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第25話 薫の過去……葵と柚希の秘密!

 薫は戦うのも傷つくのも嫌いである。

 それは、仲間だけではない。できるならば、敵であってもできる限り傷ついて欲しくないのだ。



 「すいません…その…この世から完全に消し去る以外に、手段は無いのでしょうか…?」



 そんなあまりにも場違いな言葉に、女王の瞳は丸くなった。

 思わずゲートから一歩前に出てしまったくらい驚いている。

 その後慌てて、妖精界へ戻った。



 「それはどういうことなのでしょうか…?」



 困惑した女王が、戸惑いながら聞いた。

 なぜそんな事を言うのだろうという顔だ。



 「わ、私は…その……できるなら、イブニングを殺さないで終われないかなって思っているんです。確かに、妖精界にやった事、人間界に来てやっていた事……許せない事ばかりですし、許していい事なんてないです」



 「天土ちゃん…」



 「でも、そうだとしても、酷い事をしてきた相手をただ倒して、物言わぬ存在にしたとして、それで何もかも終わるんでしょうか?それでは、何故ドーン帝国が妖精界を襲ったのか、何でラパンたちを探すのに真っ先に神尾町を選んだのか…わからないままになってしまうって思うんです…!」



 薫の必死な言葉に、妖精女王は再び驚いた顔をした。

 今度は困惑ではない。納得した、腑に落ちたという表情だ。

 そして女王は顎に手を持って行き、視線を黒い結界に移した。

 結界の外壁にはうっすらと虹色の光が纏わされており、女王が結界を食い止めている事を示していた。



 「……恐らくですが、私たちが殺さずとも、イブニングが負けたらドーン帝国側が無理やりにでも連れ帰って始末されるでしょう。味方に消されるか、敵に消されるか。違いはそれくらいです。聞き出せる時間なんてないでしょう……それでもあなたは、イブニングを止めたいですか?」



 女王の言葉は上に立つものとしての威圧感もあり、薫は後ずさりしそうになるが、頑張って足に力を込めて、顔を上げ女王の言葉に頷く。



 「女王様には、私の傷を治してもらってとっても感謝しています。でも…私にはどうしても…命を奪うという選択肢が取れそうにないんです……」



 女王に対して声を振り絞って答えた薫はその後、俯き手元にいたラパンを見つめる。

 ラパンもまた薫を見つめ、心配そうな顔で見ていた。



 「そうですか……」



 「ちょ、ちょっと待って下さい。ねぇ天土さん、貴方のその倒す事に納得がいかないっていうのは…その、リコルドには理解できるのよ。中に妖精だっているし。でもイブニングにもっていうのはちょっと、よくわからないわ」



 女王が薫の言葉に納得し、何かを話そうとした時、聞いていた明瀬が話に割り込んできた。

 失礼だと承知しているが、どうしても聞きたい事があった様で、薫に話しかける。



 「えっと、それは…私…ほら、攻撃できないでしょ?それと同じ理由で……」



 「そうそれも。ミランから事前に聞いていたけれど、初めて一緒に戦ってからもずっと攻撃しないで守ったり、弾いたり、いなしたり…。時折敵の攻撃を跳ね返しても敵に直接当てるのじゃなく、相手の足元や顔の近くに弾くだけよね?あれにも理由があるのね?ずっと気になってたから聞きたかったの」



 語気を強めながら明瀬は問いかける。

 その勢いに押されて、女王の時は踏ん張れた薫は打って変わって、気圧され後ずさりしてしまう。

 目はキョロキョロと動かして、定まらない。

 あからさまに動揺しており、心にさざ波が立っていた。

 妖精女王は、おろおろとしながら見ている。



 「え、えっと……その……」



 「あのね、はっきり言ってくれればあたしも納得いくのよ。ズバッと!ズバッとね?どう?細かくじゃなくてもいいから、大雑把でもいいからね」



 「ちょ、ちょとぉ、葵ちゃん…流石に言い方がきつ過ぎるよぉ…。天土ちゃんだって、ゆっくりなら話してくれるかもしれないんだからぁ…」



 黄海が、グイグイと迫る明瀬を止めるために明瀬と薫の間に入って物理的に体の接近を止める。

 明瀬は、興奮しているようで息も荒く、薫の煮え切らない態度に少々苛立ちも感じているようだった。

 そして黄海の話を聞いても、明瀬の追及は止まらず、更に迫る。



 「平時ならまだしも、今はゆっくりじゃダメなのよ!今すぐにでもあの結界が解放されるかわからないのよ!あの巨大化していたイブニングだって中から出てくるかもしれない!!そんな中で、目標をブラされたんじゃ戦い辛くてしょうがないわ!討つの?浄化するの?和解するの?アレをどうにかできなきゃ、あたしたちの家族や友達に危険が及ぶのよ!私たちしか止められないの!!そのやり方を決めようって時に天土さんが命を奪う以外の方法がいいって言ったんだから、その理由と方法を教えて欲しいの!まず!理由!!さぁ!教えて!!!」



 「葵ちゃん……」



 明瀬の怒涛の意見に、妖精たちも黙り込んでしまった。

 黄海も苦虫を嚙み潰したような顔をするしかなく、薫の方を見る。

 薫はというと、今にも泣きそうな顔になっていた。

 肩は震えており、息はさっきよりも浅くなっており気持ちが落ち着いていないのがありありと見えていた。



 「はっ…はっ…ええぇっと……はぁっ……あの……その…」



 何かを伝えようとしているが、中々言葉になっていない。

 明瀬はますます表情が、しかめっ面になっていく。



 「はっ……はっ……わっ…私、私は…その…」



 一瞬、薫は気を失いそうになった。浅い呼吸のし過ぎである。

 だが、どうにか持ちこたえた。

 それは手元にいるラパンのおかげだ。ラパンが遠い所に行きそうになった薫の意識を薫の手を、ギュッと握る事で引き止めた。

 すると、薫はハッとした表情をして、唐突に自分の右頬を叩いた。



 バチン!と乾いた音が辺りに響く。

 ラパンは目を丸くくして、驚いた。

 明瀬も、黄海も、ミランもエポンも妖精女王も、その突然の行動に驚いた。

 そして静かになり、そろそろ5月になろうというのに冷え切った空気感の中、薫は口を開いた。



 「私が何で物理的に誰かを傷つけるのが苦手なのかというのは、この町に引っ越してきた理由に繋がるんだ…。その時間が無いから端的に言うと、前の学校でイジメられてたの私。男女合わせて5人のグループにね。



 イジメの原因はそいつ等が、私の荷物を勝手にごみ箱に捨てた事を怒った事。正しいのは私だったはずなのに、何故か注意した次の日から殴られるようになったんだ。日常的に殴ったり蹴られたりしていて…コンビニで奢らされたりとかもあったけど…。とにかくそれが去年の12月まで続いていたの。



 最初はすぐに飽きるだろうと思っていたら、ある時左手の爪を剥がされた事があって、その時にこのままじゃ不味い、殺されるって思ったそんな時に、担任の先生と副担任の先生がいじめの現場を見て、助けてくれて……グループに知られないうちに引っ越して転校した方がいいって家族と学校側を説得してくれて、神尾町に来たんだ。その間にもいろいろあったんだけど…とにかくそういう事情があって、引っ越してきたの」



 薫は時折言葉に詰まりながらも、自身が引っ越してきた理由を語った。

 壮絶なイジメ、殴ったり蹴ったり、爪を剥がしたり、水に頭を押し込められたり……そういった経験を薫はしていたのだった。



 「それで、私自身も気づいていなかったんだけど、暴力そのものにトラウマになっていてね。初めてアンジェストロになった時、パンチをしようと拳を握ろうとした時、急に体の芯から冷え切って、全身が震えて、吐き気を催したの。自分に来る暴力だけじゃなくて、自分からする暴力にもトラウマになっていたのはそこで知ったんだよ。だから、私は直接的に攻撃できないし、きっとイブニングを討つ時には力を貸せない……なので、討つ以外に何かできる事は無いかなって…提案したんだ」



 薫が自身の過去を語り、自分から攻撃できない理由を語った。

 ラパンは心痛の面持ちで聞き、あの黒い泥の様な感情は薫の辛く悲しいトラウマから来たものだったのだと納得をした。

 ミランやエポン、妖精女王はかなり驚いた表情を浮かべており、人の中にはそこまで残忍な存在がいるのか…とある種絶句しているようだった。



 黄海は手で口を覆い、涙を目に浮かべていた。よく見れば細かく震えている。黄海は恐ろしかったのだ。他者へそこまで残酷になれるという人間の攻撃性に。



 そして明瀬は、大粒の涙を流していた。そして後悔していた。自分の考えの浅さに。明瀬は彼女が転校してきた理由を特別深く考えていなかった。親の仕事の関係だとか、そういう事情だと心のどこかで思っていた。

 実際はイジメ。それも当時の担任の教師が転校させたの方がいいと進言するほどの。

 そして薫の無意識にまで刻まれた暴力行為への忌避感の残酷さに。



 知らなかったとはいえ、強く事情を問いただした事を反省した。



 「ごめんなさい……あたし、考え方りなかったわ……」



 「え、あ、ち、違うの!明瀬さん!謝らなくたっていいんだよ。知らないのは仕方がない事だし、実際私が曖昧な態度をしたのが原因だし。もっと早くに簡単にでも言っておけばよかったなって…」



 「天土さんこそ、もっと早くに話せばなんて思わなくていいのよ!……そっか…イジメ……」



 「あんまりぃ、同情するのは良くないのかもしれないけれどぉ……辛かったよねぇ……離れられてよかったねぇ…」



 明瀬と黄海はあからさまに、薫に対して憐れみを向けていた。

 だが、薫は慰めてもらうのは適度にならいいが、別にそこまで考えてもらわなくていいと思っていた。



 「あ、ありがと。でもね、この話をしづらかったのって、イジメられた事があるからってまたこっちでも標的にされそうだっていうのと…同情されたり、憐れまれたりして今まで通りに接してくれなくなるかもしれないっていう怖さもあったんだ。だから、明瀬さんも黄海さんもこれまでと同じ通りに話して欲しいな」



 「天土さん……そう、そうよね…あたしまた間違えるところだった。でも、あたし…今自分が許せない。結界の事もあって時間が無いのはそうなんだけれど、このまま戦いに行っても、この気持ちじゃ連携なんてできっこない」



 「アオイ……」



 ミランは心配そうに明瀬を見つめる。



 「ちょっと見てて……やぁあ!!」



 明瀬が突然掛け声と共に、地面を思い切り殴りつけた。

 今の明瀬はアンジェストロになっていない、ただの13歳の少女の状態だ。

 明瀬が殴りつけた所は、拳の大きさに凹み、そこから広くヒビが幾つも入った。

 もう一度言う、今の明瀬はただの少女で、アンジェストロに変身していないのだ。



 「葵ちゃん、それってぇ…」



 「す、すごいね…明瀬さん……」



 薫はその光景にあまりの突拍子の無さに、驚きを隠せなかった。

 この力の事を知っていたミランはパタパタと飛びながら、明瀬を見ていた。

 エポンは目を丸くしながら驚いている。今のエポンは驚きの連続で気持ちが感情に追い付いていなかった。



 「あたし、生まれつき…って言っても3歳くらいからだけど、異常に力が強いの。今やった道路を割る事だって3歳からできたわ。身体能力が人の枠を外れてるのよ」



 「そうなんだ…」



 薫は、明瀬の突然のカミングアウトにどう反応すればいいのか困惑していると、黄海が、少し笑顔を浮かべながら言った。



 「あのね天土ちゃん、葵ちゃんのこの力強さがコンプレックスだったんだよぉ。小学校の始めの頃とかぁ、よく物壊しててぇ…あれ、ブランコだっけ小学校の入学式の日に壊したの」



 「い、いや…ブランコ壊したんじゃなくて、ジャングルジムを地面から引っこ抜いたのよ…」



 明瀬のトンデモエピソードに度肝を抜かれる薫。そして明瀬の明かした身体に関する話がコンプレックスだという事に薫は、明瀬の思いを察する事が出来た。



 「えっと、それって私が自分の過去を話したから教えてくれたの…?」



 恐る恐る薫は、明瀬に問いかけてみる。

 明瀬は無言で頷き、手を閉じたり開いたりして、手に違和感がない事を現した。



 「やっぱり自分だけ何も嫌な事っていうか…隠し事を晒さないのは、フェアじゃないって思うし…」



 という、明瀬の言葉に黄海はハッとした顔をする。

 黄海はまだ自分の隠し事を話していないからだ。黄海も明瀬程ではないが、フェアかそうじゃないかは気にするタイプなので、少し悩んでから薫と明瀬に話した。



 「えっとぉ~これはぁ、葵ちゃんも知らない事なんだけどぉ~、ゆずの話し方はぁ、癖じゃなくてぇワザとやってるんだぁ~」



 「え、そうなんだ」



 「そ、そうなの…!?」



 黄海は自分の話し方について、秘密を明かした。



 「幼稚園の頃にねぇ~周りの子と一緒の速さで喋るとぉ、すっごく滑舌が悪くなっちゃう事に気づいてねぇ~それまではぁ、親としか話さなかったしぃ、何も言われなかったから気づかなくてさぁ~」



 「滑舌…なるほどね……」



 「知らなかったわ……」



 「そうそう~だからぁ、普通に喋るとねぇ~……んんっ!こんな感じゅでしゃしぃしゅしぇしょが上手く言えなくなっちゃうんだ」



 黄海は幼稚園振りに、普通に話すところを見せた。

 サ行の言葉を言うのが苦手なようで、ザ行もしっかり言えているか怪しい。

 だがこれで、黄海も自身の隠し事。それも2人と同じで大きく、自分にとってはかなり恥ずかしく思っている事だ。



 こうしてアンジェストロに選ばれた少女たちは、自身のコンプレックスを打ち明け合い、図らずも更なる結束を高めるきっかけとなった。



 この様子をずっと見守っていた妖精女王のゲートとなっている”星の輝き”も桃色や青色、黄色に瞬いた。



 そしてそろそろ結界の封印の維持も限界に近くなってきたとわかった妖精女王が、3人に話しかける。

 先ほど言っていた、渡す力という話だ。



 「先ほど申しました分けたいという力ですが、どういう風に使うか…それはあなた達に任せる事にします。その力でイブニングを討つか、救うか。それはアンジェストロとなった者が決めるべきだと、そう思いました」



 「女王様…ラパ…」



 「これより、結界の封印を解きます。そして恐らくですがイブニングは結界から出ないでしょう。あの結界は闇のエネルギーでできており、恐らくそれがイブニングに力を与えているのでしょう」



 「そっか…あの中じゃイブニングが有利なんだ…」



 「それともう一つ、予測でしかありませんが警戒はしておいて欲しい事があります。それは、あの結界内にはイブニングへの力の供給の他に、あなた達を倒す何かがあるかもしれません。あなた達を閉じ込めようとした事から、そうではないかと思いますが……それでも行きますか?」



 ここに来て、アンジェストロたちの覚悟を聞いてくる妖精女王。

 やはり子供という事もあり、心配しているのだろう。



 女王の心配を察しつつも、人間たち3人は一緒になって頷く。

 そして、妖精たちはこれまで黙っていたからか、女王に自信の思いを話す。

 

 「ラパンは超能力があるのに戦えなかったラパ…数秒動きを止めるだけのその力じゃ何もできなかったラパ…全てが分かってはないけれど、それでも辛い思いをした者として、カオルの辛さに寄り添いたいラパ。戦う事すらトラウマの所為で辛いはずなのに、戦いに巻き込んでしまった責任として、カオルにこれ以上辛い思いをさせないために…平和な日常をカオルに返すために、今度こそ戦うラパ」



 とラパンは言う。



 「これまですっごく大変な戦いだったミラ。アオイは短いけれど一緒に歩んできてくれた戦友ミラ!ミランだけの日常を取り返すんじゃない、アオイに日常を返す……ミランもそう思って戦いたいミラ」



 とミランも言う。



 「エポぉ…エポンはぁ~さっき初めて戦ったばかりでぇ~、わからない事、わかってない事も多いけれどぉ~…ユズキのためにぃ、ユズキが守りたいって思う物のために戦うエポぉ~」



 エポンも、頑張って考えながら自分の思いを女王に伝える。



 女王は3人の妖精が、妖精界から逃がしたあの日から、少ししか経っていないけれど、とても成長していると思った。

 あの日の自分の選択が間違っていなかったのだと、心からそう思った。



 「では…力を…」



 女王がそう言った瞬間、結界を包んでいた虹色の光が弾けとび、女王の手に集まっていった。



 黒の結界は再び、少しづつ拡大を始めた。



 「…やはりまだ広がりますね…。えぇ、これであなた方に力を分けられます。一時的にアンジェストロとしての力を底上げしてくれるでしょう」



 妖精女王は、左手の平にキラキラと集まっている光にそっと息を吹きかけ、粉吹雪の様に、薫たちに降り注ぐ。それは妖精たちにも同様だ。



 「……ドーン帝国についてはよくわかっていないのが現状です。数年前に突如として生まれた国としか…。故に、イブニングがどのような事情で皇帝に従っているのかはわかりません。しかし、このままでは人間界も妖精界も危ないのは確かです。人の子供たち、妖精の子供たち…ごめんなさい…世界をよろしくお願いします…」



 女王は深々と頭を下げる。

 どんな国かすらわからないドーン帝国。だが確かに他の世界へ侵攻し、悲劇を生んでいる。

 薫たちは、「任せてください」と強く頷き。自分たちに与えられた力を信じ、黒の結界の中に入っていった。



 その背中を見守る女王は、自分に他に出来る事が無いか、結界を外から見守る事にした。





 ―――――黒の結界内。



 真っ黒な外殻に包まれ、光など何処からも入っている様に見えないが、内部は明るく、川などがあったはずの場所も全て平地に変わっており、視界も開けていた。



 「な、何か…変な感じ…」



 「まさに異空間ラパ…」



 薫とラパンがそう呟くと、明瀬が前方にいるイブニングに気づく。

 そしてイブニングもまた、視線の先に現れた薫たちに気づき、雄たけびを上げた。



 その声は地面を揺らし、結界の外殻をも割る勢いだった。



 「あぁああアンジェストロぉ!!殺してヤルぅ!!」



 「行くわよ!皆!」



 「うん~!」



 「「「やってやるラパ!」ミラ!」エポぉ~」



 「すぅ~はぁー……私、やるよ!」



「「「「「「コンドラット・アンジェストロ!!」」」」」」



 4月22日、11時58分。

 虹色の変身の閃光と共に、イブニングとアンジェストロたちの最後の戦いが幕を開けた。

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