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神の巻

対峙(たいじ)する黒甲冑(くろかっちゅう)の人物は無言だった。

「顔は隠せても、技は誤魔化せないぞ……一体、どういうつもりだ。朱雀(すざく)幽巳(ゆみ)!」

問い詰めるも返答は無い。

それどころか右腕を腰に添えると、後屈(こうくつ)立ちで構え直した。

さらなる攻撃を仕掛ける気だ。

「仕方ない」

時空は神鏡を取り出すと、眼前にかざした。

我は()を待ち、()は我を待つ──

今再び一つにならん──

神鏡から迸った青藍(せいらん)の光が、八握剣(やつかのつるぎ)へと変貌を遂げた。

時空の全身が、闘気に覆われる。

「ていっ!」

鋭い気合いと共に、黒甲冑が間合いを詰めた。

断続的に繰り出される突きが、時空の顔面、胸元、腹部を狙い打ちする。
急所への神速の攻撃は、驚くべき正確さだった。
だが、神器により身体能力の向上した時空は、それをギリギリでかわす。
相手の突きのリズムを見切ると、今度は攻撃に転じた。

「しゃあっ!」

掛け声一閃、八握剣の袈裟(けさ)切りが相手の正面を薙ぎ払う。

瞬時に飛び退()く黒甲冑の肩口から血が舞った。

「ちいっ!」

状況不利と見た黒甲冑は、その場で両腕を交差させると身を低く落とした。
先程とは比べ物にならないほどの闘気が、全身から噴出する。

鳴動拳(めいどうけん)!!」

地表に打ち下ろされた正拳突きにより、地面に亀裂が走る。
それは血を這う蛇のごとく、真っ直ぐ時空に向かってきた。

時空は、反射的に後方へ回避した。

(のが)さん!」

黒甲冑が叫ぶと同時に、地表の裂け目から岩石の欠片(かけら)が噴出した。

数え切れぬほどの石礫(いしつぶて)が、鋭利な飛弾となって襲い掛かる。

あまりの多さに、さすがの時空も避け切れなかった。

「くっ……!」

着地した時空の体は、無数の裂傷に覆われた。

瞼を流れる血で片目が見えない。

「これで最後だ!」

好機とばかりに、再び正拳突きを繰り出す黒甲冑。

片方の視力が無い状態では、迎え撃ってもかわされる公算が大きい。

時空は、迷わず剣を地面に突き立てた。

霊鶏(れいけい)蒼炎(そうえん)!!」

新しく修得した奥義を、地表に向かって放つ。

たちまち、時空の周囲に青い火柱が噴き上がった。

「きゃあぁぁ!!」

悲鳴が轟き、黒甲冑の体が炎に包まれる。

全身火だるまになりながら、地面を転げ回った。

「無駄だ。その炎は水でも消せない」

その言葉が聴こえたか、黒甲冑はよろめきながら立ち上がると、時空を睨みつけた。

そして炎を(まと)ったまま、境内奥の林中へと姿を消した。

その後ろ姿を目で追いながら、時空もまた片膝から崩れ落ちた。


*********


「ホントに大丈夫なの!?」

翌日、頭に包帯を巻いた時空を見て尊が声をかける。

「ああ。おかげさんで致命傷は受けていない。まあ、神器を持ってるから、すぐ治るさ」

「ご無事で何よりです……あ、お茶いれますね」

「渋いの頼む」

「あんたらねぇ……」 

もはや【お約束】としか思えない柚羽と時空のやり取りに、尊はため息をつきながら首を振った。

「……すいません。私を送ってもらったばかりに、こんな……」

鈴が、申し訳無さそうに頭を下げる。

「よしてくれ!お前のせいじゃない……どのみち、奴は待ち伏せていたんだ。狙いはこの俺だからな」

慌てて手を振り否定する時空。

「それにしても先輩に怪我を負わせるとは、その黒甲冑の奴って相当の腕っすね」

晶が、珍しく真剣な口調で言った。

「相手に心当たりはないんすか?」

それには答えず、時空は尊の方を向くと神宝図を見せてくれと頼んだ。
尊は黙って頷くと、携帯を操作し時空の方に向ける。
それを眺めていた時空の目が光った。

「……やはり、そうか」

時空は納得したように呟くと、皆の顔を見回した。

「俺を襲ったあの黒い甲冑……あれは神器だ」

それを聴いた全員の顔に緊張が走る。

「確かなの!?」

思わず尊が声を上げる。

「ああ。奴に袈裟切りを仕掛けた際、一瞬だが甲冑の胸元にある紋様が見えた」

そう言って、時空は神宝図の一つを指し示した。

黒い逆さ卍の紋様──

「……蜂比礼(はちひれ)?」

神器名を読み上げる凛の声に、その場の全員が息を呑んだ。

「どうやら見つかったようだな……七つ目の神器」

だが時空のその言葉に、誰一人安堵する者はいなかった。

「見つけたって言っても……敵じゃない!」

尊の語気が、さらに荒くなる。

「相手はどう見ても、あなたの命を狙ったんでしょ」

「そうです!もしそれが七つ目の神器だとしても、私たちの仲間になってもらえるとは思えません」

珍しく意見の合った尊と柚羽が、顔を見合わせ頷き合う。

「確かに、あの鳴動拳とかいう技は凄かったなぁ……一瞬、もうダメかと思った」

「ほら、やっぱりあなたを殺そうと……」

「……だが」

追い討ちをかけようとする尊を、時空は片手を上げて制した。

「奴が最後に放った正拳突きには、僅かに躊躇(ためら)いがあった。俺には、奴が好んで俺を倒そうとしたとはどうしても思えないんだ」

その言葉には、反論を許さぬ強い響きがあった。

時空は剣道部の剣士であると同時に、一流の武芸者でもある。
日々の鍛錬によって(つちか)われた直感と、多くの闘いの中で養った人を見る目は確かなものがある。
その時空が、相手を敵と認識していないのだ。
彼女の性格を熟知する尊を始め、誰も異論を唱える事が出来なかった。

「それじゃ何……そいつがあなたを襲った理由は、他にあると……」

「恐らくな」

尊の問いに、時空が静かに言い切る。

「そいつさえ分かれば、奴と通じ合えるチャンスはあると思うんだ」

宙を見つめる時空の瞳には、決意の輝きがあった。

「でも……一体、どうやって?」

不安そうな柚羽の問いに、晶と凛も同時に頷く。

「ゴチャゴチャ考えるのは性に合わないんでね……正攻法でいくさ」

「正攻法?」

晶と凛の驚く声が、またも重なる。

「【お話し】するんだよ。人と仲良くなるための基本だ」

「お、お話しって……」

(あき)れ顔の尊の後ろで、鈴が思わずプッと噴き出した。

「す、すいません……でも、いかにも時空さんらしいな、と思ったもので」

その言葉に、柚羽、晶、凛の三人も顔をほころばせた。

そうだ。

いかにも、この人らしい。

「でも、相手の正体は分かってるんすか?」

真顔に戻った晶が、深妙な口調で尋ねる。

「ああ、技に見覚えがある。つい昨日、奴とは睨み合ったばかりだからな」

そう言って、時空は苦笑いを浮かべた。

「その相手って……まさか!?」

時空の一言が、鈴の脳裏に【武闘館】での出来事を蘇らせた。

「そう……空手道部主将、朱雀幽巳だ。直接会って話してみる」

時空は、決意のこもった声で言い放った。

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