第6話 汚染獣の一部です
「気にしなくていい。俺は体が頑丈なんだ。瘴気ごときには負けないぜ」
笑って見せると、女性は呆れた顔をして何も言わなくなった。
光属性持ちは瘴気への耐性が強いから事実なんだけどな。
「宿泊代は前金ですよ。嫌になったら出て行ってもいいけど、返却しないよ?」
「それでいいさ」
必要な金額を受付のテーブルに置いた。
女主人が枚数を確認すると鍵を渡してくれる。部屋番号は203らしい。
受け取って階段をぼ上り部屋に入った。
ベッドが二つと小さなテーブルが一つだけ。窓はあるが王都とは違ってガラスはない。壁をくりぬいただけの簡素なものだ。
ずっと持っていた荷物と槍を床に放り投げるとベッドへ倒れ込む。
「疲れた〜〜」
長時間移動した上に、ベラトリックスに監視されていたのだ。肉体的、精神的にかなり疲労している。
すぐに眠ってしまった。
* * *
娼館で遊ぶ夢を見ている。
異国の地にきていて誰も俺が元勇者だと知らない。
ベッドの上で二人の女性を両脇に侍らせ、これからお楽しみタイムに入ろうと思ったのだが――なぜか抱き寄せていた女性の顔がベラトリックスとトエーリエに変わっていた。
「……え?」
血の気が引いた。
全身から寒気がする。
高まっていた興奮は急降下してしまった。
「婚姻関係にない女性と関係を持つつもりだったんですか?」
責めるような口調でトエーリエが聞いてきたので、首を横に振って否定する。
少しでも認めていたら股間を直接、手で握りつぶされていただろう。
可憐に見える彼女は、魔物と取っ組み合いができるほどの怪力を持っているのだ。
「では、何をするつもりだったんですか?」
今度はベラトリックスだ。
「一緒に寝ようかなーなんて、どうかな……いたッ」
俺の腕を潰すぐらいの強さで握ってきた。
あまりの痛さに顔は歪むが、内心でトエーリエじゃなくて良かったと思う。
「だったら私だけで十分ですよね。トエーリエは帰ったらどうです?」
「未婚の男女が同衾するなんて許されません。二人とも外に出ましょう」
「断ります。私はポルン様と一緒に寝るんだから」
「それがダメなんです。したいなら、順番を守りなさい」
「嫌だよ。私たちには関係ない」
俺を挟んで二人がバチバチと言い合っている。
この隙に逃げよう。
そーっと、腕を抜いて数歩下がる。
「ポルン様!」
「勇者様!」
気づかれてしまった。勢いよく振り向いて俺を見る。
一歩下がると、二人は立ち上がって同じ距離だけ詰めてきた。
「俺はもう勇者じゃない。女の子と遊ぶんだ!!」
反転して走り出そうとするが、足をつかまれて転倒してしまう。
「ふしだらなこと認めませんっっ!」
トエーリエが腕の関節をキメてきた。ベラトリックスはアキレス腱を固める。
片腕だけで這いずり、逃げ出そうとする。
目の前に足が落ちてきた。見上げると笑顔のヴァリィが腕を組んで立っている。
「トラブルになるから女遊びは厳禁、そう言いましたよね?」
「俺はもう勇者じゃない! 遊んでも良いじゃないか!」
「ダメですよ」
「どうして?」
「二人が許さないからです」
「それって……」
一生、女遊びできないじゃないかッ!!
「ヴァリィが何とか説得してくれ!」
「無理ですよ。だって二人ともポルンに執着していますから。それに私だってのけ者にされたら寂しいです。末永く四人で過ごしましょう」
「そんなの嫌だ!」
最後の頼みの綱でもあったヴァリィすらおかしくなっている!!
誰でも良い助けてくれ!
未だに俺の関節をキメている二人を見る。
瞳が暗かった。
「考えを改めないなら殺して私も死にます」
ベラトリックスがナイフを取り出すと、俺の心臓を突き刺した。
引き抜くと刀身に血がべっとり付いている。
それを指で舐めとると自身の首をかっさばいてしまった。
血が顔にかかり、そこで目が覚める。
「はぁはぁはぁ」
全身に汗をかいていた。左胸に痛みを感じるような気はするが、触っても異変はない。やはり先ほど見た光景は夢だったのだ。
体を起こして窓から外を見ようとする。
「……ッッッッ!!」
室内に月の光が差し込んでいて、ベラトリックスが立っていた。
手にはナイフがある。
俺が渡した布は付けてないみたいだ。真っ直ぐに閉じられた唇が見える。
「帰りが早いな」
「すぐに瘴気の発生している原因が特定できましたので」
よくみるとナイフに肉塊が付着している。ウネウネと動いているようだ。
「それは何だ?」
「汚染獣の一部が近くの草原に放置されていました。これはその肉片です」
「意図的に汚染を広げているのか? もしかしたら知能は高い個体?」
自身が住みやすい環境を作るために瘴気で汚染物質をまき散らす生物、それが汚染獣だ。
長時間その場にとどまって空気や土壌を汚染していき、一部知能が高いヤツらは自らの体を斬り落として複数範囲を同時に攻めてくる。
腕ぐらいなら数日で再生してしまうので、何度も肉体をばらまかれると恐ろしいスピードで汚染は広がっていく。知能の高い汚染獣が出現すると、勇者と国軍が総出で対応しなければ生物の住めない地になってしまうのだ。
「汚いものが付いてしまいました。浄化してもらえますか?」
静かに近づいてくるベラトリックスに恐怖を覚えたが、夢の中とは違って現実の彼女は分別のある大人だ。
今までずっと一緒にいたが刺されることはなかった。
今回も大丈夫なはず。
「任せてくれ」
手をナイフの刀身に近づけて光属性の魔力を注ぐ。
動いていた肉塊は灰になって消滅した。浄化されたのだ。
「ありがとうございます。これで綺麗になりました」
礼を言われたが動く気配はない。
ナイフを出したままだ。
「物騒な物をしまって――」
「私がいない間に村で何をしていましたか?」
切っ先が俺の股間部分を向いた。
下手なことを言えば切り落とされてしまいそうだ。
息子はきゅっと縮み上がって助けを求めている。
このときばかりは、村が瘴気で汚染されて心底良かったと思ってしまったよ。