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「今日に限って車に替えの服がないのよ。これ着なさい」

「え、いやでも、わたし濡れてるから・・・」

「だから着るんでしょう」

「でも、早坂さんの服が濡れちゃうし」

「脱がされたい?」

「お言葉に甘えます!」

渋々パーカーを脱いだわたしに早坂さんは自分の服を着せてくれた。まるで子供のように。
前回同様、トレーナーというよりワンピース状態だ。そしてあったかい。そして、とてつもなく良い匂いがする。

早坂さんがギョッとして、自分が無意識に袖の匂いを嗅いでいた事に気づく。

「臭う?」

「はい。良い匂いがプンプンと」

早坂さんはプッと笑った。「あなたには負けるわよ」

──どういう意味だ?わたしは臭うのか?何臭だ?

「早坂さん寒くな・・・」言いかけて、ハッと気づいた。早坂さんの腕に巻かれている包帯に。

「なんですか、ソレ」

「え?」本人も言われて気づいたようだ。「ああ、ちょっとね」

「ちょっと、なんですか」

「料理中にミスって切っちゃったのよ。大した事ないわ」

「包丁で?」

「ええ」

「どうやったらソコを切るんですか」包帯が巻かれているのは、右肘から前腕にかけてだ。

「よく覚えてないわ。よそ見してたのかしら」

なんて、白々しい。それに、普段意味もなくわたしを見てくるくせに、目を合わせない。これはバツが悪い時の早坂さんだ。

「やっぱり、昨日怪我してたんですね」

「違うわよ」

わたしは、早坂さんに"された"事を真似した。早坂さんの両頬を押さえ、無理矢理自分に向かせる。

「正直に言ってください」

早坂さんは虚を突かれたように固まっている。

「なんで、嘘つくんですか・・・わたし嫌なんです、そうやって平気なフリして・・・わたしだけ知らないで・・・守られて・・・」

声が震えて、それ以上言えなかった。自分の情けなさに涙が込み上げてくる。泣くな。早坂さんを困らせるだけだ。

早坂さんの力強い腕が、わたしを抱き寄せた。
それによって、更に涙腺が弱くなる。

「・・・ムカつく」

「ゴメン。怒らないで」耳元で早坂さんが囁いた。

「怒ってないです」

「ムカつくんでしょ」

「自分にです」情けなくて泣き虫な自分に。

「だから嫌なのよ」早坂さんの吐く息を耳の中に感じてゾクッとした。「あなたは何かあると自分を責めるから。自分がこうしてたらって、思うでしょ」

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