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第22話 ミトラが、抱き着いてくる

 芝狸はポカンと口を開けて唖然とし始めた。
 そして──。

「アブバババ。ウビィィィィィィィィィィィィッッッ──!」

 さっきまでとは一転して、顔を真っ赤にした芝狸が吠える。逆上しているかのように。

「随分と、感情を隠すのが下手でございまして」

 ミトラの言葉通り、図星のようだ。再び前にいる前衛の分身たちが一斉に襲い掛かってくる。しかし、私はかわそうともしない。
 光線状の攻撃を放出する。
 それだけで5体程、向かってきた分身達が爆発し消滅していった。

「無駄ですわ。奇襲ができなければこいつらはただ感情のまま向かってくるだけ」

 明らかに動揺を隠せないでいる。

 私が舞い、攻撃が飛ぶごとに分身達は爆発し、消滅していく。ものの数分で、分身達は消滅していった。
 そして、とどめを刺す。

 氷華二旋
 ──暴風雪──

 全力の攻撃が芝狸に直撃。

「グヴェヴェヴェヴェヴェヴェヴェヴェッッッッッッ。ヴォォォォォォ──」

 ドォォォォォォォォォォォォォォォン!!
 そして芝狸の肉体は蒸発するかのように消滅していった。その瞬間、ミトラを地面に下ろす。何とか勝利したという事実。疲れ切ったこともあって、その場にへたり込んでしまった。

「ふぅ。何とか勝った……」

 私はほっと息をなでおろす。座り込んだ瞬間、疲れがどっと襲ってきて、身体がとても重い。すると、ミトラが身体を引きずって私の元へとやってきた。

「あのー凛音」
「何?」

 ミトラは指をツンツンして、罪悪感を感じていそうな言葉使いで質問してくる。

「凛音が助けに来た時、私どうなってました?」
「後ろから来た芝狸に、鎌で首を飛ばされるところでしたね……」
「本当ですの?」
「本当だよ。あの時は、私も必死で止めようとしたんだから。もう……」

 うずくまっているミトラの頭を優しくなでる。するとミトラの目に、うっすらと涙が浮かんでいるのがわかる。やはり、死を意識していたのだろう。
 そして──。

「んんんん~~~~~っっ」

 ミトラはなんともいえない表情で私に抱き着いてきたのだ。

「もうっ、凛音のバカ!!」

 そして胸に顔をぎゅっと押し付け、全く離さない。

「な、何?」
「凛音 私ショックでしたのよ!! 」
「凛音が一緒は嫌だって言った時、本当にショックでしたの。私の心を鷲掴みにされて、粉々に砕かれるような感じで、締め付けられるくらい胸が苦しくて、ここに来るまで涙をこらえるのに精一杯でしたの!!」

 そして涙目のまま上目使いで私を見てくる。あまりのミトラのきれいさに、思わず胸がドキドキし、顔を赤面させてしまう。
 涙目のミトラは、女の私でも直視できなくなるくらい綺麗でその美しさを引き立てているのだ。

「ご、ごめん。私だって、そんなつもりじゃなくて、その──」

 私はしどろもどろになりながら事情を説明した。

「私は逃げたかったわけじゃなくて、その──。ミトラを失いたくなかっただけで、一緒に戦いたいけど……。傷つかないように、もっと考えて戦いたいって言いたかっただけで……」

 頭がいっぱいで、気持ちの整理ができなくて、言葉がぐちゃぐちゃになってしまう。それでも、懸命に、自分の気持ちを伝えていく。
 そしてミトラは泣き止むと、私の胸から顔を離して零れ落ちる涙を右手で救い、ボソッと囁いた。

「もうっ。バカ──」
「ごめん。1人にして、これからも、よろしくね」

 私はミトラに向けてフッと笑みを浮かべもう一度、今度は自分からぎゅっと抱きしめた。
 今までミトラを不安にさせてしまった、一人にさせてしまったことに、少しでも埋め合わせするように──。
 私達がそんな余韻に浸っていたその時──。

「ウヒュヒュゥゥ──」

 遠くから聞こえてきた音。私はピクリと肩を反応させ、慌てて周囲を見回す。
 次第にがさがさとした物音が聞こえだし、その音がだんだん大きくなっていく。そして──。

「ウビュビュビュビュゥゥゥゥッッッッ──」

 怖気が走った。黒板を爪でひっかいたような、聞いただけで体に震えが走る険悪感を具体化したような音。
 慌てて顔を離し、振り返る。

「まだ、いましたのね……」
 さっき見た、1メートルくらいある蛾だ。それも4、5匹くらい。
 私もミトラも一気に警戒モードになり、蛾ににらみを利かせる。

「まだ、戦える?」
「……1、2匹くらいなら──」

 手負いのミトラ。流石に全部は厳しいようだ。私も、妖力がほとんどない。せいぜい氷柱刺し一撃分くらいか……。
 私が考えている間にも、大きな蛾はこっちを見て異音を発し続けている。敵意を持っているのが、私でも理解できた。
 仕方ない。例え私が死んでも、ミトラだけは──生きてここから返す!
 もう戦えないと悲鳴を上げる身体を、強引に起こした。疲れ切って鉛のように重い太ももを強引に動かし、再び立ち上がる。
 身体は震え、立っているのがやっと……。最後の力を振り絞って、扇子を構えて叫んだ。

「さあ来い! ミトラは、私が守る!」

「凛音。無茶ですわ、死にますの!」

 背後からのミトラの叫び。私は言葉を返さない。わかっているからだ、そんなことは──。
 けれど、私を守ってくれた人を見捨てて、自分だけ生き残るなんて──絶対にできない。そんな人が、私を守ってくれたから、今の私がいるんだから!
 そして蛾たちは全力で私に突っ込んできた。
 私が最後の力を振り絞り、扇子を天に向かって上げた。
 この一撃で仕留めきれなければ、私の負け。
 そして魔力を込めようとしたとき──。

「君、すごいのう。大した奴じゃけん」

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