第23話 勇者交代の本当の理由を教えて(ベラトリックス視点)
単純そうな性格をしているので、とりあえずおだてて立て続けに酒を飲ませ続けている。
しばらくすると完全に酔ったみたいで顔は赤くなり上機嫌になった。これなら監視している侍女たちは手を出せない。
さらに時間を稼いだことでお香の効果も高まっている。
「酒と会話は楽しんだ。そろそろお楽しみの時間と行こうじゃないかっ!」
理性のタガが外れたみたいで興奮している。
まずい。ちょっと飲ませすぎてしまったみたい。
「いや、まだ少ししか――」
「うるさい。黙れ」
パチンと頬を思いっきり叩かれてしまった。じんわりと痛みが広がる。これは赤く腫れそう。
まさかこれから寝ようとする女に手を上げるとは思わず、自然と睨みつけてしまった。
「そんな顔をしても無駄だ」
プルドが手を前にだすと、中指に付けている黒い指輪を見せつけてきた。
複雑な模様が描かれていて普通ではないことわかる。
「これがある限り、俺は魔力や魔法が使える。お前は絶対に勝てない。諦めるんだなッ!!」
肩を押されてベッドの上で仰向けになった。
プルドがまたがってくる。
バスローブを着させて良かった。肌が直接触れてたらショックのあまり気を失っていたかもしれない。
こんな男に初めてを奪われるわけにはいかないので、膝を曲げて汚いブツが、ぶら下がっている股間にぶつける。
「いでぇぇぇッッッッ!!」
ベッドの上を転げ回っている。
力が入らない体勢だったので玉は砕けなかったけど、大きなダメージは与えられたみたい。
監視部屋にいる侍女が乱入してくる前に早く動かないと。
「はぁはぁはぁ……やりやがったな! クソ女が!」
「威勢だけは良いんですね」
「王族にケガをさせて怒りを買っても強気の態度を崩さないか。いいぜ、泣いて許しを請うまで痛めつけてやる」
顔を真っ赤にさせて興奮したプルドは、ベッドの隣にあるナイトテーブルの引き出しから短い鞭を取り出した。
なんて物を仕込んでいるの!?
私を叩いて屈服させるつもりなのかな。
急に権力を持つと何でもできると勘違いしがちなんだけど、この男も例に漏れなかったらしい。
「やれるものならやってみればいい」
「てめぇッ!!」
鞭を振るってきたので体を反らして避けた。
ポルン様と一緒に魔物や人間とも戦ってきた私にとって、素人の動きは読みやすい。魔法を封じられても簡単には負けない。
ムキになって何度も鞭を振るってくるけど、ベッドから降りて回避を続ける。
侍女たちが部屋から出てきたので、近くにあったナイトテーブルをぶつけておく。体に当たったみたいで他を巻き込んで倒れた。これで少しは時間が稼げそう。
ここでようやくお香が効果を発揮したみたいで、プルドは目の焦点が合わなくなって力が抜ける。膝をついて鞭を手放した。
倒れそうになったので、すぐさま抱き留める。
「大丈夫ですか……!?」
「あぁ。問題ない」
感情がすぽっと抜けたような返事をした。今は意識が曖昧となっている状態だ。もう暴れ回るようなことはできない。
尋問する前に指輪を奪い取ってはめる。
魔力の動きがスムーズになった。魔法を発動させれば正しく効果を発揮する。これで今まで通り。もう何があっても負ける気がしない。
よし、準備を進めよう。
侍女が起き上がったので、【スリープクラウド】を使って周囲に睡眠効果のあるガスを発生させる。侍女たちは意識を失った。朝までぐっすり寝てくれるはず。
次に凄く嫌だけどプルドの頭に手を乗せて【ヒプノシス】の魔法を発動させた。抵抗はされず、口が半開きになって自我を喪失したように見える。
これでようやく、私の質問に答えるだけの人形になった。
「勇者交代の本当の理由を教えて」
ポルン様が今後も安全に過ごせるのか確認するためにも真っ先に知りたい情報だった。
「詳しくは知らない」
「なら、知っていることを話して」
「……父様は絶対王政による独裁政治を行い、大陸統一の悲願を自分の代で叶えるつもりだ。勇者交代は最初の一歩でしかない」
「大陸統一? そんなの歴史上誰も成し遂げられなかった偉業、あのドルンダができるとは思えない」
「そう思っているのであれば、父様の作戦勝ちだな」
「どういうこと?」
「随分と前から愚かな国王だと思われるように振る舞い、裏切りそうな貴族たちをあぶり出しているんだ。一通り目星を付けたら協力者と共に処分する」
イケメンという理由で交代させたことも、私をプルドの貢ぎ物にしたのも、従順に従うかどうか試すためにやったってこと?
普通なら反逆が怖くてできない。だから歴代の国王は光教会や貴族たちとの調整に苦心していた。それはどこの国も基本的には同じ。
「全員が反発したらどうするつもりだったの?」
「処刑するだけだ。減った貴族の代わりは用意できる。時代遅れの光教会だって同じだ。あれはもう、存在する必要がない。遠からず解体する」
催眠状態での発言だから、プルドは本気でそう思っている。嘘はない。
国だけじゃない今まで人類が積み上げてきた世界や仕組みそのものを変えるつもりだ。
「国内が混乱したら外国から攻め込まれるかもよ?」
「すべて協力者が解決してくれる。あれは誰も止められない」
すべての元凶はドルンダ陛下だと思っていたけど、それは間違いだったみたい。
個人なのか組織なのかわからないけど、その協力がいるから暴走が始まったと見ていい。
真相に辿り着けるかも。好奇心が高まって胸がドキドキする。
「ドルンダに協力している人は誰なの?」
「それは言えない」
「この私が命令しても?」
首を縦に振った。
知らない、ではなく、言えないというのに違和感を覚える。
勇者であり第四王子でもあるプルドの言動を誰かが縛っているのだ。それができるのは制約の魔法のみなんだけど、そんな魔法がかけられているとは感じない。
気のせいじゃなければ、私でも発見できないほど巧妙に隠されていることになる。
「質問を変える。他にドルンダ陛下から言われたことはある?」
「詳細は言えないが、父様には好き勝手に振る舞え、それでいいと言われた。結局、僕は王子として認められ勇者になっても、ピエロの一人でしかないんだよ」
ドルンダ陛下はプルドすら味方だと思ってないのかもしれない。愚かに振る舞うよう誘導させて、あえて評判を落とすようにしている。
これも離反する者をあぶりだすためなのかな。本当に貴族と光教会のすべてが敵に回ったらどうするつもりなんだろう。
肝心なことを話せない男の腹を蹴り上げると、仰向けにひっくり返った。無様な姿を見て少しだけスッキリする。
「他にも知っていることがあれば、何でも良い。話なさい」
少しの沈黙の後、何かを思い出したのかプルドが話し始める。
「そういえば父様は、勇者という制度を自分の手で終わらせるとも言ってた」
「どいうこと? 汚染獣がいるかぎり勇者は求め続けられるけど?」
すごく嫌な予感がする。
背筋が凍り付きそうなほどの悪寒があり、風邪を引いたような不調を覚える。
「その汚染獣が、この国だけ襲わなくなったら?」
「ありえないッ! やつらは無差別に攻撃してくる!!」
理由は分からないけど大陸の中心にある樹海から出てきて、人類を滅ぼそうとしてくる。
これは有史以来ずっと続いていることで普遍のできごと。物を投げれば地面に落ちるのと同じく絶対に変わらないことなのに、どうしてプルドはあんなことを言ったのだろう。理解できない。したくない。心は深く知ることを拒絶していた。
「でも父様は、もう汚染獣に怯える必要は無いと言っていた。きっと俺の活躍を期待してのことだろうッッ!!」
魔法が効きすぎてしまったみたいで、涎を垂らしながら笑い声を上げるようになった。私の言葉すら理解できないと思う。
尋問はここまで。詳しい情報は別の所から手に入れないと。すぐにはポルン様の元に戻れない。もっと王城に滞在しよう。
ため息を吐いてからプルドの顔を片手で掴むと、【インプリンティング】の魔法を発動させる。禁忌指定されていて使い手はほとんどおらず、抵抗されることも多いので、こうやって意識が曖昧になってないと効果を発揮しない。使いどころが難しいんだけど、今回は運良く条件が揃っていた。
「私を襲おうとしたけど立たなかったから何もせずに部屋へ返した」
言葉にした情報を脳内に植え付ける。これで私が寝室に戻っても疑問を持たないだろう。
今日は散々な目に合ったから、後始末としてもう一手間加えることにした。
寝ている侍女たちにも【インプリンティング】の魔法を使う。
「プルドが女性を前にして立たず、実は不能だったと言うことが分かった。あなたたちはそれを他人に言いたくて仕方がない」
本気で拒絶すれば命令に従わないだろうけど、貴族の令嬢は噂好きだと決まっている。きっと国中に新勇者は不能だと知れ渡ることでしょう。