九章 再度アフリカで
ユニオンに帰り、十一月に入った頃、四人の新しい任務が決まった。
以前紛争を収めた地域での医療のNGOの警護だ。
紛争は収まったとは言え盗賊、人身売買、貧困のだめの治安の悪さは完全に
解決は出来ていない。
医療や食料でのサポート産業施設の警護など多くの任務をユニオンが
こなす必要がある。
しかし紛争地での戦闘に比べれば、安全であるためエリカや美樹の最初の任務や
現場研修にヒロは選んだのである。
またしばらく日本食を食べる事が出来なくなるし、外で酒が飲めなくなる。
ヒロは娘たちを連れ久しぶりに馴染みの寿司屋に寿司を食べに行った。
そこは東京なのに広島の酒を多く取り寄せている。
広島の酒で唯一、ヒロの口に会うのは呉市で作られている宝剣の純米吟醸だ。
決して他が不味いと言うのでは無いが、酒はそれぞれの好みが分れる。
広島の酒で加茂鶴が日米首脳の会食で飲まれて有名に成ったが、
ヒロの好みでは無い。
日米の首脳が飲んだからバイアスで嫌っているわけでは無く、好みでは無いのだ。
この時期の寿司のおすすめは、何と言っても光物だ、これは店の腕が試される。
光物の美味しさをいかに引き出し客に食べさせるか。
ヒロはコハダ、マサバ、サンマ、アジなどとカワハギそして金目の煮物を楽しんだ。
アリサもエリカも育ちが山の田舎なので、回っていない寿司は初めてらしい。
美樹に関しては水樹が色々引きつれて飲みに言って居る。
アリサが回っていない職人が握った寿司の旨さに驚く。
口の中でシャリが解けて味が広がる。
アリサは【こんな美味しいお寿司、初めて食べた】と喜んでいる。
美樹が【私は何度も美味しい寿司食べたこと有るよ】と自慢する。
ヒロが美樹に【お前この前、矢早の里で、木の実やマツタケ食べて
初めて食べたと感動していたじゃないか】と言う。
日本は自然に恵まれた国である。
豊かな自然をどんどん目先の金で壊していく、アホな国民性は何とも悲しい限りだ。
娘たちは遠慮しながらも高級食材アワビ、車エビ、ズワイガニなどを楽しんだ。
その後ヒロが学生時代通っていたカジュアルなロックバーに久しぶりに顔を出した。
ヒロの青春の1ページである。
ヒロより十歳くらい年上のマスターと学生のバイトの娘が居た。
ヒロはスペイサイドのクラガンモアを注文したオールドパーのキーモルトの
モルトウイスキーだ。
アリサとエリカはパイナップルジュース、美樹はテキーラの瓶を眺めているが
ヒロが特別にバランタインの30年を飲むことを許した。
これは水樹も好きだった酒である。
美樹は【これいつも水樹先生が隠していたお酒】と言う。
ヒロが【なんだ俺の所みたいにこっそり盗んだりして無いのか?】と言うと。
美樹は【だってシャチ兄様がマジ切れして怒るもん】と言う。
ヒロはこのバカ娘だけはと思いながら、憎めないところでもある。
ヒロがマスターとバイトの娘に一杯すすめると、マスターがシーバスリーガルの
ロックと娘にはハイボールを作り乾杯する。
マスターがヒロに【久しぶりだな、俺はてっきり刑務所でも入っているのかと
心配した】と言う。
【また、人聞きの悪い、そんなへまをする訳ないだろ、日本の警察も司法も金と権力には弱いからもしヘマしても金で権力に手を回せば大丈夫さ】と言う。
マスターが【相変わらず好き放題に暴れているのか】と聞くと
【冗談だよ、大人しいものだ、海外が多いし外で飲んでないだけさ】とヒロが言う。
音楽はマイケルシェンカーのアコステックソロのアルバムが流れている。
ヒロには懐かしい雰囲気だが、美樹が【なんか新しくカッコいい雰囲気】と言う。
現代っ子には一周回って新しいのだ。
美樹が【時々私も一人で来て良い?】と言うとヒロが【言い訳ないだろ
俺が居ないとこでトラブルに成ったらお前こそ刑務所行きになるぞ、マジで勘弁してくれ】
と言うと。
マスターが【大丈夫、うちは警察に袖の下を渡しているから大事にはならない】と
美樹に言う。
ヒロが【本当そうで怖いわ】と言うとマスターは
【ヒロの学生時代のほうが怖かったわ、色んなとこで暴れまわって】と言う。
娘たちがビックリして【エーッ?】と声を上げる。
ヒロが【嘘だ嘘、作り話に決まっているだろ】と言うと。
マスターが【こいつの当時のあだ名知っているか?】と言う。
美樹が【何?マスター】と食いつくと【Tレックスだ】と言う。
バイトの娘が【この人が噂のTレックスなんですか?マスター】と聞く。
ヒロが【そんな話は知らん別人の話だ】と言うと
マスターが【この娘はお前の大学の後輩だ、悪い事は出来んものだ
未だにその話が大学に伝えられているらしい】と言う。
ヒロが【浜教授の陰謀だよ、尾ひれを付けて、未だに生徒に話してる、いつか訴訟
起こしてやる】と言う。
美樹が【やっぱり本当なんだ、こんなに向きになるのは、いつも私たちを諫めている
のに】と言う
【美樹、信じるな、俺は嵌められているのだ、俺を信じろと】ヒロがと慌てる。
マスターが笑って【因果応報とはこのことだな】と言う。
美樹が【先生は生徒を怒るとき時々Tレックスみたいに成るもんね】と
言うと【その時はだいたいアンタが悪さしているからよ】とアリサ言う。
マスターが【Tレックスは狂暴とか言われているが実は自分の子供には
凄く優しいと言う学説も有るんだ、ヒロも実は優しい所も一杯有る】と庇う。
ヒロが【もうTレックスの話は止めようぜ、褒められても全然うれしくないぜ
マスター】と言うと、皆が笑った。
ヒロが二杯目にトロワリビエールのVSOPを飲んだ。
カリブのフランス領マルティニークで作られたダークラムだが
フルーティーなラムで値段も変にバカ高い訳ではなくヒロは好んで飲むラムだ。
美樹も【それ飲んでみたい】と言い頼むと、アリサが白い目で【大丈夫?アンタ】と注意する。
【今日は無礼講だから許してやれ、お前らも何かカクテルでも作って貰え】と言うと、マスターが二人にベリーニ(ピーチネクターとグレナデンシロップ、
スパークリングワインのカクテル)を作ってくれた。
この時アリサは十九歳エリカと美樹は十七歳完全な違法行為である。
十一月中旬、四人はアフリカに渡り任務についた。
ユニオンの費用で医師に成った若者は二年の研修の後、NGOの医師として海外に
派遣され、治療に当たる縛りが有った、それにより先進国では考えられない程の
治験が経験出来る、医師として人の命の重さ儚さ色んな経験も得る事が出来る。
研究員として研究に携わることも出来るがその場合は給与から少しずつだがユニオンが都合した学費を返す必要が有る。
ユニオンの医師の場合派遣の手当も他のNGOより高額に設定
されユニオンが身の安全を保障するためヒロ達のようなエージェント
が警護に当たる。
その費用を捻出するため先進国の病院では高額な先進医療で利益を
上げたり国連や各国政府を脅し(出資をつのり)活動したり
ビジネスを展開して利益を上げそのお金を投資して更に利益を
増やしたりしている。
マリアが考えた錬金術は複雑で魔導士たちが調査した人の心理を利用している。
経済が苦を学んだヒロにも一部しか理解出来ていない。
ヒロは悪魔の錬金術と呼んでいるが、このおかげで多くの貧しい人間の命が救われ、紛争地などでの信用も高まり。ビジネスも展開できる。
ヒロは資本家や資産家にお金が留まるよりいくら悪辣【高額な利益】で有ろうと
意義が有ると思っている。
ユニオンの資産の保有は計り知れないが、マリアの私利私欲で使われることは
無いし、マリアは普段自分たちの森で自然と共存して質素に暮らしている。
ユニオンのスタッフはそれなりに高い収入を得ているが、危険な仕事やハードワークをしている。
今回、ヒロ達が警護する医師団には、ヒロのもう一人の義理の妹でユウの姉に当たる
サチが居る。
彼女は有能な外科医で、なんと獣医の免許も持っているが、ほとんど日本に帰らず
アフリカで医療に携わっている。
かなりの変わり者だが、純粋でどうも日本人が嫌いだと言う。
日本の多くの医師も一部の患者も、彼女からしたら卑賤(ひせん)な人間だと言う。
アフリカの医師たちはベースになるキャンプ地からユニオンの車で離れた村なども
診療や食料を届けたり薬を届けたりしている。
エリカもそんな医師をガードして離れた村に行った時の事である。
エリカが帰って来て涙を浮かべてヒロの所に来た。
ヒロが【どうした、何が有った】と聞くと【先生助けて】と言う。
【だから何が有ったんだ】と聞くと一緒に行った医師が【良くある話で
私達には何も出来ません】と暗い顔で言う。
サチが【あの村またなの?】と言う。
どうやら村の中で特に貧しい家が子供を人身売買でお金に換えたと言うのだ。
ヒロが【エリカ、お前の気持ちは解るが、アフリカでは、いや世界中の何処でも普通に起こっている、その事情は様々だが法律で罰せない国さえある、何故か解るか】
と聞く。
エリカが【解りません、でもそれが普通じゃないのは解ります】と言う。
ヒロが【そうだな、俺たちの常識では普通無い、でもそれは俺たちの
常識だ、そうじゃない国や村も有るんだよ】と言う。
美樹が【絶対に、間違っている、自分の子供を売るくらいなら人を殺して
お金を奪って山賊でも生業にする方がまだ人間らしい】と怒る。
ヒロは笑ながら【俺も実は同意見だが、世界中の大体の国ではそれは死刑か終身刑に
成る、司法も警察も、政治行政も、自分たちの落ち度は置いて、情状を酌量とかは
ほとんど考えることが無いそれが今の世界だ】と言うと。
アリサが【でも先生なら何とかしますよね、何とかしてあげて】と言う。
それを聞いていたサチがアリサに【それは私たちの仕事じゃ無いの、お兄ちゃんを
買いかぶりすぎよ、こんなことに首を突っ込ませたら、この人暴走しだすから】
と言う、エリカがそれを聞いて号泣する。
美樹はヒロに【そんな奴ら、フッ酸(フッ化水素)に溶かして跡形もないくらいに
すればいいじゃん】と言う。
ヒロは頭を抱え【俺たちは暗殺集団じゃない、そんな物持って来ているか】と言う。
美樹が【とりあえずその人買いの連中をやっつけ子供たちを取り戻しに
行こう、先生が動かないなら私達だけでもそんな奴らぶっ殺してやる】息まいてる。
サチが【お兄ちゃん解っていると思うけど例えその人買いから娘を取り戻しても
その村が貧しい限り別の人買いが子供を買いに来る、お兄ちゃんに何とか出来るの】とヒロを責める。
ヒロがため息をつき、サチに【一つテストケースで試してみる、まずは
その子供を売られる前に助けに行くか】と言った。
娘達は喜びヒロに抱き着いてくるが、サチはヒロを怪訝な目で見ている。
ヒロは辺境の地域がそのままの生活を維持して収入を得る方法は
無いかテストケースを考えていた。
勿論その場所で、農業など安定した収入が有るのが一番だが辺境で
暮らしている人、全てで可能な訳では無い。
以前からヒロは大学時代の友人で新聞記者をやっている、シロウと相談
していた案件が有った。
フリーランスで仕事をしているカメラマンがアフリカの生の生活や普段は目に
出来ない生活や奥地の自然の写真が撮れないか?と相談されていた。
それに合わせて、その村で民芸品を作らせ紙面で販売したりして写真の収益と
民芸品の収益の一部を、村の貧困の家の基金として活用する
そのプロジェクトの最初のテストケースに、その村を選んで進めようと
考えたのだ。
その件を早速シロウに連絡して、そちらはシロウに動いて貰うことに。
ヒロは人買いの組織を探るため動いて回った、それはユニオンの情報網で
すぐに判明した。
実際突き止めて捕まえても、このような事は鼬ごっこである。
国が貧しく、皆が豊かにならぬ限り、そしてそれがビジネスとして
成り立つ限り、無くなることは無い。
日本でいくら犯罪者を捕まえても、その人達を社会で受け入れる地盤が
無ければ何度でも繰り返されてしまうのと同じだ。
いっそ全て終身の禁固刑にするか死刑にする?例えそんな法にしたとて
犯罪が減り無くなることは有り得ない。
そしてそのコストと一体誰がその役割を引き受けるのだ。
今の日本は何でも重罪化しろと言う無思考な人間が増えているが
それにより重い判決がどんどん下されている。
しかしどうだ?犯罪はどんどん巧妙になり進化し、凶悪犯罪も未だに
多数、報道されている。
いっそ公務員の半分を警官にするか?公務員すべてに捜査権、逮捕権を
与えるのか?
冤罪も不正も多発して、自由に外も歩けなくなる。
しかしその子供たちは助ける必要が有るし、その連中が二度とそんな事を
しないようにする必要はある。
アリサと美樹は通常の業務に付かせた、通常の業務を疎かにする訳にいかない。
そして今回はユニオンとして動く訳に行かない。
そんな連中でも恨みをなるべく買わないようにするのがユニオンの方針なのだ。
翌日ジープに乗り、突き止めた組織の場所に二人で向かう
その場所に着くとヒロがエリカを連れて人を呼ぶ。組織の人間がヒロに
【なんの用事だ】と聞き、ヒロは【この娘を売りたい、日本人だから高く買え】
と言う。
ヒロはエリカの手首をロープで縛ったように見せていて、連中が扉を開けると建物の中に突き飛ばす、連中のうち二人の男がエリカを抱え起こそうとしたところエリカが
起き上がり二人を四方投げと言う技で頭から地面に落とした。
ヒロはエリカを制するふりをして、発光弾を投げ他の7人ほどを倒して無力化して
拘束ベルトで動けなくしてしまった。
相手は小銃を持っている人間も居たが、室内でユニオンの発光弾を投げれば小銃は
使う事は出来ない、仲間打ちや跳弾の危険が大きい。
一瞬で9人の人間を拘束して、ボスと子供たちの隠し場所を聞く。
当然素直に言う訳が無いが、エリカが投げ飛ばした二人は頭から落ちて
気絶したままだ。
その連中の懐から携帯を探し出し、気絶してない連中に助けを呼ばせたのだ。
敵が来る前ユニオン独自のブービートラップを周囲に仕掛け、次々に組織の連中を
無力化してしまった。
大きなケガをしないように配慮はしたトラップで、特別なガスなどで相手を眠らせた一時的に失明状態にさせるなどの罠や、中には穴に落ちて足を骨折したりエリカの技で腕の関節が脱臼する者もいた。
その連中から組織のボスの居所と、子供たちの隠し場所を聞き出し、まず子供たちを
救出した後、ボスを見つけようとしたがすでにボスは逃げ出した後である。
子供は一時的に助けることは出来たが、使った武器のコストは膨大、
その組織のボス探しや、捕まえた連中の後の更生などマリアに頼むしか方法が
無かった、唯一の救いは新聞社とのプロジェクトが、事の他順調に進んだ事だ。
当然ヒロはマリアやヒトミそして妹のサチからまで、散々お小言を言われ
立場が無かった。
しかしヒロは最終的に後始末をマリアに被せることを計算していた。
マリアの恐怖は実はアフリカの多くの裏の組織では伝わっている。
これを利用するのが最善だと思っているのだ。
マリアもそれを知ってヒロを厳しく責めるが、ヒロはマリアにいつも
言う事がある【マリア、これはお互い様だろ、いつもそっちの都合で
嫌な任務もさせているし、俺をはめて居るのはそっちも同罪】と言う。
マリアは【これは貸しよ、その嫌な任務は覚悟しているのよね】と返す。
ヒロは心の中で、どうせ俺を散々はめて任務に着かせるくせにと、
いつも思うのだった。
妹のサチなどもっと辛辣にヒロに文句を言う。
【兄ちゃんが余計な仕事でけが人を増やし、こちらの仕事を増やして
どうするのよ。その経費兄ちゃんに請求回すわよ、医師たちの人件費も含め
支払いなさいよ】と言う。
ヒロは【どうして家の妹たちは俺に優しくないんだ、昔、優しくしてやったのに)と言うと、サチは【それだけ皆に迷惑かけているのよ】と言う。
しかしこのことを機会にユニオンは貧困の子供に教育と食を与える事業をさらに
広げることになる。
残念だが何にでも金が必要だ、それだけ世界には誠意と悲劇のバランスが取れてないのが現実なのだ。
ヒロはそのことをエリカに実体験させたかった、エリカの優しさは貴重であるが
優しさだけでは事は進まないのも現実だと、知って欲しかった。
これはヒロのジレンマでもある、時には人間なんか滅んでしまえとさえ感じる。
でもヒロには大切な宝物も出来た。
命に代えても守りたい人達、それこそがヒロが任務を続ける理由である。
社会正義だの国家のためなんか、ヒロには反吐が出る位嘘っぱちに感じる。
そんなことを口にするやつなんざ100%詐欺師だと思っている。
事実それを口にする奴はろくな奴しか居なかった、と思っている。
死んでくれとさえ思っている。
目の前の悲劇に自ら行動しようとした、エリカの優しさは本物だと
そう思ったから手を貸した。
例え無駄に終わろうと、ヒロは娘たちの気持ちに動かされたのだ。
小さな一歩でも無駄か無駄じゃ無いかは、後の歴史で解る。
しかし権力を持つものが自己の虚栄心でやったことは、大抵悪い方に動く。
不思議な現象だ。
歴史の中で悪政と言われても実は良い影響の事も有るし、その時点で人気が有っても後に酷い影響を及ぼした政治も沢山ある。
そして春に成り六か月の任務も新しい交代要員と変わってヒロ達は次の任務のため
東京に一時的に帰って僅かな休息を取ることに成った。