第22話 え……っ!?(ベラトリックス視点)
無駄に調度品やら絵画を置かれた廊下を進み、三階のとある部屋の前に来た。
王家の紋章である鷹が金で描かれている。
ここがプルドの部屋なんだろうことは説明がなくてもすぐに分かった。
侍女の一人がドアを開ける。
「入って」
今さら抵抗する意味はないので素直に部屋の中に進む。
真っ赤な絨毯が敷かれていて部屋の中心に天蓋付きのベッドとナイトテーブルがある。壁にはワインボトルの入った棚があって、お酒を楽しむこともできそう。
歩いて部屋の奥に進むと甘い香りがしてきた。
これは催眠状態にするためのお香が焚かれている証拠で、ヴァリィは計画通りに進めてくれたみたい。危ない橋をわたっても助けようとしてくれた友人に感謝した。
「変な匂い。これでプルド殿下は満足されるのかしら?」
ハンカチを取り出すと私と同行している三人の侍女は口と鼻を隠した。
男性にしか効果を発揮しないお香で、一部の女性は不快に思うこともある。
「貴方たちには関係ないことでしょ。さっさと出て行ったら?」
「それはできません。無事に最後までできるか隣の部屋で監視する仕事もあるので」
侍女の一人がニヤリと口角を上げた。ムカつくけど反応したら調子に乗りそうなので無視する。
「必ずプルド様を満足させるように」
室内には侍女の待機する部屋があり、そこに三人が入っていく。ドアは完全に閉めず半開きになっていて、いつでも室内が覗けるようになっていた。
趣味の悪いやり方だと思い、大きくため息を吐く。
「覗きをする変態にはなりたくないものね」
あえて待機室にいる侍女まで聞こえるように言うと、魔法を使ってみる。形にならず阻害されてしまった。
でも全力を出せば突破できそう。これは朗報だ。王家の予想を上回る力が私にあったことは喜ばしいけど、今は隠しておいた方がよさそう。
この状態は隠しておいて、ドルンダ陛下を暗殺しなければいけなくなった時まで取っておくことにする。切り札だからね。
待っているのも面倒になってきたので天蓋付きのベッドに座る。
香りは広がっていき、部屋全体が甘くなっていく。シーツに鼻をつけてみると匂いは染みついていた。よし準備は十分だ。プルドはいつ来ても大丈夫だと思う。
「待たせたなッ!!」
ドアが勢いよく開いた。
顔を上げて入り口の方を見る。
「え……っ!?」
思わず声を出してしまったけど許して欲しい。だって全裸なんだから。
元気にそり立つ汚物まで見えている。
この姿で廊下を歩いていたとしたら変態以外の何者でもない。
何で誰も止めなかったの!? いや違った、こんな男が勇者でこの国は大丈夫?
私たちが必死に守る価値がこの国にあったのか疑問に思い、そして行く末が心配になってしまうほどの奇行だった。
「どうだ! 立派だろッ!!」
腰を前後に振っている。汚物が上下に動いて気持ちが悪い。貞操の危機だというのに脱力してしまう。
監視部屋から侍女たちの笑い声がかすかに聞こえた。
即座に魔法を放って殺そうとしない私を誰か褒めてくれないかな。
「こういうのは服を着たまま良い雰囲気を作るのが大事ですよ」
「そうなのか? 父様からはいきなり襲ってもいいと言われたぞ?」
「私みたいな平民であればそうかもしれませんが、相手が貴族の令嬢であればプルド様は裏で笑われてしまいます」
「むぅ……」
なんとか勢いを削いだ。
立ち具合も悪くなっていて下がってきている。
あまり賢いタイプではないみたいだから、このまま丸め込むと決めた。
「せっかくの機会です。私で練習してみましょう」
「それに何の意味がある?」
「隣の部屋で盗み見している侍女たちが良い噂を広めてくれますよ。そうすれば何人もの貴族令嬢から遊んで欲しいと誘ってくるようになります。どうです? 素晴らしいと思いません?」
「……本当だろうな」
ニヤニヤと下品でだらしない顔をしながら聞いてきた。
脳内では言葉にできないほどの行為が行われていそう。相手が私じゃないように祈っておこう。
「もちろんです」
「よしわかった! バスローブをもってこい!」
意外と素直な男なのかもしれない。変態枠に入ったままだけど少しだけ評価を改めた。
プルドが手を叩くと監視部屋にいる侍女がやってきた。手にはバスローブがあって、二人がかりで着させている。
余計なことを言わないか心配したけど、彼女たちは言葉を発することなく頭を下げて戻っていく。
「後は何をすれば良い?」
「お酒を飲んで会話を楽しみましょう。お互いを知るのも雰囲気を良くするのに必要なことです」
「いいだろう。お前の意見は採用だ」
棚からワインボトルとグラスを手に取ると、プルドは私の隣に座った。
二人ともベッドの上だ。
お香の効果が出るまで暴走しないことを祈りつつ話しかける。
「先ずは自己紹介をしましょうか。私はベラトリックス。魔法が得意です」
「俺はプルドだ。第四王子であり勇者でもある。この国の救世主だなッ!」
まだ何の成果も出してないのに大きなことばかり言っている。自然と頬を引きつってしまった。
何が楽しいのか分からないけど、上機嫌なプルドはグラスにワインを注いで私の前に出す。
「俺の酒を飲め!」
「私が先にいただくなんて畏れ多いです。先に飲んでください」
じーっと見つめると、プルドの顔が赤くなった。意外と女慣れしてない? だから全裸になった?
「わ、わかった。飲もう!」
勢いよくグラスに口を付けたプルドは一気に飲み干す。
よかった。あのワインに変な薬は使われてなさそう。
「次はお前だ!」
新しいグラスにワインを入れたので、受け取ってから少しだけ口に含む。
変な味はしない。やっぱり変な毒や薬はいってなさそう。
「美味しいですね」
「だろ! 王族は一級品しか飲まないからなッ!!」
色々と自慢しているのは出自に問題を抱えているからな? 劣等感の裏返し?
もしそうなら、成人してからようやく王族として扱われるようになって舞い上がっているんでしょう。
肩書きにこだわるなんてつまらない男。勇者どうこうの前に人間として魅力に欠ける存在だった。