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「お嬢さん」
一瞬、聞き間違いかと思ったが、男性はわたしを見ている。わたしに言ったのか。
「はい?」自分を指さして言った。
「ビール飲まないかい?」
「・・・えっ」
「冷えてるよ。どうだい?」
「・・・いえ、わたしは・・・いただきます」
遠慮がちに受け取ったビールを図々しく喉に流し込むと、辺りが天国へと変わった。「くう〜、すみません、美味しいです」
「青空の下で飲む酒は美味いよなあ」そう言って、男性も一口飲む。ゆっくり、飲む人なんだな。あの酒豪に見せてやりたい。
それからは話しかけてくる事もなく、不思議な空間の中、お互い景色を見ながらビールを飲み進めた。
「ご近所さん、ですか?」
「そうだよ。もう何十年も此処に住んでる。お嬢さんは?」
「わたしもこの辺に住んでます。凄く良い所ですよね」
「川の流れを見てると気持ちが安らぐね。不思議だよ」
「わかります。わたしもここに来ると癒されるから」
「若いのに」
なんというか、笑い方が控えめな人だ。「いつも、ここでお酒を飲むんですか?」
男性はまたゆっくりとビールを口に運ぶ。「今は週に2、3回かな。定年してから妻と毎日のように散歩していたんだけどね」
「・・・奥さんは?」
「死んだよ。3年前にね。最初は此処に来るのも辛かったけど、時間が解決してくれものだね。今は此処に来ると、妻と一緒にいる気がして気持ちが穏やかになる。これまた不思議だね」
「・・・奥さんが、夢に出てくる事は、ありますか?」
「ん?」
「あっ、いえ、すみません唐突に・・・」
「悲しい事に、妻の夢を見ることは今はもう、あまりないな。もっと出てきてくれてもいいんだけどね。お嬢さんも、誰かを夢に見るのかな?」
「・・・亡くなった母親が。わたしの場合は、出て来てくれて嬉しいって思える内容じゃないんですけどね」笑いを含めて言った(つもりだ)。
「生きていれば、いろんな事がある。生きてる人間に出来るのは、生きる事だ。簡単な様で、難しい事だね」
「・・・そうですね」
ビールを一気飲みしたのは、上を見ないと、いろんなモノが溢れ出そうだったから。
「プハ──ッ!美味い!」
ククッと笑い声が聞こえた。「良い飲みっぷりだ」
「ご馳走様でした」
立ち上がり、袋の中の煎餅を男性に差し出した。「ビールのお礼です」
男性はフッと笑い、ありがとうと受け取った。男性の隣に、もう1つ、チョコレート菓子を置く。
「2つもかい?」
「奥さんに」
男性は瞬きをすると、目を細くして微笑んだ。目尻に出来る深い皺に、この人の人生を感じた気がした。
「ありがとう。妻も喜んでるよ」