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「何よアンタ、シカト?」
店の更衣室を開けるなり、春香にかけられた第一声である。
「おはよう。もしかして、何か連絡した?」
「したわよ。昨日言った本、忘れないようにって」
「あー、ごめん。電源切ってた」
「・・・なんのために?」
「ちょっといろいろあって。ちなみに、はい」本が入っている紙袋を春香に渡す。
「おっ、サンキュー。どうだった?あ、ネタバレ無しで」
「うん、良かったよ。でも、前作には負けるかな」
春香に渡したのは、わたしが昔から愛読しているミステリー小説だ。主人公は警察官の若い夫婦2人。その2人が息を合わせ怪事件に挑んでいくという内容だ。ちなみに、これがシリーズ9作目。1作目を春香に貸したところ、どハマりした。
「ふうーん。それで?早坂さんと喧嘩でもしたの?」
思わず、シャツのボタンを留める手が止まった。「・・・Why?」
「携帯の電源切るなんて、恋人の連絡避ける時くらいでしょ」
「恋人じゃない。・・・喧嘩というか、わたしが勝手に怒ってしまったというか」
「浮気でもされた?」
「だから、付き合ってない!」
「何でご立腹か知らないけど、子供みたいな事してんじゃないわよ」
「うっ・・・いや、わかってるんだけど、電源切ったらさ、戻すタイミング失っちゃって・・・」
電源を入れた後、携帯を見るのが怖い、というのが本音だ。早坂さんの事だから大量に不在が入っているか、もしくは呆れられて何の連絡も無いか。どちらにせよ、知るのが怖い。
「それに、店の事で緊急の連絡があったらどーするわけ?」
「ですよね・・・ごめんなさい」
「まあ、こじらせる前に早く謝って仲直りしなさいよ」
「・・・あい」
わたしの中ではすでにこじれているんだが。
仕事が終わったら、謝罪の連絡を入れよう。
22時を回ったところで、店内の客は1組だけとなった。
わたしと春香、一真くんは、その客に注目している。なぜかと言うと、2人の関係性を確かめるためだ。1人は、60歳くらいの男性。もう1人は、20後半から30前半の女性。
一見、親子に見えるが、その行動は恋人同士を思わせるものでしかない。