第13話 一緒におどろーーーっ!
俺がいた痕跡は残ってしまうので少し悩んだが、汚染された草原を浄化することに決めた。
草原のまっただ中だというのに、見渡す限り土が露出していて黒く変色している。浄化しなければいけない範囲は思っていたよりも広そうだ。
全力を出すと周囲の警戒が疎かになってしまう。大型汚染獣がいるかもしれない場所では控えめにする必要があるため、時間をかけて処理するしかないのだ。
汚染された場所を歩きながら光属性の魔力を注ぎ込む。
少しつづ浄化されていき、五度目で半径数百メートル範囲が浄化された。
思っていたより効果範囲は狭い。これは時間がかかりそうだな。
体を伸ばして気合いを入れ直すと、土地の浄化が終わるまで作業を続けることにした。
* * *
村に戻ってきたときは夕方になっていた。あと少ししたら陽は完全に落ちて夜に変わるだろう。
どこからともなく笛の音や笑い声が聞こえてきた。
疑問に思いながらも村の中心にある広場へ行く。
大きな焚き火を囲んで宴会をしていた。
年老いた男が角で作った横笛を吹き、若い男女は音に合わせて踊っている。
それらを見守る子供や夫婦たちの手には皿があって、肉が乗っていた。普段の食事からすれば非常に豪華である。一目でお祝いしているのだと分かった。
「ポルン様が浄化した部屋に入ったら、みんな元気になっちゃいました」
後ろからベラトリックスの声がしたので振り返る。
少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。騒ぎが止められなかったと、気にしているのだろう。
「強めに浄化したから効果が持続してたんだろう。で、彼らは何をしているんだ?」
「数年ぶりに全員の体調が良くなったみたいで、秘蔵の干し肉や酒を持ち寄って宴会をしてるんです」
今の言葉だけで、この村が長年苦しめられていたと分かる。
国は何をしていたんだ。さっさと俺に連絡してくれればすぐに解決したのに。
もし面倒だからって後回しにしていたのであれば許せることではない。
心中で憤っていると、子供が五人駆け寄ってベラトリックスを囲った。
「ベラお姉ちゃん! 一緒におどろーーーっ!」
腕を引っ張って焚き火の方に連れて行こうとしている。不在にしている短い時間で懐かれたみたいだ。
ベラトリックスは俺を見ていたので、行ってこいと目で伝える。
小さく笑うと子供たち一緒に焚き火の近くで踊り始めた。
なんだか楽しそうにしている。
勇者として汚染獣を倒した際、今みたいな祝いをされたこともあったが、立場があったので気安く声をかけてもらえることはなかった。遠くから眺めていただけだったので、混ざって楽しむのも悪くはないななんて思う。
「自由になったことだし、俺もパートナーを探すとしますか」
期せずして一人になれた。
このチャンスを逃すほどのバカではない。
広場をぐるりと回りながら目的の人物を探すと、すぐに見つかった。
既に食事は終わって居るみたいだ。一人でエールを飲んでいる。
「踊らなくて良いのか?」
近づいて声をかけるとエーリカは振り向いた。
表情は曇っている。お祝いの場だというのに悲しんでいるようにも見えた。
女性経験が豊富なら原因は分かるんだろうが、俺にはさっぱりである。
「そんな気分ではないんです」
「何か嫌なことでも?」
聞きながら隣に座る。
肩を抱き寄せて慰めるチャンスをうかがいつつ、表情の優れない理由を聞き出そうとした。
「そんなことないですよ。今日は村にとって良いことばかりでした」
反応が欲しそうには感じなかったので無言で聞き役に徹する。
この判断が良かったのだろうか、ポツポツと溜めていた思いを吐き出していく。
「でも、もう少し早ければ旦那も助かったのかな、なんて罪深いことを思っちゃうんですよ」
未亡人という属性だけでテンションが上がっていた俺は、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
表面上は気丈に振る舞っているが、旦那が死んだばかりで傷は完全に癒えていないのだ。
愛する相手と死別してしまうのは非情に悲しいことである。
その愛が深ければ後を追うことだってあるだろう。
冷静に考えればすぐにわかることなのに、女遊びをしたいという気持ちが早まって思い至らなかった。そのことを恥じるばかりである。
肩を抱き寄せようなんて気持ちは失せてしまった。
「あと一ヶ月、なんで早く来てくれなかったんだろうなぁ」
エーリカの旦那は瘴気関連で死んだのだろう。しかも少し前に。
過去に何度も逆恨みされた経験はあるが、そんなのと比べものにならないほど今回はキツい。
世の中の無常さを嘆く姿は見ていて痛々しく、まだ俺を責めてくれた方がいい。罵倒してくれなんて思ってしまう。
「最低ですよね。村を助けてくれた恩人にこんなことを言うなんて」
「そうは思わない。大切な人を亡くしたのだから、そう思ってしまうのは当然だろ。エーリカが愛情深く他人を思いやれる優しい人だと分かって良かったよ」
まさか肯定されると思ってなかったようで驚いた顔をしていた。
「でも勇者様を非難するなんて許されないことです」
光属性の魔力を遠慮なく使ってたのだから正体はバレるよな。
まあ本気で隠すつもりはなかったし別に良いんだが、誤解だけは解いておきたい。
「俺はもう勇者じゃない」
「え? 嘘!?」
「こんなこと冗談でも言わない。本当だ」
「それじゃ、今は誰が国を守ってくれるんですか?」
「会ったことないが、代わりがいるらしい。多分、俺よりも優秀なんだろうよ」
「……そうだったんですね。では、この村に来たのは偶然だったんですか?」
残念ながら汚染獣討伐のために来たわけじゃない。
首を縦に振って肯定した。
「だったら余計、私が恨んじゃダメじゃないですか」
「そんなことないよ。エーリカは俺や世界を恨む資格がある」
じゃないと生きていくには辛すぎる。
理不尽の多いクソッタレな世界だからこそ、せめて死者を思う気持ちは尊重してあげたい。