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第34話 地獄の乗り物で、福岡へ



「うぅ……全然寝れなかった」

 定期試験が終わった夏休みの8月前半。35度にも迫る猛暑の博多駅。

 11時ごろにエキナカのカフェでカフェオレを飲みながら、ズキズキしている頭を押さえながら囁く。

「私もですわ……」

 ミトラも、机に突っ伏してぐったりとしている。どよ~~んとした雰囲気。

 そうなってる理由は簡単。移動手段にある。

 先週あたり、福岡の牛頸ダムという所で妖怪が暴れているとのことで行くことになったのだが──。

「夜行バス、もう一生乗りたくないですの~~」

 ミトラの言葉の通り、そこまでの移動手段が何と夜行バスだったのだ。妖怪省から交通費の移動手段が出る代わりに、その乗り物が指定されているのだ。なんでも、予算不足なのだとか。
 一度新宿バスターミナルに行ってから、博多行き夜行バス「めんたいこ号」に乗る。

 この夜行バス。当然座席となっていてそこで一夜を明かすことになっているのだが、4列で狭くて、よく揺れる。
 全く寝れない……。寝つけずに寝れたと思ったら数十分ですぐに起きてしまう。

「これは、逆浦島太郎現象ですの、眠ったと思ったら起きて、バスが全然進まない」

「わかる……」

 それを、夜ずっと繰り返してた。おかげで、全く熟睡できない。今も眠くって、時折うとうとしてしまう。正直、二度と乗りたくない。

「けつの肉が取れる夢を見ましたわ」

「かわいい女の子がケツとか言わないの」

 壇ノ浦SAで休憩をとった時は、もうどこかに向かって発狂して叫びそうだった。
 遠征になっていきなり、とんだ災難だった。

 そして、半日近い旅を終え、天神バスターミナルへ。

 そこから、集合場所の博多駅へ移動して、少し時間があったので近くのカフェで休憩をとっていたのだ。

「とりあえず、最寄り駅まで行ってお昼にしよう?」

「そうですわね」

 ということだ。気持ちを切り替えて、そろそろ出発しよう。大きくあくびをして、私は席を立つ。
 それから、電車で最寄の二日市駅へ。駅を降りたあたりでお腹が鳴った。スマホを見るとすでに12時。

 どこか美味しそうな店がないかスマホで調べようとすると──。

「ここがいいですわ~~」

 ミトラがご機嫌そうな表情で私のシャツを引っ張る。ミトラが指さした先に、愕然とした。

「ウナギ屋さん──高そう」

 そう、古風なやや古びた建物に「ウナギ屋」という表示。絶対高級店だよね。
 独り身の学生としては、入るのは厳しそう。

「凛音はつまらないですの。せっかくの遠征なのですから、ウナギの一つでも食べたいですの!」

「旅行じゃないんだから」

「せっかく遠くまで来たんですから、そこの美味しいものを食べなければつまらないですの!」

 入り口の古びた標品の料理の下に、料理の値段。
 値段は、さすがといったところで5000円近く。それでも、妖怪退治で受け取ったお金があれば特に問題はない。

「いいじゃないですの! また戦って稼げば!」

 考えてみれば、これから命を懸けるような戦いが待っているのだ。
 それを考えれば、こうして楽しみを作るくらいあってもいいか。

「わかったよ……」

「やった~~ですわ!」

 ノリノリのミトラが、そう言ってぎゅっと抱き着いてくる。なびいた髪の毛から、甘酸っぱい香りがして心臓が高鳴ってしまう。

 そして、がらがらと扉を開けて店へ。

 お座敷の向かい合わせの席に座る。
 お茶をすすりながらメニューを見る。高い。でも、美味しいものを食べて元気を出して妖怪を退治して、また稼げばいいや。

 ミトラと同じうな重(上)を頼む。
 高かったけど、ふわふわしたウナギとご飯がとてもマッチしていた。

 表情が、自然と蕩けて囁く。

「お、おいしい~~」

 思わず、ほっぺたが落ちそうになる。ミトラは、まるでこれが旅行であるかのように大はしゃぎをしていた。

 まるで、これが楽しい旅行であるかのように。いろいろ聞きたいこともあるし、一応聞いてみよう。

「あのさ、集合時間何時だっけ?」

「まあまあ、まだ早いですわ」

「天拝の里温泉。14時でしょ? 大丈夫だよね」

 今の時間は……12時半くらい。
 天拝の里まではバスで45分くらい。バスはあと30分後。

 なら大丈夫か。

「これから死闘が続くですの。ちょっとくらい、楽しみがあった方がはかどりますわ」

「わかったよもう」

 なんというか、戦い慣れてる感じだ。
 確かに、戦いというのはもう命懸けだし、毎回ボロボロになるまで死闘を繰り広げている。なら、ベストなパフォーマンスのために、こうしてリラックスした方がいいの……かな?


 そして、食事が終わって移動開始。やっぱりウナギは美味しかった。ふわふわで、トロトロ。でも高い。3日分の食事代が一瞬で消し飛ぶ。


 ちょっと、節約を覚えた方がいいな。

 それから、バスで温泉まで移動。
 田園地帯を抜け、住宅が連なる街並みの中を進んでいく。

 集合場所が近づくにつれて、心臓がバクバクする。

 今回は、今までの戦いとは決定的に違う部分がある。

 なんと、妖怪省の人と合同で戦いなのだと。
 今までのように、個人で戦うのではない。

 それだけ、大きな妖怪が暴れているらしいい。

 大丈夫かな……。学校ですらろくすっぽに友達ができなくて、琴美とクラスが別だったときなんかはいつも一人で机に突っ伏してたり、ぼーっと教室の外を見ていた。周囲と打ち解ける方法が全く分からない私。

 コミュ障で、頭の中に台本がないとうまくしゃべれなくて……。

 何とか、浮いたりしないように頑張らないと。

 そんなことを考えていると、ミトラが話しかけてくる。

「今回の戦いの指揮官ですが──妖怪省の中でもかなり厳しくてうるさい人ですの」

「どんな感じ?」

 嫌な感じだ。目をつけられたりしないといいけど……。

「一応凛音が半妖ということは伝えて、足引っ張らなければ大丈夫だとは言われましたの。でも、軽率な行動をとることはおやめくださいまし」

「うん、わかった」

 とっても緊張するなぁ……。

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