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イチャラブデート

「明日の朝、この店に10時集合。遅れちゃダメよ?」
ベラドンナは俺に喋らせたくないのか、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

「ふ、ふざけるな! 一体どういう種類の冗談なんだ!」
「冗談じゃないぞ。ボスはお前に痛く熱を上げている」
ヒガンバナがからかうように言ってきた。

俺は無意識に貧乏ゆすりをしていた。
「……俺がカルミアとデートをすれば、レンジを解放するのか?」

「ただのデートじゃなくて、イチャラブデート、ね。まぁあなたが素直に言うことを聞けば、解放するんじゃないかしら。少なくともボスはそう言ってるわ」
カルミアは頭がどうかしてるのか?

眉間にしわを寄せる俺に対して、ベラドンナは
「もう一度言うけど、拒否権はないわよ。あなたが断れば、なんでも屋は死ぬことになる」
と言ってきた。
俺は承諾するしかなかった。


 翌朝。
俺は言われた通りに店で待機していた。
約束の時刻までは後五分ほどだ。

今日は随分と熱心に心臓が働いている。
俺は気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。

そして、店員に運ばれてきて、テーブルに置かれた位置から一度も動いていないコーヒーカップを見た。

緊張のせいか、飲むのを忘れていたコーヒーにようやく手をつける気になって、カップに触れたその時。
背後から手で目を覆われた。
一瞬、その手から甘い香りがした。

そして
「だーれだ」
と耳元で囁かれた。
吐息が耳にかかり、俺は身震いした。

もう何年も聞いていないはずなのに、脳が一瞬で声の主を探り当てる。

「……カルミア」
「うふふ。正解よ……」
耳元でまた囁かれた後、目を覆っていた手が離れた。
無駄に魅力的な声に腹が立つ。

「妙に色っぽい喋り方をするな。気持ち悪い」
「あらまあ。随分とご挨拶じゃない? 口が悪くなったわね、キリンさん」
カルミアはそう言って、俺の対面に座った。

信じられないほど見た目が変わっていない。
俺の三年前の記憶からそのまま飛び出してきたようだ。

相変わらず妖艶な笑みを浮かべて俺の目をじっと見てくる。

「もし俺の口が悪くなっているとすれば、それはお前のせいだろうな。会いたかったよ、カルミア」
「可愛いこと言うじゃない」
皮肉を込めたつもりだが、カルミアは気にすることなく楽しそうにクスクス笑った。

こいつが喋るたびに、なんだか喉の奥がムズムズする。

カルミアの声は、ずっと聴いていたいような気もするし、もう一瞬たりとも聴きたくないとも感じる不思議な声だ。

「じゃあさっそくなのだけれど私、あなたと行きたいところがあるの」
「……本当に俺とデートなんて茶番を演じるつもりか」

「デートじゃないわ。イチャラブデートよ」
「それなんなんだよ。いちいち訂正してくるな」

「だったら間違えなければいいわ。あなたは今から私とイチャイチャラブラブするの。だからイチャラブデートよ」
「頭の悪そうな単語だ」

「なんてこと言うのよ。あなた、自分の立場分かってる? 人質を取られているのよ? 私の機嫌を損ねるような発言は慎むべきだと思わない?」
「……」

「あなたは今、私に逆らえないの。命令されたら従いなさい。はい、笑顔」
俺は殺意を必死に抑えながら無理やり口角を上げた。

カルミアは満足そうに
「よくできました」
と言って笑った。

地獄だ。
なんの理由があってこんな屈辱を味わわなければならないのか。
俺の顔は自然と険しくなった。

「あら、一瞬で笑顔が消えてしまったわね。まぁいいわ。時間がもったいないし、そろそろ行きましょう」
俺たちは店を出て、並んで歩き始めた。


 俺は店を出てすぐにカルミアに訊いた。
「どこに行くつもりだ」
「ふふ。お楽しみよ。それより手、繋ぎましょ」
「……チッ」
「今、舌打ちが聞こえた気がしたのだけれど?」

「毒物を扱い過ぎて幻聴が聞こえるようになったのか。気の毒だな」
「毒だけに?」

「……なぁ。俺がスベったみたいになるから、しょうもないことを言うのは止めてくれないか?」
「もう、キリンさんったら酷いのね。そんな言い方ないじゃない」
カルミアは頬を膨らませた。

嘘くさい。
実際はこいつは何も感じちゃいないのだろう。

怒っているように見えても、楽しんでいるように見えても、そのすべてが嘘だと思った方がいい。

一度騙されているんだ。
そう簡単に二度も騙されてたまるか。

「話を逸らしたって誤魔化されないわよ。私は手を繋ぎたいの」
カルミアは俺の手を取ろうとして、俺は反射的にそれから逃れた。

カルミアが俺の顔を見る。
「何を恥ずかしがってるのよ。手くらい繋いだっていいじゃない。シャイね」

「なんでお前と手なんか繋がなければならないんだ」
「あら、もうお忘れ? あなたは今人質を取られていて、私には逆らえな」
「チッ」

「あ、今のは完全に舌打ちしたわね。しっかり聞いたし、口の動きも見たわ」

「じゃあお前は目と耳が腐っているんだ。哀れだな」
「哀れだけに?」
「哀れだけに? 哀れだけにってなんだよ。何にもかかってないじゃないか。下手くそか。適当なことを言うな」

「ツッコミがハードね。気に入らないわ。命令よ、ツッコミはソフトにしなさい」
「くだらないことに権限を行使するな」

「キリンさん、ツッコミ役なかなかイケるわね。私と夫婦漫才をやるってのはどう? 昔も一度言ったけれど、私と結婚しない?」

「お前との結婚生活はきっとスリリングなんだろうな。万が一お前と結婚することになれば、俺は結婚初日から離婚の手続きを始める。だがその手続きより先に俺の葬式が終わるだろうよ」
「キリンさんは私のことをなんだと思ってるの?」

「大量殺人犯を数多く抱える巨大暗殺組織のボスにして、自身も大量殺人犯である性悪女」
「素敵な評価ね。どうもありがとう。とっても嬉しいわっ!」
と言いながら、油断していた俺の手をカルミアは急に掴んできた。

「ふふ。やっと捕まえた」
純粋無垢な少女のように晴れ晴れとした笑顔を作るカルミアを見てもなお、こいつに対する殺意が鈍らないことに俺は安堵していた。

大丈夫だ。
俺はちゃんとこいつのことを恨んでいる。

今はレンジを人質にされているという事情があるから行動に移せないが、レンジを解放した(あかつき)には迷うことなくカルミアを殺せるはずだ。
俺の復讐心は、間違いなく本物のはずだ。

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