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全ての掃除を終えた時、店内の時計は23時を10分回っていた。
みんなより先に着替えを済ませ、帰る準備に取り掛かる。
「お先に失礼します!みんな帰り気をつけて」
「あれ〜?そんなに急いで、デート?」
いつも通り店長は無視して、速やかに店を出た。
片付けの段階で気づいていたが、いつもの場所に早坂さんの車が停まっている。そして、いつものように車体に寄りかかるシルエットが1つ。わたしに気づいた早坂さんが、こちらへ向かってきた。
いやだから、来なくていいですから!あまり近くに来られるとみんなから見えてしまう。いや、別に見られてマズイ事はないけれども。
わたしも速足で駆け寄る。
「雪音ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です。遅くなってすみません」
「まだ11時過ぎたばかりよ」
今日の早坂さんは黒のパーカーに同じく黒のパンツ。全身黒でこんなに映えて見えるのは、着ている人間のステータスか?それとも贔屓目によるものか?
「・・・睨まれてる?」
「いいえ。というか、わざわざ外で待ってなくていいですから」
「途中で何かあったらどうするのッ」
「10メートルもないですけどね」まったく、どこまで本気で言ってるのか。「瀬野さんは車ですか?」
「ええ、さっきまでグースカ寝てたわ。さ、行きましょ。大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫です」
「早坂さぁ〜ん」
突如後ろから聞こえてきた声に、背筋が凍った。毎日店で聞いている、猫撫で声。いつもより3オクターブは高い。
「あら?春香ちゃん。こんばんは」
「こんばんは〜。いつ見ても、グッドルッキングガイですねっ」
「まあ、お世辞が上手ねぇ。ありがとう」
「春香?」 変な緊張感に襲われる。漫画ならダラダラと顔に汗をかいてるところだ。
「ほら、コレ」
そう言ってわたしに差し出したのは、「あれっ、わたしの?」
「カウンターに置いてあったわよ」
「ありゃっ、ゴメン、ありがと!」
「もお〜、携帯忘れるくらい早坂さんに早く会いたかったのねん」
──こ、この女、何を言い出すんだ。リアルに汗が噴き出してきた。
「あらそうなの?もお雪音ちゃんったら、でも気持ちは凄くわかるわよ」
抱き寄せた肩をポンポンされ、もう、どうにでもなってくれ。