バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

初めてのお出かけ編 5


「どれどれ。タカーシの友人たちはどれほどの腕前か」

 俺の横に立つバレン将軍が興味深そうに見つめる中、フライブ君たちの訓練が始まった。

 しゅっ……しゅっ……しゅしゅっ……

 教官の叫ぶ「始め」の掛け声とともに、まずフライブ君が動き出す。
 獣人というだけあって、俊敏性の高い体がフライブ君の特徴なのだろう。
 石畳が敷き詰められた床を強く蹴り、わずかな砂を巻き上げながら教官に接近した。

 でも、直線的な動きで一気に距離を詰めるというわけではない。
 ジグザグに振れながら。
 しかも、“3歩進んで2歩下がる”みたいな感じで、フェイントを織り交ぜての接近だ。

 地面を“ひゅっ……ひゅっ……”って動くこの感じ。これ、俺の親父やアルメさんと同じレベルの動きなんだけど……。

 いや、親父やアルメさんはいざとなったらもっと速い動きを出来るんだろうけど、フライブ君は子供のくせにそういう動きをしてやがる。
 俺が瞳でなんとか捉えることが出来るぐらいだ。
 外見が人間の要素を多く含んでいるので、見た目100パーセントオオカミのアルメさんに比べて俊敏性はいくらか劣ると見ていたんだが、俺の予想は大外れだ。

 ってーか、本当に速ぇな。

「うむ。あの獣人、いいな」

 隣に立つバレン将軍も絶賛だ
 じゃなくてそんなこと思っているうちにも、今度はヘルちゃんだ。

「むん!」

 俺たちとは距離が離れているのでぎりぎり聞こえたぐらいだけど、ヘルちゃんはそんな声をわずかに出して、両手を前に掲げた。
 その両手から魔力の塊が2つ3つ放たれ、それらが他のメンバーを包……あっ、これ人数分だな。
 じゃあ、ヘルちゃん本人も含めて4つだ。
 んでその4つの魔力の塊がメンバーそれぞれの体を包んだ。

「ほう。味方援護用の防御魔法とは珍しい」

 へぇ。そんなもんもあるのか。
 しかもバレン将軍が「珍しい」というぐらいなんだから、ヘルちゃんの魔法は相当高度なものなのだろう。
 さすがメルヘン妖精さん。戦いでは後ろに引いて、そういう魔法でみんなを援護したりする役目なんだろうな。

 そして、ヘルちゃんに気をとられているうちに、フライブ君が教官との接近戦に入っていた。
 教官の持つ棍棒とフライブ君の鋭い爪が甲高い衝撃音とともに周囲に広がり――そんなフライブ君に気をとられていたら、今度はガルト君だ。
 静かな動きでいつの間にか教官の背後に回り、腰に下げていた短い剣を抜いて、教官の背中に一突きをお見舞いしようとしている。
 だがそれも教官にはバレバレで、教官はフライブ君に応戦しながらガルト君の奇襲をふらりと避けた。

 どうでもいいけどさ。ガルト君。
 あの子、メルヘン妖精っぽいヘルちゃんの従者のくせに、戦いが始まると殺気満々の殺し屋みたいな顔になるんだな。
 ぎょろぎょろした目がなおさら鋭く光り、“戦うのが楽しくてたまんない”といった笑顔を浮かべている。
 殺し屋というか、むしろ逃げまどう村人を虐殺する盗賊団みたいな感じだ。
 怖ぇって。
 さっきの涙は偽りか……?

 と思わぬ衝撃をくらっているうちに、さらなる衝撃だ。
 味方に防御魔法を施した後のヘルちゃんだ。
 手に持ったメルヘン感満載の杖を使って、色とりどりの魔法を――と思っていたけど、こともあろうにそれで教官に殴りかかったんだ。

「うらぁーー!! 死にさらせぇーー!」

 いやいやいやいや!
 お前、メルヘン妖精さんだったんちゃうんか!?
 そんな叫び声あげんなッ!

 ヤバい。
 この妖精コンビは非常にヤバい。
 いや、この世界の妖精が全般的にヤバい種族なのか……?
 肉弾戦系女子のヘルちゃんと、殺し屋ガルト君。
 今後この2人は怒らせないように気をつけよう。

 あと、そだな。
 訓練開始から目立った動きを見せていなかったドルトム君がここで静かに動き出した。
 上に掲げた右手から炎を吹き出し、それが火の玉となって空中に浮遊している。
 これはアルメさんもたまに見せる火の魔法だ。
 アルメさんが見せてくれたことのある火の魔法はろうそくに火をつける程度の小さいものだけど、それを戦闘用の規模で発動しているんだ。

 ――と思ったら、ドルトム君の体が炎に包まれた。

「え……?」

 おいおいおいおいっ!
 それまずいだろ!
 ただでさえ全身毛むくじゃらなのに、そんな炎に包まれたら火傷じゃ済まないだろ!?

「え? あ、え!?」

 でもだ。
 ドルトム君、その状態のまま教官に向かって走り出したんだ。
 どうやらあれがドルトム君の戦闘スタイルのようだな。
 それなら一安心だ。

「炎系魔法の上位技術とは……。やはりこの訓練場は特殊な戦闘技術を持つ魔族が多くて、見ているだけで楽しいな」

 解説役のバレン将軍も――俺が心の中で勝手に任命したんだけど、そのバレン将軍もこう言っているし、多分大丈夫なんだろう。

 でもドルトム君のこの戦闘スタイルは本人にとって問題はなくても、他のメンバーにとっては驚愕の事態らしい。
 火の苦手そうな獣人のフライブ君が真っ先にそれに気付き、怯えた様子で叫んだ。

「ちょ、ドルトム君……? なんで急にッ!?」
「きょ……今日は僕も前に出る……遠距離は……もう嫌……」
「ちょっと待って! ドルトム! 後ろに下がりなさいな! いつものように魔法で援護を!」
「やだ……今日は僕も前に出る……タカーシ君にい……いいとこ見せな……いと……」
「くくくッ! いいではないですか、ヘルタ様。4人で教官をボコる。なんと楽しそうな響きでしょう! 私はドルトム様の策に賛成ですよ?」

 あっ、戦いながら仲間割れが始まった。
 つーことはやっぱあの状態のドルトム君、普通じゃないんだな。
 あとガルト君は言葉を慎め。教官に対して、“ボコる”とか言うな。

 でも、うっすら聞こえてくる4人の会話を聞くに――それと訓練開始直前のドルトム君の発言を察するに、普段このチームにおいて味方を後方から援護する役はドルトム君なのだろう。
 てっきりヘルちゃんと思っていたけど、ヘルちゃんはけたたましい叫び声とともに教官に殴りかかってるから絶対に違うし。
 あと今日のドルトム君は、俺にいいとこ見せようとしているらしい。
 見た目はお化けみたいだけど、健気で可愛いなぁ。

「おう。なかなかいいぞ。ドルトム? もっと激しく動け。炎を弱めるな。あと、ガルトはもう少し殺気を抑えろ。背後にいても動きが読めるぞ」

 教官であるミノタウロスの低い声が重々しく響き、戦いは激しさを増す。
 教官から遠回しに認められたことで、ドルトム君が教官との距離をさらに詰める。
 対照的に、そんなドルトム君から距離をとるようにフライブ君が教官との距離をとった。

「フライブ? 貴様、火に怯えすぎだ。ヘルタの魔法が守ってくれるから、そう簡単に燃えはせん」
「えぇ……でも……」
「私の防御魔法をナメないでくださいな!」
「うぅ……でも……」

 フライブ君が教官とヘルちゃんに怒られてる。
 やっぱり獣人族は火が苦手らしいけど、そういうとこは獣っぽい。
 でもそういうのは“本能”の話なんだろうから、そう簡単に克服なんて出来ないと思うけど……。

 フライブ君、可哀そうじゃね……?

 俺が腕を組みながらフライブ君に同情していると、困っているフライブ君の隣に殺し屋ガルト君が着地した。

「フライブ様? 教官を中心に、ドルトム様とは常に反対側に回ってくださいませ。2人で教官を挟む感じで。それであなた様が燃える危険性もなくなるはずです」
「おぉう! なるほど!」
「あの奥手なドルトム様がこんなにも血気に満ちておられる。今日はぜひとも教官から一本取りましょう!」
「うん! わかった!」

 おっ、ガルト君も意外と気配り出来んじゃん!

「さぁ、気を取り直して殺し合いの時間ですよー! ひゃーほーうッ!」

 やっぱ違った。
 あいつ、会話の最後に元の雰囲気に戻りやがった。
 いや、ガルト君の“元”がどっちなのかわかんなくなってきたけど。
 くっそ。騙された気分だわ。

 ……

 その後、俺たちが見守る中、激しい訓練は30分近く続いた。
 俺の斜め後ろに立っていたアルメさんが途中からなぜか興奮し始め、アルメさんの口から垂れたよだれが俺の肩にめっちゃ降ってきたわ。
 でもよだれを避けるために俺が少し移動すると、アルメさんも俺の動きに合わせて移動するんだ。
 んでまたよだれがたらたらと……。

 お守役として、常に俺のそばにいようとするアルメさんのそういう配慮も一流なんだろうけど、肩が冷たいからホント迷惑だ。
 けど殺気満々で唸るアルメさんに、俺が注意を出来るわけもない。
 なりふり構わず俺に襲いかかってきそうな殺気だからな。
 もうさ。そんなんなら、アルメさんもあれに混ざってこいよ。

「バレン将軍?」

 ここは1つ、肩の冷感を紛らわすためにバレン将軍と世間話などしてみよう。

「ん?」
「アルメさんはどれぐらい強いのですか?」

 その質問に、意外にもアルメさんが冷静な声で割り込んできた。

「わ、私ですか……? 私なんて、そんな……」
「いやいや。よく言うわ。タカーシ? こんな態度だけどアルメも相当強いぞ」
「へぇ! どれぐらいですか?」
「これぞオオカミ族の族長の血を受け継ぐリア家の末裔だ。ってぐらいに強いんだ」

 それはどれぐらいだ……?

「ななな……止めてください、バレン将軍! タカーシ様が誤解してしまいます!」

 あと、アルメさん。俺は今、バレン将軍に聞いているんだ。
 邪魔すんな。

「アルメさんは静かにしてください。バレン将軍? 例えばの話、あの教官と比べた場合、アルメさんはどれぐらいですか?」

 まぁ、あの教官の本当の強さは見たことないから、例えとしてはこれもわかりにくいけどな。
 もちろん教官もフライブ君たちの猛攻を余裕でさばいているぐらいだから、その強さは果てしないのだろう。
 でもバレン将軍はそんな教官よりも強いんだろうし、俺はオオカミ族の平均的な強さなんて知らないし。
 今俺が例えに使えるのはあの教官だけなんだ。

「うーん……バーダーとアルメ……そうだなぁ……」

 俺の問いに、バレン将軍は少しだけ沈黙し、呟くように言った。

「バーダーと……同じ……ぐらいかな……?」

 おいおい! あの教官と同じぐらいって!
 めっちゃ強いんじゃねぇの!?

「おぉ! すごいですね!」
「そ、そんな……私はそんな……くーん……おてんばではありません……くーう……」

 あのさぁ、アルメさん。何アピールだ?
 あの教官と同じぐらい強いんだとしたら、“おてんば”なんて言葉じゃ済まねぇよ。
 それとバレン将軍の評価を頂いて、アルメさんの尻尾がぱたぱた揺れてる。
 嬉しんだろ? 嬉しいんなら、正直にそう言えよォ!

「またまたァ! アルメさん、謙遜ちゃってェ!」
「あははッ! そうだぞ。アルメ? その強さは誇りに思え!
 あと、いいか、タカーシ? アルメは将軍たる私の補佐官であるエスパニの従者だ。お前が生まれる前、アルメは戦場でエスパニの護衛もしていたんだ。
 エスパニは我が軍の頭脳と言ってもいいから、その護衛役には相応の強さが必要となる。アルメはそういう立場の魔族なんだぞ」

 なんかむかついたので試しにアルメさんをからかってみたら、その流れに乗ってバレン将軍がとんでもねぇお話をしてくれた。
 俺の親父とアルメさん。
 親父の仕事っぷりは見たことないし、アルメさんに限っては飼い犬のごとく軽く見ていたけど、この2人、もしかして凄いんじゃね?

 あと、俺らのからかいにアルメさんが更に恥ずかしがり、地面にあおむけで寝始めている。
 これ“降参”のポーズってことでいいんだろうか。
 アルメさんと戦場で相対しても、俺だったら褒め殺しでアルメさんを倒せるような気がする。

 ――じゃなくて。

「お。終わったぞ」

 バレン将軍の言葉を聞き、俺がふと前に意識を戻す。
 余裕の笑みを浮かべる教官の周りで、フライブ君たちが息を切らしながら地面に倒れていた。


しおり