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役立たずの小さな皇子

 ――僕は生まれてからずっと、誰からも必要とされなかった。

 僕は、西方諸国にある列強国の一つ、“ハイリグス帝国”の第六皇子として生を受けた。
 皇子といっても名ばかりで、所詮は皇帝“フリードリヒ=フェルスト=ハイリグス”が使用人の一人を無理やり手籠めにしでできた子供。皇宮の離れにある薄暗い部屋で、僕はひっそりと産まれたんだって。

 |一応は《・・・》皇帝の子供だからということで、第六皇子の地位だけは与えられることになった。もちろん、僕に皇位継承権はない。

 お母さんは僕を産んですぐに他界してしまったらしく、妊娠してからずっと、皇宮内ですごく惨めな暮らしを強いられていたそう。
 この話を僕は乳母から教えられたけど、彼女はそれはもう楽しそうに語ってくれたよ。

 乳母曰く、『身の程も弁えず、断りもなく皇帝陛下の御子を宿したのだから当然の報い』なんだって。
 つまり僕が|こんな《・・・》|扱い《・・》を……使用人以下の暮らしと、使用人よりも過酷な仕事を与えられるのは、当然のことなんだ。

 だから僕は、こうして生かしてもらっているだけでも喜ばなきゃいけないんだ。

「おい|役立たず《・・・・》! こいつを向こうへ運んでおけ!」
「は、はい!」

 皇宮の料理人の一人に呼びつけられ、僕は指示された木箱に手をかける。
 でも、木箱は大きくて、重くて、十歳の僕にはとてもじゃないけど持ち上げることができなかった。

「ハア……本当にお前は何も出来ない|屑《くず》だな」
「…………………………」

 料理人はいつものように、薄ら笑いを浮かべながら僕をなじる。
 僕にできることは、|俯《うつむ》いてただじっと耐えるだけ。

「おい! ちゃんと聞いているのか!」
「あぐ……っ!?」

 料理人は右手を振り上げ、僕の顔……ではなく、お腹を思いきり殴った。

「おいあんた、ちゃんと|考えて《・・・》やりなよ。いくら|役立たず《・・・・》で使えないからって、一応は第六皇子なんだからね」
「大丈夫だよ、こうして目立たないように腹を殴っているんだし。それにこいつ、驚くくらい|頑丈《・・》でな。少々強めに殴ったり蹴ったりしても、すぐにけろっとするんだ。こんなふうに、な!」
「ふ……ぐ……っ」

 倒れて苦しむ僕のお腹を、料理人は靴のつま先で蹴った。
 そんな僕を、小太りの中年女性……僕の乳母の“ポルケ”夫人が、つまらなそうに見下ろしている。

「フン。……何だって皇帝陛下は、こんな子供をいつまでもここに置いておくんだろうね」

 ポルケ夫人の言うとおり、どうして皇帝陛下が……父が、僕を皇宮に置いてくれているんだろう。
 僕は身体も小さくて、要領も悪くて、いつも叱られて、何もできない|役立たず《・・・・》なのに。

「さあな。こんな|役立たず《・・・・》でも、一応は陛下の血を引いているんだ。ここに置いてやるくらいの愛情は残っているんだろう。何せ陛下は|お優しい《・・・・》御方だからな」
「はいはい」

 どこか|揶揄《からか》い気味に告げる料理人に、ポルケ夫人は眉根を寄せて手をひらひらとさせると、そのままどこかへ行ってしまった。

「え……えへへ……っ」

 お腹を押さえて壁に寄りかかりながら立ち上がり、僕は思わず口元を緩める。
 だって、皇帝陛下が……お父さんが、僕のことをちゃんと見ていてくれているんだ。だから僕は、この皇宮で暮らすことができて、|この程度《・・・・》で済んでいるんだもの。

 本当だったら、生まれてすぐに皇宮の外に捨てられて、そのまま死んでしまってもおかしくなかったんだから。

「頑張らなきゃ……」

 僕はお腹をさすってから立ち上がると、木箱の端を持ち上げて床を引きずりながら運ぶ。
 まだ一度も見たことのない、皇帝陛下に……お父さんにいつか出逢う日を夢見て。

 それが僕――“ギルベルト=フェルスト=ハイリグス”の、たった一つの望みだから。

 ◇

「いてて……」

 皇宮の地下にある書庫の隅っこで、僕は本とかちかちの小さなパンを抱えてうずくまる。
 あの後も、料理人だけでなく皇宮で働く他の使用人や衛兵達に、たくさん叩かれたり蹴られたりした。

 といっても、顔だけは綺麗なままで、|痣《あざ》や傷ができているのは服の下だけ。
 ポルケ夫人が言っていたとおり、皇帝陛下に叱られるから、目立つところを叩いたりしないんだと思う。

「えへへ……やっぱりお父さんが、僕を守ってくれてるのかな」

 お腹や肩をさすりながら、僕ははにかむ。
 使用人達に叩かれたりするのはすごく痛いけど、それでも死んだりするほどじゃない。

 それに、|この程度《・・・・》だったら。

「えいっ」

 明かり一つない書庫の隅で、僕の右手が淡い光を小さく放つ。
 するとどうだろう。身体の痛みが、すぐになくなってしまったよ。

 そう……僕が今もこうして元気で過ごせるのは、この不思議な力のおかげ。
 物心ついた時から、ポルケ夫人にどれだけ叩かれても、この光を受けたら苦しくなくなるんだ。

「この力がなかったら、今頃僕は……」

 そう呟いたところで、僕はかぶりを振る。
 最悪なことを思っちゃったけど、お父さんが守ってくれているから、そんなことにはならないよね。

「さあ、今日も続きを読まないと」

 持ってきた|燭台《しょくだい》の|蝋燭《ろうそく》に火を|灯《とも》し、僕は本をめくる。
 この書庫は、今は誰も使っていない、僕だけの秘密の場所。

 三年前に見つけてから、僕はここでたくさんの本を読んだ。
 といっても、本を読むために文字の勉強をこっそりする必要があったから、実際に読み始めたのは二年前からだけど。

 でも、本を読んでいる時は幸せになれる。
 中にはすごく難しい本もたくさんあったけど、それでも頑張って読んで、少しでも理解しようと努力した。

 おかげで今では、書庫にあるほとんどの本を読破したよ。

 僕の使う不思議な力のことも、本を読んで知った。
 この世界には魔法というものが存在していて、火をつけたり水を出したり、雷だって嵐だって呼ぶことができる。

 そんな魔法の中で、僕が使ったのは回復魔法と呼ばれるもの。
 どれだけ大怪我だったとしても、簡単に治してしまえるんだって。

「……僕は|役立たず《・・・・》だから、簡単な怪我しか治せないんだけどね」

 僕が回復魔法を使う時は、精々使用人達に殴られたり蹴られたりしてできた、小さな怪我ばかり。
 他の人達に使ったことが分からないけど、きっと僕の魔法は大したことがないと思う。

「もっとすごい魔法とか、僕にも使えたりするのかな」

 これまで読んだ本の中には、大魔法使いや賢者と呼ばれる人達がすごい魔法を使って、悪い悪魔や魔物達を倒したりする物語もあった。
 いろんなところに旅をして、いろんな人に出会って、いろんな人を救って。

 そんな生き方に憧れるけど。

「……僕じゃ無理だよね」

 ゆっくりと本を閉じ、僕はかぶりを振る。
 この皇宮で生きていくだけでも精一杯なのに、子供で役立たずの僕には一人でなんて生きていけない。

「ふわあ……そろそろ寝なきゃ」

 |欠伸《あくび》をし、|傍《そば》にあった毛布を被って横になる。
 明日も朝早くからやらなきゃいけない仕事はたくさんある。

 僕は大好きな本に囲まれる中、ゆっくりと|微睡《まどろ》みの中に落ちていった。

 そして、次の日の朝。

「あ、あの……」

 何故か僕は、衛兵達に引っ張られて大勢の人が居並ぶ豪華な部屋に連れてこられた。

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