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「雪音さん、行くんすか?」一真くんのすがるような目に、返事が出来ない。
「あー・・・」
肩を抱く手に力が込められ、早坂さんを見上げると、真っ直ぐな目でわたしを見た。そんな眼差しを向けられたら、抗えない。
「ごめん、一真くん・・・また今度ね」
一真くんは、はあと溜め息を吐き、あからさまに肩を落とした。
「わかりました。あの、雪音さん」
「ん?」
「じゃあってわけじゃないけど、この前の約束、明日でもいいですか?俺、明日も出るんで」
約束って、2人で飲みに行くって事だよね。「あ、うん。オーケー」
早坂さんが、強引にわたしの身体の向きを変えた。
「それじゃあみなさん、おやすみなさい」
ほぼ強制的に車に連行される。
「雪音さんっ、明日楽しみにしてます」
肩に乗る早坂さんの腕で、振り向けない。
「また明日ー!店長、春香ヨロシクです!」
「はいはーい、ちゃんと送り届けるよ〜」
早坂さんは助手席のドアを開け、わたしが乗るとすぐにドアを閉めた。運転席に戻ると同時にエンジンをかけ、車を走らせる。
「・・・少し強引じゃないですか」
「ごめん」
返ってきたのは、その一言だけだった。それからはお互い、無言が続く。
聞こえるのは、車内の音楽とエンジン音だけ。いつもは気にならないウインカーの音が、今日はやけに耳に響いた。
──どうしよう。気まず過ぎる。
早坂さんは、怒ってるんだろうか。謝らなければとわかっていても、この重い空気に口が閉ざされる。家に着くまでに、謝るんだ。一言、ごめんなさいと言え。
口を開けては閉じるを30回ほど繰り返し、気づけば、アパートの前に車が停まっていた。
この根性無し。自分を殴りたい。ボコボコに。
「ごめんなさい」
そう、その一言がなぜ出ない。──・・・えっ?
「怒ってるわよね」
早坂さんは前を向いたまま、神妙な面持ちだ。まさかの、先を越された。
「なんで、早坂さんが謝るんですか」
「いや、頭ごなしに言い過ぎたと思って。あなたの言い分も聞かずに。反省してるわ」
ああ・・・こうなるのか。とてつもない自己嫌悪に陥る。
「やめてください」
「え?」
「早坂さんが謝る事なんて何もないんです。悪いのはわたしだから・・・ごめんなさい」
「いや、あなたは悪くないでしょ。なんで謝るのよ」
「・・・わたしが感情的になってただけなんです。早坂さんは、わたしの事心配してるだけってわかってるのに。一方的に怒って、子供みたいな事しちゃいました」
罪悪感と恥ずかしさで、顔が上げられない。