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第1話ー① 春風の出会い、大地の使徒誕生!

 3月下旬のとある日、高速道路を降りて下道に入る車がいた。



 「…もう着いたの…?」



 寝起きで、あくびをしつつ、目をこすりながら後部座席に座っていた少女、天土薫が運転している父の弘と、助手席でカーナビを確認している母の花子に話しかけた。



 「まだだよ。もうそろそろだから…ちょっとだけ待っててね」



 母から優しく答えてもらった。その後薫は静かに頷いた後、スニーカーと靴下を脱ぎ座席の上に体育座りの体勢になった。



 天土薫、今年中学2年生に進級する13歳の女の子だ。現在は訳あって、N県からS県O市の神尾町に引っ越している最中だ。

 少々急ぎの引っ越しでもあったが、神尾町にいた父方の伯父さんが空き家を持っていた事でスムーズに引っ越す事が出来た。

 今薫が乗っている自家用車には、少々の段ボールが積まれており彼女のスペースを圧迫しているが、これは父親の仕事の資料などで自分で運ばないと怖いからと積まれたものである。

 段ボールはトランクに入りきらず後部座席にまで置かれているのだが、今の薫の精神状況は、この圧迫感と狭苦しさをよしとしていた。



 母はカーナビの案内を見た後は、サイドミラーで後方や左側をチラチラと確認している。何かがついて来ていないか心配しているかの様な仕草だ。

 現在時刻は午前5時42分。まだ早朝と言える時間だ。しかも今日は木曜日、平日である。

 こんなにも早く移動しなくてはならない事情とは一体何なのか。引っ越しの理由…それは静かな車内の空気感から、あまり良い事情ではない事だけは察せられた。

 ガタガタとした道を数十分かけて走り、ふと薫の左横の窓からキラキラとした光が入ってくる。

 眩しさに目を細めながら窓の外に目を向けると、大きな川がひたすらに遠くまで流れていた。水面に朝日が反射して宝石の様に輝いていた。

 前に住んでいた場所でも川はあったが、薫は新しい町に来たんだと実感した。視線はまた窓の外から抱えていた足の指先に移った。

 

 ”神尾町”と書かれた青い看板を通り抜けると、父は少し安堵した表情になり、「そろそろだよ」と同乗している二人に声をかけた。

 そして母は「あっ」と声を上げ、「誠伯父さんから連絡がきてる!もう起きてるのね……」と言った。その声色は罪悪感を感じている様だった。

 薫はそんな母の声に少しだけ顔をしかめる。だがすぐにまた無表情に戻る。まるで顔のストレッチをしているかの様に装い、母の言葉に反応した事を隠したのだ。

 「薫!お腹は空いてないか?」父が聞いてくる。



 「うぅん、大丈夫。車で寝る前にサンドイッチ食べたから」



 薫はシートの下に落ちていたコンビニのビニール袋を拾い上げて答えた。



 「そっか、じゃあこのまま伯父さんの家まで行くけれど、寄って欲しい所あったら言ってね」



 父はそう言って、車はスムーズに道を駆けていく。

 薫は手でビニール袋の端を弄りながら、再び川の方に視線を移す。先ほどは遠くに見えた川がすぐ横にある。

 車が橋の上に乗る時に見えた看板には、芝乃川と書いてあった。横幅がかなり広く、川の長さはどこまでも続いているように見える。

 薫の虚ろな瞳に川が反射した光が目に入り、目がチカチカとしたが、ボーっと過ぎていくその景色に目が奪われていた。

 橋を通り過ぎた時にようやく、視線を車内に戻して、静かに目を閉じた。



 ガタンガタンと車に揺られ、おおよそ20分。車の外から声が聞こえてきた。昔親戚の集まりで聞いた事がある声だ。

 父がその声に反応し、「おっ!伯父さんの家に着いたぞ!」と声を出した。

 その声に反応し、薫は目を開いた。

 キーっとブレーキ音を立てて、まあまあ大きい一軒家の前に停車した。

 薫の伯父、天土誠の家に着いたのだ。



 「弘、花子さん、薫ちゃん!よく来たね。三人の家は近所だからついて来て!」



 誠伯父さんが小走りで、車を先導する。

 案内された家は、伯父さんの家から三軒隣の一軒家だ。二階建てで広すぎない程の大きさの庭と車一台分の駐車場がある。

 窓からそれを見て薫は、前の家と比べると大きな家だなぁと思った。勿論、口には出さなかった。

 父が車を駐車場に止めて、薫たちは車を降りた。父はすぐに伯父さんと話し始め、引っ越し業者が何時頃着くかなどを話し合っている様子だった。

 母親に背中を押され、薫は家に入った。家の中はとても綺麗で、少し薫の心はウキウキし始めた。



 「二階、薫の好きな部屋使っていいから、先に選んじゃお?」



 その言葉に頷く薫。軽い足取りで階段を上っていく。その背中を見た母は、少しホッとした様な表情を浮かべた。



 薫は階段を上りきると、その場で動かず三つ並んだ扉を左から順に眺めた。



 「やっぱ、階段に近い部屋がいいな…。うん、真ん中にしよ」



 そう言って真ん中の部屋の扉を開き、いつの間にか手に持っていたリュックサックを室内に放り投げた。

 床に落ちた鞄をジッと見つめた薫は一言、「ここまで長かったな…」と呟いた。

 そうして部屋の中には入らず階段を下りて行き、玄関まで来ると近くに両親のどちらかがいないかキョロキョロと探す薫。

 何かを伝えたい様子で、玄関から真っすぐ伸びる廊下を歩く。何故か声を出して呼ぼうとしない彼女の前に、恐らくリビングの出入口であろう角から母が現れた。



 「あら、部屋はもう選んだの?」



 「うん、真ん中にしたよ。それよりちょっと出かけてくるね」



 「えっ!?だ、大丈夫?この辺りの道とかまだ知らないでしょ?」



 薫の言葉に驚く母。



 「そんなに遠くまで行かないし、広い道しか使わないから。それにすぐ帰って来るよ」



 「……わかった…。お父さんにはお母さんから言っておくから、あんまり遅くならないようにね?」



 「うん。…あ、あと部屋に私の荷物は勝手に入れちゃっていいよ」



 薫は小走りで玄関まで行き、愛用のピンクの厚底スニーカーを履き、家の扉を開けた。

 家の外には既に引っ越し業者が来ており、一台のトラックが駐車していた。

 さらに父は業者と荷物の移動の順序などについて確認をしているようで、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 なので、その横をすり抜けて、神尾町へ駆けだした。

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