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第7話 ご飯食べに行きます?

「村人は気づけないレベルだが村全体の浄化をした」
「え、何でです? ポルン様ならすぐに浄化できるはずですよね」

 ナイフが少し股間に近づいた。

 無意識なんだろうけど恐ろしい女だ。今までよく無事で過ごせていたな。幸運に感謝しなければ。

「クビになった俺が新しい勇者より活躍したら目障りに思われるだろ。だからといって見捨てるわけにもいかない」
「だから裏でこっそりと……確かに、自衛まで考えるなら理にかなった行動ですね」

 王家に睨まれたら生きにくくなるからな。一定の説得力はあったようで、ベラトリックスは納得してくれたようだ。

 刀身が綺麗になったナイフを鞘にしまった。

 ふぅ、ようやく落ち着いて話せる。

「草原にあった汚染獣の一部だが、どんな形状だった?」
「地面から触手が生えていました。ずっと動いていたので気持ち悪かったです」
「詳しく調査したのか?」
「いえ。一部を持ち帰れば十分かと思って、詳細は調べませんでした。確認しに行きますか?」

 本体の討伐は新勇者に任せるとしても、体の一部であれば俺が出しゃばっても問題にはならないだろう。

 しばらく村には滞在する予定だし、安全のためにも調査はしておくべきか。
 
「そうしよう。明日、俺が確認しに行く」
「ついに再始動ですね!」

 嬉しそうに返事された。

 勇者としてまた活躍してくれる、なんて勘違いしていたら困るが……否定したら現実と理想の乖離に我慢できなくなるかもしれん。

 放置が最良か。

 危機が去って安心したら、俺の腹から音が鳴った。

 村に着いてから何も食べてなかったので空腹なのだ。

「ご飯食べに行きます?」
「そうしよう」

 ベラトリックスを連れて一階に降りると食事をしている村人が数人いた。みんな顔色は悪い。頬はこけていて今すぐにでも倒れてしまいそうである。俺の到着が数日遅れていたら全員衰弱死していたかもしれん。

 見知らぬ顔だからだろう。無遠慮な視線を向けられているが、気にせず空いている席に座る。

 すぐに宿の女主人――俺の勘では未亡人――がメニューを取りに来てくれた。

「適当な食べ物を二つ。それとエール……」

 酒を頼もうとしたら、目の前にいるベラトリックスが睨んできた。

「もう、ただの平民だ。酒ぐらい良いだろ?」

 腕を組んでうーんとうなりだした。

 目をつぶっていて何か葛藤しているようだ。

「仕方ないですね。一杯だけなら」

 お。珍しく俺の意見が通った。勇者という肩書きがなくなって止める理由がなくなったのだろう。

「というわけで、エールを二つ。俺と彼女の分だ」
「かしこまりました」

 服の上からでも形がハッキリと分かる、つんと上向いた尻をプリプリと動かしながら女主人は去って行く。

 良い物を見せてもらった。

 サービス満点の宿に満足している。

「なんだか今日は調子が良いんだ。若返った気がするぜ」
「お前もか? 俺もそうなんだよ。ずっと悩んでいた頭痛が消えてすげー楽だ」

 隣の席から声が漏れ伝えてきた。

 正体を隠すために効果は弱めたが、しっかりと状況は改善できているようである。

 同じ話を聞いていただろうベラトリックスは満足そうな笑顔を浮かべていた。

 俺が勇者らしい行動をして嬉しいのだろう。人助けは嫌いじゃないから良いのだが、やはり女遊びだけは外せない。

 どうにかして彼女の目をかいくぐって逃げ出さなければ。

「何か邪なこと考えてませんでしたか?」
「いや、何も……」

 昔から勘が鋭い。

 魔女だから第六感みたいなものが優れているのかもしれない。

 すぐに俺の居場所を見つけたことといい、可能性としては十分考えられる。油断できない相手だ。

「調査は明日するとして、今日はこれからどうしますか?」
「何も決めてない」

 さっきまで熟睡していたので移動の疲れは取れている。

 部屋でゴロゴロしているのもつまらないし、夜風でも当たりに行こうかな。

「でしたら、勇者記念碑を見に行きませんか?」

 大型の汚染獣を倒した勇者にのみ、偉業を讃える石碑が建てられる。

 それがこの村にあるのか。

「何代前のものなんだ」
「五代前のソーブザ様です」

 最も高潔で優しい勇者だったと噂の男だ。勇者という存在自体に憧れを持っていそうなベラトリックスが好きそうなタイプである。

 見に行きたいという要望も納得できる意見であった。

「いいぞ。見に行くか」
「やった! きっとパワーを分けてもらえますよ!」

 ここにソーブザの墓はないんだし何かを分け与えてもらえるはずないだろ。「こんな敵と戦ったんだ!」以上の発見はない。

 まあここで否定的なことを言って、ベラトリックスの感情を悪くしても俺の股間が危ない。曖昧な笑みを浮かべることにする。

「お待たせしました」

 テーブルの上にスープの入ったお椀が二つ、そこら辺に生えてそうな草を入れたサラダとエールが置かれた。

 女主人が料理を持ってきたのだ。

「スープの中身は木の実とキノコの盛り合わせだよ」
「肉はないのか?」
「こんな状況だからねぇ。捕まえる前に逃げ出しちゃいましたよ」

 瘴気を嫌がって移動したのか。末期状況じゃないか。

 どうして王は俺に討伐命令を出さなかったのか疑問に思う。表には出せない事情でもあったのか気になるが、俺には関係ないと気持ちを切り替える。

「それじゃあね」

 手を振りながら女亭主はカウンターに戻っていく。途中で知らない男に尻を触られていたけど、頭を叩いて反撃していた。

 気が強い女、嫌いじゃないぞ!

「ささっと食べるか」
「はい」

 スープを飲んでみると水っぽく塩すらほとんど使われていない。サラダは苦みが強くて噛まずに飲み込んだ方が良いレベルだ。幸いなことはじっくりと熱を通してくれたのか、木の実が柔らかいことだろうか。ただそのせいで苦みがスープに流れ出ているので、味は最悪なことになっているが。

 早く食事を終わらせたかったので、おしゃべりなんかせずにすべて胃袋へ流し込み、最後にエールを一気に飲み干す。

 初めて飲んだのだが美味くはなかった。

 食事に関しては、とことん失敗する日である。


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