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不遜な白き王は竜の姫を絶望に染めたい ※クラウス=ドラッヘ=リンドヴルム視点

■クラウス=ドラッヘ=リンドヴルム視点

 ――俺は、生まれた時から王の下につくことを強要された。

 竜が住まう国ドラグロア王国では、三千年もの長い間、黒き竜ファーヴニル一族が王として君臨してきた。
 何故なら、この国では最も強き者が王となることが定められているのだから。

 我がリンドヴルム一族も、ファーヴニル一族が台頭するまでは何人かの王を輩出してきた家系。
 王国内では『高貴の白』として一部の竜から崇められ、尊敬の念を集めてきた。

 だが、ファーヴニル一族が王となってからはどうだ。
 リンドヴルム一族の誰しもがファーヴニルに敵わず、後塵を拝し配下に成り下がっている始末。

 俺は、それが誰よりも許せなかった。

 とはいえ、残念ながらファーヴニルに勝つことはできない。
 たとえリンドヴルム一族歴代最強と|謳《うた》われた俺であっても

 だから俺は考えた。
 どうすればファーヴニルを倒し、ドラグロアから……俺の国から排除できるのかを。

 そうして導き出した答えが、策によりファーヴニルを陥れるというものだった。

 といっても、この国で王になるためには『王選』に勝利しなければならない。
 『王選』は一対一で勝負を行い、他の者が加勢することは許されないのだ。

 奇策を用いたところで、フェーヴニルの圧倒的な強さの前には策ごと食い破られてしまう。
 ならば、どうするか。

「『王選』を始める前に、雌雄を決してしまえばいい」

 俺のやろうとしていることは、誇り高き竜として最も恥ずべきこと。
 何せ、毒でファーヴニルを弱らせてしまい、その隙を突いて『王選』を挑み勝利するというものなのだから。

 ただ、竜は毒などへの耐性が強く、生半可なことでは効果がない。
 加えて、そのような|搦《から》め手に縁がない竜は、そもそも毒についての知識がないのだ。

 一人心当たりはあるが、あの者は国王の娘メルセデスの侍女。聞いたところで怪しまれ、教えてもらえるはずもない。

「やるしかない……っ」

 俺は拳を握りしめ、王国を離れることを決意する。
 国王のマンフレート=ドレイク=ファーヴニルには、見聞を広めるためとして外遊の許可を得た。

 悲しそうに引き留める小さな少女……メルセデスが少々|鬱陶《うっとう》しかったが、いつもの笑顔の仮面を被り諭してやると渋々了承した。

 そうして俺は、外の世界へと出た。
 この世界はニンゲンで|溢《あふ》れ、広大な土地を我が物顔で支配している

 許せなかった。
 我等竜が、あのような小さな山でひっそりと暮らしていたというのに、下等で矮小なニンゲンが、偉そうにしているのか。

(全てはファーヴニルのせいだ……っ!)

 歴代の国王は外の世界と繋がることをよしとせず、閉鎖された世界での生活を強いてきた。
 そのせいで我等の棲み処はあのような山だけ。このようなことが、許せるはずがない。

 王国への……ファーヴニルへの怒りと憎しみをますます募らせ、俺は世界を旅する。

 そこで俺は全てを手に入れるための|術《すべ》を知り、そして――。

 ――世界の|理《ことわり》と、|俺の役割《・・・・》を知った。

 ◇

「くくく……見たかニンゲンどもの慌てようを」

 城へと戻り、俺は玉座に腰かけながら|嘲笑《ちょうしょう》を浮かべる。
 やはり、所詮はニンゲン。竜の強さの前では、あいつ等は|蹂躙《じゅうりん》されるしかないのだ。

「この調子で、他のニンゲンの国も我等に平伏させるのだ。そして、竜による竜のための王国を築こうではないか!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」」」

 俺の言葉に酔いしれ、竜達が拳を突き上げて歓声を上げる。
 そうだ。やはり今までの|鬱屈《うっくつ》した暮らしなど、誇り高き竜が受け入れられるはずがないのだ。

 今こそ俺は、竜を本来いるべき地位へと導いてみせる。
 そう決意を新たにするのだが。

「なんだ。何か言いたいことでもあるのか」
「……いいえ、ございませぬ」
「…………………………」

 表情一つ変えず|跪《ひざまず》くのは、前国王マンフレートの元側近の一人であり、ファーヴニル一族、リンドヴルム一族に続く実力を誇る“コンラート=ガルグイユ”近衛兵長。
 その隣に同じく無言で控えている、メルセデスの侍女だった “エルザ=クエレブレ”。

 ファーヴニルの信頼厚く、また、誰よりもファーヴニルに忠誠を誓っていた者達。
 『王選』という|正規の《・・・》|手続き《・・・》を経ていなければ、この者達が俺の下につくことはあり得なかっただろう。

 まあ、そういうこともあり、俺も『王選』での勝利にこだわったのだが。

「コンラート、貴様には俺の右腕として期待している。これから存分に励め」
「……はっ」

 肩に手を置きそう告げると、コンラートは短く答えるのみ。
 ふん……納得できようができまいが、『王選』で勝利した以上は貴様も従うしかないのだ。

 それに、もうまもなくファーヴニルの一族はこの世界から姿を消す。
 最後の一人である、メルセデスの死をもって。

「俺は気分がいい。今夜は無礼講だ。大いに騒ぐがいい」

 その一言で、部屋の中には次々と酒と料理が運び込まれ、居並ぶ竜達は皆笑顔で酔いしれる。
 つらく厳しかった過去への決別、そして輝かしい竜の未来に。

 だが。

「へ……陛下……っ」

 傷ついた一人の兵士が部屋に現れたことにより、その空気を台無しにされた。

「なんだ。今は忙しい……」
「ご、ご報告申し上げます……。その……大罪人メルセデス=ドレイク=ファーヴニルが、クラウス陛下に『王選』を挑む、と……」
「……なんだと?」

 兵士の言葉に、俺は殺気を込めた低い声で聞き返す。
 そのせいで部屋の空気はより最悪なものとなり、兵士の表情はこれ以上ないほどに青ざめた。

「血迷ったか。命からがら王国から逃げ出したあの女に、俺に挑む余力など残っているはずがない」

 何より、メルセデスはマンフレートと同じく毒に|冒《おか》されている。
 たとえファーヴニル一族であったとしても、あの毒を克服することなどできるはずがないのだ。

 あれは、|そういう《・・・・》|もの《・・》なのだから。

「そ、それが、どういうわけか傷が全て完治しており、その……とてもではありませんが、我々では歯が立ちません……」

 おかしな方向に曲がった指の右手で、ぐしゃぐしゃに潰れた左手をさする兵士。
 苦痛に耐えかね、涙さえ流している。

「そうか……まあいい。ならば、今度こそ引導を渡してやるのみだ」

 たとえ傷が治ったところで、毒まではそうはいかない。
 もちろん万が一ということもあるので、万全を期した上で|嬲《なぶ》り殺してやるがな。

 あの無駄に美しい顔を、苦痛と屈辱で歪めてやる。

「分かった。もう下がれ」
「は、はい。失礼しま……っ!?」

 立ち上がろうとしたところで、兵士の背中に魔法陣が浮かぶ。

 そして。

 ――ぐちゃ。

 兵士がはじけ飛び、部屋が血と肉片で染まった。
 間違いない。メルセデスが使う魔法だ。

「面白い。これが貴様の宣戦布告というわけか」

 毒に冒されながら、まだこれだけの魔法が使えることは素直に称賛するものの、俺にはただ虚勢を張っているだけにしか思えない。
 まあいい。ならば、最後まで足掻いてみせるんだな……って。

「コンラート、どこへ行く」
「……『王選』を挑まれた時点で、クラウス陛下は勝利するまで王ではない。ならばわし等が付き従う理由もありませぬ」
「失礼いたします」

 コンラートとエルザは、そのまま部屋から出て行った。

「……後悔するぞ」

 明確に俺に対し反旗を|翻《ひるがえ》したのだ。
 『王選』が終わり次第、貴様等もまとめて処分してやる。

「メルセデスよ。貴様が絶望する姿、楽しみにしている」

 ニンゲンの国で手に入れた葡萄酒を口に含み、俺は牙を|覗《のぞ》かせた。

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