神の巻
「顔は隠せても、技は誤魔化せないぞ……一体、どういうつもりだ。
問い詰めるも返答は無い。
それどころか右腕を腰に添えると、
さらなる攻撃を仕掛ける気だ。
「仕方ない」
時空は神鏡を取り出すと、眼前にかざした。
我は
今再び一つにならん──
神鏡から迸った
時空の全身が、闘気に覆われる。
「ていっ!」
鋭い気合いと共に、黒甲冑が間合いを詰めた。
断続的に繰り出される突きが、時空の顔面、胸元、腹部を狙い打ちする。
急所への神速の攻撃は、驚くべき正確さだった。
だが、神器により身体能力の向上した時空は、それをギリギリでかわす。
相手の突きのリズムを見切ると、今度は攻撃に転じた。
「しゃあっ!」
掛け声一閃、八握剣の
瞬時に飛び
「ちいっ!」
状況不利と見た黒甲冑は、その場で両腕を交差させると身を低く落とした。
先程とは比べ物にならないほどの闘気が、全身から噴出する。
「
地表に打ち下ろされた正拳突きにより、地面に亀裂が走る。
それは血を這う蛇のごとく、真っ直ぐ時空に向かってきた。
時空は、反射的に後方へ回避した。
「
黒甲冑が叫ぶと同時に、地表の裂け目から岩石の
数え切れぬほどの
あまりの多さに、さすがの時空も避け切れなかった。
「くっ……!」
着地した時空の体は、無数の裂傷に覆われた。
瞼を流れる血で片目が見えない。
「これで最後だ!」
好機とばかりに、再び正拳突きを繰り出す黒甲冑。
片方の視力が無い状態では、迎え撃ってもかわされる公算が大きい。
時空は、迷わず剣を地面に突き立てた。
「
新しく修得した奥義を、地表に向かって放つ。
たちまち、時空の周囲に青い火柱が噴き上がった。
「きゃあぁぁ!!」
悲鳴が轟き、黒甲冑の体が炎に包まれる。
全身火だるまになりながら、地面を転げ回った。
「無駄だ。その炎は水でも消せない」
その言葉が聴こえたか、黒甲冑はよろめきながら立ち上がると、時空を睨みつけた。
そして炎を
その後ろ姿を目で追いながら、時空もまた片膝から崩れ落ちた。
*********
「ホントに大丈夫なの!?」
翌日、頭に包帯を巻いた時空を見て尊が声をかける。
「ああ。おかげさんで致命傷は受けていない。まあ、神器を持ってるから、すぐ治るさ」
「ご無事で何よりです……あ、お茶いれますね」
「渋いの頼む」
「あんたらねぇ……」
もはや【お約束】としか思えない柚羽と時空のやり取りに、尊はため息をつきながら首を振った。
「……すいません。私を送ってもらったばかりに、こんな……」
鈴が、申し訳無さそうに頭を下げる。
「よしてくれ!お前のせいじゃない……どのみち、奴は待ち伏せていたんだ。狙いはこの俺だからな」
慌てて手を振り否定する時空。
「それにしても先輩に怪我を負わせるとは、その黒甲冑の奴って相当の腕っすね」
晶が、珍しく真剣な口調で言った。
「相手に心当たりはないんすか?」
それには答えず、時空は尊の方を向くと神宝図を見せてくれと頼んだ。
尊は黙って頷くと、携帯を操作し時空の方に向ける。
それを眺めていた時空の目が光った。
「……やはり、そうか」
時空は納得したように呟くと、皆の顔を見回した。
「俺を襲ったあの黒い甲冑……あれは神器だ」
それを聴いた全員の顔に緊張が走る。
「確かなの!?」
思わず尊が声を上げる。
「ああ。奴に袈裟切りを仕掛けた際、一瞬だが甲冑の胸元にある紋様が見えた」
そう言って、時空は神宝図の一つを指し示した。
黒い逆さ卍の紋様──
「……
神器名を読み上げる凛の声に、その場の全員が息を呑んだ。
「どうやら見つかったようだな……七つ目の神器」
だが時空のその言葉に、誰一人安堵する者はいなかった。
「見つけたって言っても……敵じゃない!」
尊の語気が、さらに荒くなる。
「相手はどう見ても、あなたの命を狙ったんでしょ」
「そうです!もしそれが七つ目の神器だとしても、私たちの仲間になってもらえるとは思えません」
珍しく意見の合った尊と柚羽が、顔を見合わせ頷き合う。
「確かに、あの鳴動拳とかいう技は凄かったなぁ……一瞬、もうダメかと思った」
「ほら、やっぱりあなたを殺そうと……」
「……だが」
追い討ちをかけようとする尊を、時空は片手を上げて制した。
「奴が最後に放った正拳突きには、僅かに
その言葉には、反論を許さぬ強い響きがあった。
時空は剣道部の剣士であると同時に、一流の武芸者でもある。
日々の鍛錬によって
その時空が、相手を敵と認識していないのだ。
彼女の性格を熟知する尊を始め、誰も異論を唱える事が出来なかった。
「それじゃ何……そいつがあなたを襲った理由は、他にあると……」
「恐らくな」
尊の問いに、時空が静かに言い切る。
「そいつさえ分かれば、奴と通じ合えるチャンスはあると思うんだ」
宙を見つめる時空の瞳には、決意の輝きがあった。
「でも……一体、どうやって?」
不安そうな柚羽の問いに、晶と凛も同時に頷く。
「ゴチャゴチャ考えるのは性に合わないんでね……正攻法でいくさ」
「正攻法?」
晶と凛の驚く声が、またも重なる。
「【お話し】するんだよ。人と仲良くなるための基本だ」
「お、お話しって……」
「す、すいません……でも、いかにも時空さんらしいな、と思ったもので」
その言葉に、柚羽、晶、凛の三人も顔をほころばせた。
そうだ。
いかにも、この人らしい。
「でも、相手の正体は分かってるんすか?」
真顔に戻った晶が、深妙な口調で尋ねる。
「ああ、技に見覚えがある。つい昨日、奴とは睨み合ったばかりだからな」
そう言って、時空は苦笑いを浮かべた。
「その相手って……まさか!?」
時空の一言が、鈴の脳裏に【武闘館】での出来事を蘇らせた。
「そう……空手道部主将、朱雀幽巳だ。直接会って話してみる」
時空は、決意のこもった声で言い放った。