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「答えなさいよ」男を見下ろす早坂さんの目は、恐ろしいほど冷ややかだ。
それでも黙り込む男の頭を、早坂さんが片手で掴み、こちらを向かせた。
「お耳が聞こえないのかしら?」
早坂さんが悪魔にしか見えない。「どうして、わたしの事つけてたんですか?」
「・・・俺はただ、話がしたくて・・・別に何かしようとしてたわけじゃない」
「だからって、つけていいとでも思ってるわけ?」
「話しかけられなかったんだ!だから、コンビニから出て来たら、話しかけようと・・・」
「そもそも、何の話があるわけ?」早坂さんの威圧感に、おじさんはたじたじになっている。
「わたしに何の話があるんですか?答えてください」
「5秒以内に答えないと、今すぐ警察呼ぶわよ」
「・・・ひっ、一目惚れしたんだ!」
わたしも早坂さんも、言葉を失った。「・・・えっ」
「最初飲みに行った時、一目惚れして・・・話しかけようと思ったんだ。でも、なかなか席に来ないし、周りの目もあるし、だったら店が終わった後に話しかけようと・・・」
「話しかけて、そのあとは。どうするつもりだったの」
こんなに苛立っている早坂さんは初めてだ。
男はまた黙った。
「5、4、3・・・」
「れっ、連絡先を聞くつもりだった!それだけだ!だから、警察はやめてくれ・・・頼む・・・」
早坂さんは、唸るように息を吐いた。「雪音ちゃん、どうしたい?」
やっと、わたしに発言権が回ってきた。──この人、やり方は間違ってるけど、たぶん嘘はついていない。
「おじさん、わたしはおじさんに連絡先は教えません。警察も呼びません。そのかわり、もう2度とお店には来ないでください。いいですか?」
おじさんは、すぐに頷いた。前科がつくリスクを犯すほど、わたしに執着はないだろう。
「悪かったよ・・・本当にただ、話したかっただけなんだ。怖がらせて申し訳ない」
「納得いかないわね」早坂さんの言葉は無視する。
「もう行ってください」
おじさんは申し訳なさそうに一礼すると、背中を丸めて去って行った。
これで終わったと思ったから、早坂さんが追いかけたのは想定外だった。
肩を掴み、こちらを向かせる。手に持っていた帽子を雑に被せると、おじさんの耳元に顔を寄せた。
冷静に戻ってくる早坂さんの後ろで、硬直してるおじさんが見えた。