長い髪
年末だからと俺の部屋の掃除に来てくれていた彼女は、急に少し怒った顔をして、俺に詰め寄ってきた。
「あんた、なに、この長い髪の毛」
「あ、ああ、それ気にするなよ」
「気にするな? どう見てもあたしや、あんたの髪よりも長い髪が、掃除してたあんたのベットに落ちてたのを見つけたのに、気にするなって無理でしょ」
「いや、本当に気にしなくていいって、ほら、それに、どこに髪の毛が?」
「え、あれ、消えた!?」
彼女は、キョロキョロ見渡すが、しっかりつまんでいたはずの髪の毛が忽然と消えていて狼狽していた。
「そう、すぐ消えるから、気にしても無駄なんだよ。俺も最初は慌てて、大家さんや不動屋さんに連絡したけど、その肝心の髪の毛が、すぐに消えちまうんで、いたずらはやめてくださいと注意されたよ。スマフォで撮ってみたけど、何も映らなくて、しかも、すぐに消えるから気にしないことにしたんだ」
「消えるからって、良く平気ね」
「女の幽霊を見るとか、金縛りとかないし、金もないから引っ越しは考えていない」
その日から、彼女は、良く俺の部屋に来るようになった。どこそこの神社のお守りとかお札を勝手に壁に貼り、ベットの上の髪を調べるのを繰り返すようになった。まるで、幽霊との根競べのように彼女は俺の部屋を訪れた。時には、霊感が強いという友達まで部屋に連れてきた。
俺は、早死にしたお袋の髪がとても長かったことを思い出していたが、そのことは彼女には伝えなかった。マザコンだったつもりはないし、早くに死んで、家を出て一人暮らしをしている息子の成長をただ見守りたいだけなら、俺一人が黙っていればいいと思っていた。そして、俺が、彼女と結婚し、そのアパートを出てからは、さすがに、長い髪がベットに落ちていることはなかった。