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ナホの父はロクデナシだ。
 彼女の家は小さいクリーニング店を営んでいたが家業を手伝っている父の姿をナホは見た事がない。
 ナホの知っている父の姿は飲んだくれて寝ているか、若い女の尻を追っかけているか、どちらかである。

 父は四六時中、女の所にいる。

 でもナホは悲嘆に暮れるわけでもなく母と二人、穏やかに暮らしている。
 だから、なまじ帰ってこられると目障りなのだが父は三日とあけずに戻って来ては店のレジから金をくすねて、また女の所にいそいそと行くのだ。

 そんなナホの家を見て周囲の人は皆、離婚する事を勧めたが母はまだ父に愛情があるのか、かたくなに離婚しなかった。

 ある日、父は驚いたことに女と心中した。
 
 報せを聞いた母は髪を振り乱し現場に駆けつけると父の身体にすがり付いて懇願した。

「アンタ、死なないでおくれ」

 その姿を見てからは誰も母に離婚を勧める者はいなくなった。

 結局、女は亡くなり一命をとりとめた父はナホ達の所に戻って来た。

 それから母の献身的な介護が始まった。

 身体を動かす事も話す事も出来ない父の世話とクリーニング店をワンオペでこなした。

 そして一年たったある日。

 夜中の十二時を過ぎると母は静かに言った。
「これで終わった、長い一年だった」

 三年前、父は生命保険に加入した。
 酒ばっかり飲んでいるから肝硬変(かんこうへん)にでもなってどうせ早死するだろう、と思い母は父を加入させたのだが二年で父は心中をはかってしまう。

 加入から三年以内の自殺による死亡には生命保険金はおりない。

 あと一年、父を死なせるわけにはいかない、
 その日から母の戦いが始まったのだ。

 そして一年、待ちに待ったこの日を迎えた。

 母は訊いた。
「ナホ、お父さん、必要?」
「ううん、いらない」

 翌日から周りに悟られぬ様に父の食事は少しずつ減らされ……半年後、父は衰弱死した。

「これで帳じりがあった、今までの苦労が(むく)われた」

 母は父の亡骸(なきがら)を見て言った。


 そして二十年の月日が流れナホは結婚していた。
 夕食のシチューを作り終え時計を見ると八時になろうとしていた。
 
 突如、スマホの画面にメッセージが映し出される。
 夫からだった。

 ごめん、残業で遅くなるから先にご飯、食べちゃって

 ナホはため息をつくと皿にシチューを入れ一人(わび)しく食卓についた。

 彼女はシチューを頬張りながら考える。


 ふん、残業なんてウソ、浮気相手といるんでしょ
 さてと、帳じりをあわす何か良い方法はないかしら?

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