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参章「人を撃てない狙撃手」ノ参

 カスパールが、撃った。
 通常弾を。
 弾丸は、バルムンクたちに背後から襲い掛かろうとしていた魔物の後頭部を破裂させた。

「…………………………………………は?」伊能は、全力で首を傾げた。

「あははははは! 神よ、主よ、我が王よ! 我に魔を滅する力を! メシア! メシア! メシア!」

 メシア教の祈りを連呼しながら、次々と通常弾を送り出していくカスパール。百発百中の【魔弾】が魔物たちの頭部や心臓に当たっては爆発し、対象を絶命させていく。

「…………は?」伊能は全力で首を傾げる。「ちょっ、ちょっと待ってくだされ。カスパール殿、アナタ様は生き物を撃てなかったはずでは?」

「ワタクシが撃てないのは清き命だけです!」通常弾を撃ちながら、カスパール。「邪悪な魔物はこの世から一掃しなければ! あぁメシア!」

「あー……ナルホド、心の問題ではなく宗教上の問題じゃったか。そうと分かれば」切り替えの早さに定評のある伊能が、カスパールへと次の狙いを指示していく。「次はあの魔物を。仰角は――」

 一方的な戦いが始まった。正確無比な【測量】により、伊能はカスパールへ最適な標的を指示していく。バルムンクたちの進路を阻む魔物、こちらが潜む木を倒そうとしてくる魔物。一発につき、一匹。空恐ろしいほどの的確さでもって、カスパールは魔物の頭部や心臓を破砕させていく。
 そう、破砕だ。彼が撃ち出す弾、【魔弾】に触れたモノは、粉々に爆散する。百発百中なだけでなく、爆散する。これもまた【魔弾】の能力の一つなのだろうか。
 伊能とカスパールの援護の元、カッツェとバルムンクがすいすいと侵攻していく。このまま、【魔物使い】が潜む丘の上に到達できるかに思えたが、

「……つ、次の弾は」

「もう、ありませぬ。弾切れですじゃ」

 百体ほども屠った時、ついにカスパールの弾が尽きた。

「ここまでか」伊能は天を仰ぐ。「あとはバルムンク殿たちを信じるしか――えええええっ!?」

「メシア!」カスパールが、撃った。非殺傷弾を。非殺傷弾が魔物の頭部に当たり、爆発し、魔物を絶命させる。

「な、な、なんっ、なんじゃそれは~~~~!?」

「メシア! メシア! あぁ、メシア!」

 祈りを口にしながら、カスパールが撃ち続ける。非殺傷弾を。弾は生きているかのような軌道で魔物たちに襲い掛かり、その頭部を破砕させていく。
 だがついに、非殺傷弾すらも尽きてしまった。

「これでついに終わりか」今度こそ、伊能が天を仰いだ。が、

「あははははっ、メシアぁ!」

 カスパールは、こちらが潜む木に登ろうとしていた魔物に向けてマスケットを投げつけた。マスケットが魔物に当たり、爆発する。
 弾も銃も失うと、今度は木の実をむしり取り、指で弾いて飛ばす――いわゆる『指弾』を放つ。すると、魔物の頭部に着弾した木の実もまた爆発し、魔物を屠っていく。

「な、な、な、あはっ、あははは!」

 爆笑しながらも、伊能は木の実を集めてカスパールへ手渡していく。
 だが、ついには木の実すらも尽きてしまった。すると、

「父よ、主よ、我らをお守りください!」カスパールから木から飛び降りた。鮮やかに着地し、小石を拾い上げ、指弾にした。「あぁ、メシア!」

 魔物が数を減らしていく。どんどん、どんどん減らしていく。伊能は開いた口が塞がらない。先ほどまでの覚悟と悲壮感を返してもらいたい、とすら思う伊能だった。もう笑うしかない。
 盗賊に襲われたあの日、カスパールが震える声で「人が撃てないんです」と言ったあの時。伊能は「リリン閣下はきっと、無理を押して人材を集めてくださったのじゃろう」と思ったものだった。一流ではなくても、できるかぎり善処して二流を集めてくれたのだと。バルムンクを充てるので精一杯で、それ以上の最強人材を伊能探検隊に集めるのは、さしものリリンにも無理だったのだろう、と。

「とんでもない」無双するカスパールを眺めながら、伊能は笑う。「一流じゃ。カスパールは、超一流の狙撃手じゃ!」

【踏破距離:一、五九七キロメートル】

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