第29話 近づかれたら乗っ取られる!
口の中は苦みが広がっているので、テレサからベージュ系の皮に包まれた丸い果物を受け取る。手のひらと同じぐらいの大きさだ。かじりつくと甘みを含んだ水分が口内に広がる。
あぁ、幸せだ。
今まで食べた物で一番美味いかもしれない。
無心で二口目、三口目を食べる。
いつのまにか果実はなくなってしまい、芯だけが残っている状態になっていた。
「もう一つ食べますか?」
「次は腹にたまる物を食べたい」
贅沢なことを言ってもテレサは喜んでいた。命令されること自体が名誉だと思っているのだろう。
小さなナイフやパン、肉、野菜、そしてドレッシングみたいなものまで背負い袋から取り出した。
食料の種類が多すぎる。ここまでやらない。準備が良すぎる。
「普段の野営でも食べ物にこだわっているのか?」
「いえ、いつもは干し肉だけです。今回はポルン様と同行する可能性が高かったので、色々と準備してまいりました」
出会ったとき背負い袋がデカいなと思ったが、ほとんどは食材なのかもしれない。
俺のために用意したというのは、光教会関係者らしいなと感じた。
「食材に限りがあるため、たいした物はご用意できませんでしたが……」
と言って、テレサはパンを差し出した。縦に切れ目が入っていて、中には肉の他、数種類の野菜が入っている。
瘴気に汚染された山の中だと考えれば、非常に豪華な食事だ。
受け取って一口食べる。
ドレッシングの酸味と干し肉の塩味がちょうどよい。屋台に出せば人気のメニューとなりそうだ。
「久々に美味い食事ができている。助かった」
「ありがとうございます!」
褒めたら感極まって今にも泣き出しそうな顔に変わった。
情緒不安定すぎだろ!
俺の言葉に過剰反応するからやりにくい。
前のパーティメンバーだと、身分や肩書きなんて関係なく気軽に会話できていたから懐かしく思う。あの時は汚染獣のことだけ考えていたらよかったので、大変だったし何度も死にかけたことがあったけど、楽しかったなぁ。
なんだか随分と昔のことのように思えてしまうが、勇者をクビになってまだ一ヶ月もたってない。懐かしむのはもっと後にしよう。
時間をかけずにパンを胃に収め、しばらく休んでから立ち上がる。
「大型の汚染獣が封印されていた場所に行こう」
「かしこまりました。私が先行します」
一緒に行こうと口を開きかけたが遅かった。テレサは弓を構えて洞窟の中へ入っていく。
素直なところは良いが役に立ちたいという意思が強すぎだ。彼女が特別なわけでなく光教会全体がこういった傾向にある。
もう少し肩の力を抜いてくれると助かるのだが。
「……俺も行くか」
置いていくわけにはいかないので、テレサの後を付いていく。
洞窟内は結構広く、横幅は五メートル以上あった。高さもあって戦うには十分な広さがある。
慎重に進んでいると瘴気がかなり濃くなっていく。光属性の魔力を放出して周辺を浄化しているのでテレサは無事だが、少しでも気を抜いたら汚染されて数秒と立たずに死ぬだろう。
これほどの瘴気を小型が出せるわけもなく、洞窟内に間違いなく大型はいた。
明かりは照明魔法により出現した光る球体一つのみ。視界は良いとは言えない。
何が出てくるかわからず警戒していると、テレサが弓を構えて光の矢を飛ばした。
どうやら洞窟の奥に敵がいたようだ。
「極小型たちです!!」
瘴気の中では普通の生物は生きていけない。だが、汚染獣の排泄物から新しい汚染獣は発生する。
それが今目の前にいる敵だ。
猪や鹿、人間といった骨が動いている。血管のように脈動する触手が絡みついていて、無理やり動かされているみたいだ。骨は赤黒い。
生物の尊厳を傷つけるような光景だ。
「寄生型か! 近づかれたら乗っ取られる! 俺の後ろにこい!」
周辺に生きている生物が居ないから骨にとりついているだけで、肉体にも入り込めるタイプだ。
過去の資料では数千人にも及ぶ兵が、極小の汚染獣に体を乗っ取られて大きな被害が出た記録は残っている。戦闘能力や耐久度は高くないが、だからといって油断すれば危険だ。警戒するべき相手である。
「このぐらい私の力で何とかなりますっ!!」
光の矢を連続で放ち、テレサは攻撃を続ける。
確かに当たれば骨が浄化されて極小の汚染獣は消えている。順調に消滅させているように見えるが長くは持たない。すぐに魔力切れを起こしてしまう。
「敵の規模が分からない! 魔力は温存しておくんだ!」
槍を持って飛び出すと、テレサを追い越して近くにいる骨だけで動く鹿の頭を貫く。光属性の魔力を流し込むと、すぐに崩れ去った。
昔は魔物も住んでいたのか、ゴブリンと思われる身長が一メートルほどの人型の骨が複数近づいてくる。
槍で突こうと思ったのだが、骨にとりついている触手が俺の方に伸びてきた。
予想外の動きで回避はできない。
体に当たる直前で放出している光属性の魔力を一気に増やす。
少々やりすぎたようで、洞窟内にいる骨どもすべてを浄化してしまったようだ。動いている個体はいなかった。
「すごい……これが勇者の力…………」
テレサは手を組んで膝をつき、俺を崇めていた。
やはり、やりにくい。