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第14話 ええ!? 勇者ってクビになるんですか!

「そんなこと言われたの初めてです」

 思わずといった感じでエーリカから笑みがこぼれたが、悲しみは残っているように見える。

「他のヤツも言いそうだけど……違った?」
「みんな口を揃えて、辛いのは自分だけじゃない、泣くな、我慢しろ、しか言いませんね」
「それは酷いな」

 同調圧力ってヤツか。

 外界からの来訪者がほとんどない小さな村ではよくあることだ。価値観が均一化されるので意見をまとめやすくなるが、逆に自己主張がしにくくなる。

 表だって辛い、寂しいなんて言ったら村で孤立してしまっただろう。

 だから愛しい旦那が死んでも黙って耐えるしかなかったと。

 部外者である俺が、周囲の意見なんて関係ない無視しろ、自分らしく振る舞えと言ってはいけない。それは傲慢な考えである。

 その土地に縛られ、他で生きていく手段を持たないエーリカは、村という運命共同体にすがるしかないのだから。

「今なら本音を言っても良いんじゃないか」
「え?」
「愚痴でも何でも聞くぞ。泣きたいなら肩を貸してもいい」

 下心があるように思われないよう、なるべく爽やかに見えるよう笑顔を作ってみた。

「そんなこと言ったら甘えちゃいますよ」
「今日ぐらい良いだろ」
「ふふ、そうかもしれませんね」

 体から力が抜けてエーリカは俺に寄りかかった。頭が肩の上に乗る。

 意図せず下半身が元気になるが理性を総動員して落ち着かせた。

 俺は傷ついている彼女を押し倒したいんじゃない。それは俺のささやかなプライドが許さない。

 元気になってから口説きたいので、今は傷ついた心を癒やしてあげたいのだ。

「勇者様の話は噂しか聞いたことありませんでしたが、本当に聖人のような素晴らしい方なんですね」
「それは持ち上げすぎだ。勇者だって人間で、悩み、落ち込み、欲望に負けそうなこともある」

 未亡人だというだけで手を出したくなるぐらいには、欲深い男である。清く正しい歴代の勇者とはかけ離れているのだ。

 それでも俺は正しく生きようと思っているから、ゲスにはならずにすんでいる。

「それに俺は勇者をクビになった。今は別の人間が担当している」

 これだけはちゃんと覚えてもらわなければ困る。

 しっかりとエーリカの目を見て伝えた。

「ええ!? 勇者ってクビになるんですか!」
「みたいだな。歴代で初だと思うぞ」

 あえて軽い口調で言って見せたのが良かったのだろう。

 先ほどまであった悲しい空気が弱まった。

「あのー、本当にクビって言われたんですか?」

 疑いたくなる気持ちはわかる。光属性持ちの人間がいなくなれば汚染獣への対抗手段がなくなり、国が衰退していくから普通は手放すなんてことはしないのだ。

 王家の押印がなければ、俺だって嘘だと思っていた。それほどの珍事である。

「本当に本当。ほら、ここに書いてあるだろ」

 まだ持っていた王家からの手紙を取り出すとこっそり見せる。

「イケメン……? クビ? え、これ本当に王家から……頭悪っ!」

 遠慮のない言葉に腹を抱えて笑ってしまった。

 確かに頭悪いよな!

 俺を使い捨てるにしても、もっとよい方法があっただろうに。

「確かにな!」
「ですよね~。よかった。そう思ったの私だけじゃないんだ」

 バカな国王のおかげで良い感じの雰囲気になった。この点は感謝する。

 これからもネタとして扱わせてもらうぞ。

「ったく国王も、もう少し俺の顔を立ててくれても良かったと思わないか? 例えばケガによる引退とか、さ」
「そう思います。なんでバカっぽい理由にしたんですかね」
「きっと俺のことが嫌いだったんだろう」

 そのぐらいしか理由が思い浮かばない。ドルンダは昔から甘やかされて育ってきたから、子供っぽいところがかなり残っている。

 すべてが自分の思い通りになると考えているし一番じゃないと気が済まないから、家族や貴族でもない俺が人気者になったのが許せなかったのだろう。

 完全な妄想ではあるが、大きくは間違ってないはずだ。

「こんな国なんか捨ててどこか遠くに行っちゃいません?」

 エーリカと一緒に居られたら楽しい日々を過ごせそうだ。

 素敵な提案をされて心が引かれたけど、断らなければいけない。

「光属性持ちの人間は無断での国外移動は禁止されている」
「それは建前ですよね。逃げる方法はいくつもあるんじゃないですか」

 基本的に平民は国家間の行き来は禁止されているが、密入国業者に依頼すれば可能である。

 また汚染獣が国境沿いで暴れたら、国境警備どころじゃなくなるので国外脱出は簡単だ。勇者が浄化するまで外国に行きたい放題である。

 まあ命の危険はあるので、実行する人間は少ないが。

「国王や貴族はともかくこの国に住む人たちは好きだから、裏切るような行為はしたくないんだ。少なくとも新勇者が使いものになると分かるまで動くつもりはない」

 安心したのか。エーリカはほっとした胸をなで下ろした。

 性格や実績が不明な新勇者より俺に信頼を寄せてくれているのかもしれないが、数年もしたら新勇者が活躍して考えは変わるだろう。

 この村で勇者ソーブザの偉業が忘れられたように、クビになった俺を誰も思い出すことはなくなるはず。

 いつか国内に居場所はなくなるのだ。

 その時に初めて俺は国外へ逃げるという選択肢を手に入れられる。

 一抹の寂しさを感じつつエーリカから視線を離して焚き火の方を見た。

「……………………」

 子供に手を引っ張られながらも踊ることなく、俺のことをじーっと見つめているベラトリックスがいた。

 あ、俺、死ぬ?

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