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第13話 白雪さんの家庭事情

 なんとなしに交わした帰り際の会話。思わぬ事実を告げられた。
 白雪さんのお母さんがいなくなっただと?

「いわゆる蒸発ってやつですね。突然、私達の前から姿を消しちゃいまして。あ、そんなに深刻な顔しないでください。大丈夫です、きっと帰ってきますから」

 明るく振る舞う白雪さんだけど、いやいや、そりゃ無理だよ。さすがにお気楽な顔で聞くような話ではない。深刻な顔にもなるってものだ。

「きっと帰ってくるって……ちなみにいつから? 白雪さんのお母さんがいなくなってから、もうどれくらい経つの?」

「もう、一年になりますかね」

「い、一年……」

 白雪さんは気丈にもそう言った。一年だって? 全然大丈夫じゃないじゃないか。

 だって、一年も蒸発していた人間が急にふらっと帰ってくるものだろうか。いや、ないな。絶対にない。締め切りに追われ、間に合わないからと現実逃避をして失踪する漫画家とはわけが違うのだ。

 まあ、漫画家の失踪なんてもう慣れたけど。大体すぐに見つかるんだ。何故か分からないけれど、大体がゲーセンにいることが多い。ケースバイケースだけど。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

「それでですね、私、お母さんにまた会いたいからプロの漫画家になりたいんです」

「お母さんと再会するために漫画家になりたい? え? どういうこと?」

「お母さん、漫画が大好きだったんです」

 うーん、まだちょっと状況が分からない。理解に苦しむ。どうして漫画家になったらお母さんと再会できるんだ? と、そんな僕の疑問に答えるように、白雪さんは続けた。

「それで私も影響を受けて漫画が好きになって、小さい頃から絵も描くようになって。その絵を見て、お母さんがよく言ってくれてたんです。『麗《うらら》ちゃんは絵が上手だから、将来漫画家になれるね』って。だから私が漫画家になったら、プロデビューしたら、きっとお母さんも読んでくれるはずなんです。きっと、今でも漫画は大好きで欠かさず読んでるはずですから」

 そしたらきっと、私が描いた漫画だって気付いて連絡をくれるはず――そう白雪さんは希望と願望を詰め込んで言葉にした。

 うん、少しずつ話が見えてきた。この子の漫画家になりたいという覚悟は本物だと感じていたが、それが理由か。

 叶うと信じて。
 お母さんとまた再会できる日を夢見て。
 
 けれど、どうしても疑問符が付く。白雪さんの描いた漫画を読んだとしても、果たしてお母さんは、それが娘が描いたものであると気付くのだろうか? もう少し突っ込んで話を聞き出したいところだけれど、さすがに訊きづらい。

 とりあえず、今の僕にできることを考えよう。詳しい話は追々でいい。

「ねえ、白雪さん」

「はい、なんですか響さん」

「デート、楽しみにしてるね」

「えへへ、私も楽しみです、デート。あ、でも響さん? デートっていってもあくまで取材ですからね、取材。面白い漫画を描くためにデートをするんです。そこをお忘れなく」

 そんな釘をさしてくる白雪さんだったけど、その顔には笑顔がいっぱいに溢れていた。

 *   *   *

 ついにやってきました、お給料日。

 僕が一ヶ月間、死ぬ思いで稼いだ金額は社会保険料等を差し引いて手取り約十五万円なり。少ない……。あんなに辛い思いをして、たったの十五万円だよ? ワーキングプアもいいところだよ。某魔法少女的に言うならば、こうだ。

 こんなの絶対おかしいよ!

「どうしたの響くん? 給与明細見ながら渋い顔しちゃって」

 休憩室で給与明細を見ていたら、相変わらずの、ふわりと柔らかで優しい声音が耳に入る。皆川さんだった。

「え? 僕そんなに渋い顔をしてました?」

「うん、ものすごく渋い顔だったよー。そんな顔してると幸せが逃げちゃうぞー、なんてね」

 幸せが逃げちゃう、かあ。もう荷物まとめて逃げ出しちゃった後のような気がするんですけど、僕の幸せ。

 いやいや、そんなことはない! 今日のお食事デートで、僕はその幸せ達に帰ってきてもらうのだ。

 カムバック、幸せ!

「でもいいんですか皆川さん、せっかくの食事がファミレスなんかで」

 だだっ広い休憩室に等間隔に置かれた長テーブル。そのひとつに座る僕の真向かいに、皆川さんは腰を下ろした。

 今日はこの後、この癒やし系美女・皆川さんとお食事デートをするわけだが、彼女はなんてことのない普通のファミレスを指定してきたのである。

「いいのいいの、私あんまり気取ったお店とか得意じゃなくて。ファミレスくらいが気楽でちょうどいいんだ。それに、私にとってはファミレスでも十分贅沢だし」

 手をひらひらさせながら笑ってみせる皆川さん。なんたる慎ましさ。まさに僕の理想の女性だ。高価なブランド物を着飾る今どきの若い女子全員に聞かせてやりたいね。

 やっぱり結婚するなら皆川さんのような女性がいいなと心から思う。いや、むしろ皆川さん、これから婚姻届を出しに行きましょう! なんて言えるわけがないよな。

「ところで響くん、お給料どうだった? 結構残業してたでしょ?」

「まあ残業はしてましたけど、それでも全然少ないですよ。早くお給料のいいところに転職しなきゃいけないんですけどね、あはは」

「そっかー、あんなに仕事頑張ってたのにね。ほんと、響くんには幸せになってもらいたいわよ。頑張っている人はちゃんと報われなきゃ駄目だと私は思うの。だから響くん、諦めないで。ファイト! 私、応援してるから」

 言って皆川さん、両手の拳を握って僕を応援するポーズを取った。

 ああ、皆川さんの優しい言葉が心に染みる。そうだよなあ、僕も白雪さんみたいに諦めない気持ちを持って、もっと頑張らないと。じゃないと、いつまで経っても駄目人間のままだ。一人の女性を幸せにすることすらできやしない。

「それじゃ、お仕事終わったらまたここで合流しましょ、響くん。楽しみにしてるね」

「はい! 僕も楽しみにしてます!」

 こうして、仕事終わりに始まるのであった、僕と皆川さんとの夢のような時間が。
 
 夢のような時間。うん、合ってる。でもちょっと違うんだよね。

 夢は夢でも、悪夢のような時間だけどな!!!!!


 『第13話 白雪さんの家庭事情』
 終わり

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