつも最優先に考えてる。
 竜魔法を習得したいのも、全ては彼女を守りたいからなんだ。

 なら、|その程度《・・・・》で足踏みなんてしていられない。

「……分かりました。ですが、もしギルくんに万が一のことがあった時は、すぐにやめますからね」
「はい! ありがとうございます!」

 メルさんの手を取り、僕は感謝の言葉を告げた。

「はあ……きっと私はこれからも、ギルくんのその笑顔に|絆《ほだ》されて何でも許しちゃうんですね……」

 メルさんは頬に手を当て、溜息を吐く。
 |愁《うれ》いを帯びた表情は妙に色っぽくて、僕は思わず顔が厚くなってしまった。

「じゃ、じゃあ、早速お願いしますね!」
「あっ」

 恥ずかしくなってしまった僕は、それを誤魔化すかのようにメルさんの手を取り、お城の外へと向かった。

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