第15話 闇の世界、イブニングの苦悩!
暗くジメジメとした空気がどこまでも続いている。
空は真っ暗だが遠く、空の向こうにキラキラと輝く星は見えるが、その光は地表に僅かしか届いておらず、地上に住む人々の顔は全く明るくなかった。
地表はどこまでも続くが平面で、ポツポツと町があるのだが、どこにも活気はない。
畑なども見えるのだが、決して豊作の用には見えない。
広大な地表のど真ん中、上空に不気味な穴が空いているその真下に威圧感のある金色に輝く城があった。
その城こそ、ドーン帝国城。
妖精界を氷漬けにして滅ぼし、人間界にまで妖精を追いかけてきた者の本拠地である。
そんな城内で、1人の男が廊下の壁に寄り掛かって悩んでいた。
イブニングである。
彼は大いに悩んでいた。自らの実力は妖精界への侵攻で十分に発揮できた、皇帝からもそれは認められていた。
故に逃げられた妖精の捕獲もしくは抹殺の任務を任された時も、決して悲観はしてなかった。
自分なら時間をかけずに終えられる簡単な任務だと考えていたからだ。
だが現実はどうだ。皇帝の命を受け、言われた通り”神尾町”に向かった。そこでリコルドを作り妖精を探したのはいい。
しかし、たった3人の妖精たちは未だに捕まえる事も殺す事も出来ていない。
あまつさえ、リコルド素材にしていた妖精たちも奪われて行く始末。
現在妖精界は謎のバリアによって侵入ができず新たな妖精の素材を取りに行く事も出来ない。
さらに彼の予想外は、闇の世界にも伝わっていた伝説。アンジェストロの降臨である。
妖精界ではどうだったかはイブニングは知らないが、少なくとも闇の世界では現実味の無い架空のおとぎ話程度に思われていた。
にも拘らず、目の前に現れた。それも二人も。
決してプライドが高い訳でも無かったが、実力に伴う自身があったイブニングにとって、今日までの敗北の連続は腹の奥から怒りが収まらない事態だった。
この城内の廊下に来るまでにあった、闇の世界では貴重な森林を氷漬けにしてどうにかストレスを発散した。
そろそろ皇帝への報告の時間なのだが、その時間が恐ろしく、どうにか挽回できないか悩んでいた。
「クソッ…クソッ!クソッ!!」
地団太を踏みながら、頭の中をフル回転させていた。
桃色のアンジェストロ、ソル・アンジェには対策はいくらでも思いつくのだ。何故ならあの少女は自ら攻撃をせず、基本カウンター戦法を取ってくるからだ。どれだけカウンターの隙を与えず、攻撃を叩き込めるか、これに尽きる。
問題は2人目のアンジェストロ、青い少女シエル・アンジェである。彼女の力は異常だ。アンジェストロにしても筋骨隆々なリコルドを棒一本で抑え込む膂力。金槌リコルドの衝撃波を無効化したあの謎の盾。
全てにおいてソル・アンジェの上位互換だと、イブニングは考えていた。だからこそ、どうやればあの青色の奴を倒せるのかと悩んでいるわけだが。
しばらく考え込んでいると、廊下の先から一人の女性が白い長髪を揺らしながら、ペタペタという不思議な足音をたてながら歩いてきた。
その女性は白い瞳を持ち左目にはモノクルを付けていた。黒のブラウスに白のネクタイを締め、紺色のスラックスを履いている。手には白衣を持っており、靴は履いておらず裸足である。ペタペタという足音はこのためであった。
「ど、ドクターエクリプス!?」
「やァ~イブニング~お久しぶりだねェ!元気に妖精捕獲できたかイ?」
ドクターエクリプスと呼ばれた女性はイブニングへ手を挙げながら声をかけ、そのまま手に持っていた白衣を羽織った。
彼女はこのドーン帝国のナンバー2、リコルド化の技術などドーン帝国における科学技術、魔法技術の研究開発を行っている、ドーン皇帝の右腕とされる女性である。
「い、いえ…全く……」
イブニングの立場からすれば、圧倒的に上の存在なので、先ほどまで外に出していた怒りをどうにか抑え込む。
エクリプスは、その様子を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「ま、大変よネ。土地勘もない、妖精界より圧倒的に広い、そんなところで探せってのもネ」
少し同情してくれたのか、優しい言葉をかけてくれるエクリプス。
しかし、イブニングは悔しさが顔に出て、隠しきれず吐露する。
「見つけてはいるんす……っけど…ドクターもご存じかと思うんですが、アンジェストロっつー伝説の存在が邪魔してきて…」
「ほウ!アンジェストロ!確か、妖精と人に関する伝説だったネ。詳しく教えてくれるかイ?」
「え、あ、はい」
そしてイブニングは、エクリプスに語った。皇帝に言われた町に行って妖精を見つけた事、そこで1人目のアンジェストロと出会いリコルドが負けた事、その後はそのアンジェストロごと妖精を消すべく何度もリコルドをけしかけていたが負け続け、最近になって2人目のアンジェストロまで生まれてしまったという事を。
その話を聞いている間、エクリプスは頷きながらも、どこか楽しそうに話を聞いていた。
予想外の妨害、アンジェストロという存在を面白そうだと考えているようだった。
イブニングには、このエクリプスの情緒が理解できず、凄い人だとは思っているのだがあまり親密にはなれないと思っている。
「とまあ、こんな感じで…」
「なるほど……リコルドを抑え込むのカ…あれは闇の世界の基準ではあるが、一般人の数倍の身体能力を持たせてたんだガ、棒一本でそれは、完璧にそのアンジェストロがおかしいナ、凄まじい馬鹿力だヨ」
やっぱそうか、と自分の考えが間違っていなかった事に安堵しつつも、ならより対抗手段を考えるのが面倒くさくなると、また苛立ち始めてきた。
「あと話聞いていて気づいたんだけド、人払いの結界。全然使ってないでしョ?ダメだよ、面倒でもちゃんと使わなきャ」
「い、いやしかし…あれを使ってもアンジェストロの連中はその中には入れてしまうと言ったではないですか」
「そういう話じゃないんだヨ。いいかい、我々は秘密裏に妖精界や人間界に入り込んでいル。妖精界は君が一日で滅ぼしたがネ、人間界ではまだ姿を現す段階じゃないんダ。向こうには厄介なのがいてネ、かつて人間界に現れた怪物と戦っていた奴等サ。そいつ等にはまだ勘づかれるわけにはいかなイ。あとで私が記憶操作を行っておくから、これからは注意してくれたまエ」
「す、すいません……」
「私には別に謝らなくていい、困るのは君のお姉さんだからネ」
「あ、姉が!?姉にも任務が課されたんですか!?」
「そりゃあ君と違って、部隊の副隊長を務める程の人物だからネ。ともかく、家族に迷惑が掛からない様に、迅速に妖精を消しナ。本当なら君は人間界に行く予定ではなかった、イレギュラーなのだかラ」
エクリプスの言葉に俯くイブニング。
自覚していた事だからこそ、肩に重くのしかかる重圧。最愛の家族、姉に迷惑がかかるかもしれないと知り、よりアンジェストロをどうにかしなくてはという思いは強くなった。
人間界の厄介な奴等とアンジェストロが手を組んでしまう前に、自分がどうにかしなくては…と。
「あ、あの!自分もうそろそろ皇帝陛下に報告に行かなくてはなのですが……その……アンジェストロ打倒のための策を自分に授けてくれませんか…?姉に迷惑がかかるかもしれないのに、自分では何も思いつかんのです……奴等を倒す策がっ……!」
イブニングが強く拳を握り、悔しそうに歯ぎしりする姿を見て、イブニングは少し考えてから、何かを思いついた様で彼の肩をポンポンと叩いた。
「その熱意はいいヨ、協力しようじゃアないカ!丁度試しておきたい試作品があってネ、是非使って貰いたイ!」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!では、陛下への報告が終わった後、ドクターの研究室へお伺いします!」
「あぁ、待っているヨ。こちらもそれまでに準備を終えておく様にするかラ」
イブニングはエクリプスの横を通り、皇帝の待つ謁見室へ向かって走って行った。
その後ろ姿を見て、エクリプスは大きく息を吐きフッと鼻で笑うように、手で口を押えた。
「自分の手では無くリコルドで倒す事に固執シ、アンジェストロを負かす事に頭が一杯になっていル。自分でやれば妖精捕獲はさっさと終わるだろうニ。まあいい実験体にはなるだろうサ、精々利用させてもらおうカ…クククッ…ハーッハッハッハ!」
高笑いをしながら、エクリプスは自分の研究室へ戻っていく。
悪辣で残忍な研究者の発明を、再開するために。
これから始めるドーン帝国の作戦の前準備のための、実験を行うために。