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いつもと違ったのは、おじさんの行動だった。1度店を出たおじさんは、すぐに戻って来た。
「あれ、忘れ物ですか?」春香はお手洗い(わたしの為に我慢していた)に行っている。
「いや、おねーしゃんに、言いたい事があってなあ」
フラフラしているが、助けには行かない。「なんでしょう?」
「あいちゅはなあ、昔から執念深いちゅーか、しょーゆうとこがあってなあ」
プリーズ、呂律!「あいつ?なんの事ですか?」
「うーん、俺も、無理でゃから諦めろと言ってるんだ」
──この人は、さっきから何を言ってるんだ。「あの・・・」
「お客様!忘れ物ですか!」トイレから戻ってきた春香が、ドシドシと大股でおじさんに迫る。
「よし!言いてゃい事は伝えた!じゃあな〜姉しゃん」
ぜんぜん伝わってませんが。
春香の圧に押されたおじさんは、フラフラと店を出て行った。
「何あれ、何言われたの?」
「・・・よくわかんない」
「ったく、これだから酔っ払いは嫌なのよ」
春香も酔うとあんな感じだけど。と思ったが、今日は1日助けられたから、思うだけにしておく。
あいつは昔から執念深い。おじさんはそう言った。いったい、わたしに何を伝えようとしていたのか。考えても仕方ないし、ただの酔っ払いの戯言だと思っていた。
───この時は。
店を出て外の空気を吸うと、いくらか頭がスッキリした。問題は、どうやって帰るかだ。早く帰って寝たいところだが、土曜日の地下鉄を考えると、頭痛が悪化しそうだ。こういう時、人に酔う自分を恨む。
風に当たりながら、ゆっくりと帰ることにしよう。
──歩きながら、不思議な感覚に襲われた。見慣れた景色が、いつもより鮮やかに見える。
この街って、こんなに明るかったっけ。そう感じるのは、何かしらの心境の変化なのか。
早坂さんと瀬野さんに会ってから、わたしの生活は一変した。こんなに時間の流れが早いと思った事はない。それだけ、怒涛の日々だった。わたしはこの数日で、"2回も"妖怪に会っている。正確には、財前さんは半分が、だが。
以前のわたしには考えられない事が、普通に起きている。自分でも予想外の発言や、行動をしたり、もしかしたら、わたし自身が1番、自分に戸惑っているのかもしれない。
でも、不思議なことに、早坂さん達に会う前の自分に戻りたいとは思わないんだ。