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黒竜姫の真の強さ

「だからこそ、ギルベルトくんは|一歩も《・・・》|動かずに《・・・・》そこで見ていてください。この私の……竜族最強の一族、ファーヴニルの真の強さを」

 そう告げると、メルセデスさんは本来の姿――巨大な黒い竜に姿を変えた。

「っ!? おい!」
「ああ!」

 二人組の男達も、その姿を灰色の竜へと変える。
 でも、メルセデスさんと比べても一回り……ううん、二回りも小さい。

『さて……貴様達との圧倒的な力の差というものを、思う存分……いえ、それは無理ですね。そんなことを感じることもできず、無様に屍を|晒《さら》すことになるのですから』

 メルセデスさんは初めて出逢った時の|唸《うな》り声と同じく低い声で|煽《あお》ると、漆黒の大きな翼を広げて上空へと飛んだ。

『っ! 舐めるな!』

 灰色の竜の二人も、彼女の挑発に乗って森を飛び出る。
 メルセデスさん、そして二人のおかげ? って言っていいのか分からないけど、周囲の木々がなぎ倒され、対峙する三体の竜を眺めることができた。

『来ないのですか? 先程までの、自信満々の態度はどこへ行ったのやら』
『てめえっ!』

 二人組のうち、言葉遣いと態度が悪かった竜が、巨大な竜の牙を剥き出しにしてメルセデスさんに飛びかかる。

『醜い』
『ッ!? ギャウッ!?』

 腕組みをしたままのメルセデスさんが長く太い尾を振るい、灰色の竜を叩いた。
 するとどうだろう。竜は悲鳴を上げ、遥か遠くまで弾き飛ばされてしまったじゃないか。

『フン、所詮はただの一般兵にすぎませんね。これでは話にならない』

 長い髪をかき上げるような仕草をして。メルセデスさんは鼻を鳴らす。
 たったあれだけで、もう互いの格付けが済んだみたいだ。

『どうします? このまま続けても、結果は見えていると思いますが』
『グルル……ッ』

 メルセデスさんは見下ろしながら尊大に、|傲慢《ごうまん》に振る舞う。
 灰色の竜は、口惜しそうに低い|唸《うな》り声を上げた……んだけど。

『……分かった。ここは引き下が……っ!?』
『馬鹿じゃないですか? 毒に冒され本来の力を発揮できなかったこの私を調子に乗って傷つけ、何より貴様はギルベルトくんの右手の指をへし折り、左手を握り潰した』
『ひっ!?』

 どうやったのかは分からないけど、メルセデスさんは一瞬で灰色の竜の背後に回り、その首を握っていた。
 彼女の声には怒りと憎しみが込められていて、灰色の竜の表情が絶望に染まる。

『どうしました? 今頃になって、自分のしでかした過ちに気づいた……とでも言うつもりでしょうか。それとも、竜族のくせに情けなく命乞いでもするのかしら』

 小首を傾げ、メルセデスさんは口の端を吊り上げる。
 今は竜の姿になっているため、その姿はどこか|滑稽《こっけい》にも見えた。

 でも、その鋭く大きな牙を|覗《のぞ》かせ、真紅の瞳は宝石というより、まるで血塗られた赤。人間の姿の時の、あのメルセデスさんからは程遠い……っ!?

「……う、動くな」

 灰色の竜が、背後から告げる。
 声質から察するに、人間の姿に戻ったらしい。

「いいか、少しでも動いてみろ。その瞬間、貴様を殺す。それが嫌なら、あの女に……メルセデスに言え! 大人しくし――」

――ドンッッッッッッ!

 男が言い終える前に、突然閃光が走る。
 それとほぼ同時にやって来たのは、激しい衝撃音だった。

「え……?」

 おそるおそる、僕は後ろへと振り返る。
 すると、先程まで高い木々がそびえ立っていた場所が、広い範囲で更地と化していた。

『全く……この私が、ギルベルトくんを人質に取らせるような、そんな馬鹿なことをするはずがないでしょう』

 こちらを見ながら、メルセデスさんは呆れた様子で告げる。
 どうやら彼女は、連中がこうすることを予測していたようで、あらかじめ|仕掛け《・・・》を施していたみたい。

(最初に言っていた『一歩も動かずに』って、こういうことだったのか……)

 竜に変身する直前の彼女の言葉を思い出し、僕は納得して頷きつつ、余計なことをしないで本当によかったと胸を撫で下ろす。
 でも……本当にすごい人なんだなあ……。

『貴様の仲間が竜の名を汚す真似をしてくれたおかげで、ますます遠慮する必要がなくなりました。そうですね……まず手始めに、ギルベルトくんと同じ目に遭ってもらいましょうか』

 どこか愉快そうに告げると、メルセデスさんは灰色の竜の右手を取った。

『ふふ……ギルベルトくんは、私のために苦痛に耐え、最後まで守り抜いてくれました。……貴様はどうなのでしょうね』

 ――べきっ。

『ッ!? グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』

 無造作に指をへし折ると、灰色の竜は苦痛に顔を歪め、絶叫した。

『あらあら、小指を一本折っただけで大袈裟な。竜族の恥ね』
『ぐ……ぐう……っ』

 息を荒げ、灰色の竜は涙を|零《こぼ》す。
 それをメルセデスさんは、冷やかな視線で見つめていた。

『じゃあ次です』

 ――ばきょっ。

『ハグアアアアアオオオオオオオオオオオッッッ!?』
『次』

 ――べきゃっ。

『フグッッッ!? ウウウウウウウウウウウ……ッ!』
『次は同時に二本いってみましょう』

 ――ばきゃぼきっ。

『ヒイイイイイッッッ!? ヒイイイイイヤアアアアアアアアアアアッッッ!?』

 小指から始まり、薬指、中指ときて、最後に人差し指と親指を同時に折ったメルセデスさん。
 灰色の竜は痛みに耐え切れず、暴れてもがき苦しむけれど、彼女が首をつかんでいるため逃れることができない。

 ひとしきり叫んだかと思うと、灰色の竜はぐったりとしてしまった。
 どうやら気絶したみたいだ。

『何を寝ているんですか』
『ヘブッ!?』

 冷たい表情を浮かべ、メルセデスさんが強烈な張り手を見舞うと、変な声を上げながら灰色の竜は目を覚ました。

『わ……我々が間違っておりました。|勘違い《・・・》をし、数々の無礼を働いた私をどうかお許しください……っ』

 ぽろぽろと涙を|零《こぼ》し、懇願する灰色の竜。
 最初の頃の威勢はとうに消え失せ、メルセデスさんにただただ許しを乞うた。

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