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第七話 友達はいない、努力もしない、でも勝つ。

 
挿絵


シルバは……いつになく真剣な表情で言った。
「シンさん――僕に修行をつけて下さい」
「はぁ? やだよバァーカ」
シンは鼻をほじりながら答える。
「いい大人が鼻をほじってる姿って、なんだか悲しくなります……」
「大人だろうが子供だろうが、どっかのアイドルだってなぁ、そこに穴があるのなら塞ぎたくなるのが人間だ」
「やめて下さいその言い方」
「あ? お前今卑猥なこと想像したろ? まだまだ青いねぇ思春期のガキは。
アイドルが埋めるのは"心の穴"だろうが……」
「上手い事言ってんじゃないですよ! まぁ断られると思ってましたから……これを見て下さい」

僕は一枚の書類を取り出して机に置く。
「お前……これいつの間にやりやがった!?」
シンはその契約書を見て、驚いた表情で尋ねた。
「あんたが昨日ベロベロに酔っ払っている時にそそのかして契約したんですよ。銅貨1枚払えばいつでも僕に修行をつけてくれるという内容です」
「てめぇ……卑怯だぞ! 銅貨1枚なんてガキの肩叩きの報酬じゃねぇか!」
「どう考えても自業自得でしょーが!」
「俺は毎日忙しいんだよ」
「毎日サイコロ振ってお酒飲んでるだけですよね? ほら、今日の銅貨です」
「そうやってなんでもかんでも人に頼る姿勢が気に食わん」
「あんたはみんなの稼いできたお金でギャンブルしてんだろ!」
「ちょっと2人とも! お客さん来てるんだからもうちょっと静かにしなさいよ!」
来客対応中のロゼッタに怒られてしまった。
「ごめんロゼッタ! ほら、行きますよシンさん」

僕達はギルドの裏手に場所を移すと、やる気なく腰を下ろしたシンさんが言う。
「で? 俺に何させようって言うんだ」
「僕を強くして下さい」
「まずそこが抽象的なんだよ。お前はどう強くなりたいんだ? 剣術を学びたい、魔法を身につけたい、喧嘩が強くなりたい。目標が漠然としていれば、いつまで経っても理想の自分にはなれやしない。ここはアニメのような世界だが現実なんだ……まずは未来のなりたい自分をはっきりと想像しろ。アニメのように特に努力もせずに簡単に強くなれると思うな」
「じゃあシンさんはどうやって強くなったんですか?」
「俺は転移魔法で召喚された時に『闘いの神』の加護を受けて、異様なほど身体能力が上昇した」
「ただのチートじゃないですか」
「馬鹿やろう。運も実力の内なんだよ。だが強すぎる力には、それなりの代償もある……」
「その代償って――」
「……ささくれが出来やすくなる」
「は?」
「冬になるとこれが痛いこと……」
「もういいです」
「何怒ってるんだよ」
(百歩譲って僕はいい……マイケルが不憫すぎる!)

シルバは木で出来た模擬剣を手に取りながら言う。
「僕は昔から剣とか魔法で戦うのが憧れでした。RPGゲームの主人公みたいになりたいです」
「そうか――じゃあこれしかないな」
そう言ってシンは一度部屋に戻り大きな荷物を持ってきた。
「こ、これは――?」
「『グロース』、『東京#リバイバーズ』、『明日から俺は』全巻セットだ!」
「全部ヤンキー漫画じゃねぇか! こんなもん読んだからって強くなれるか! てかなんで異世界に漫画があるんですか!」
「絵の上手いエルフに描かせた」
「ここまで詳しく記憶してるとか、どんだけヤンキー漫画好きなんですか」
シルバはパラパラと漫画をめくりながら尋ねる。
「ヤンキー漫画を読んだ後は、どんな奴でも自分が強くなった気がするもんだ」
「それは本当に気持ちだけなんですよ! そのせいで痛い目みた人間を知っています……」
(僕です……)

「これは冗談じゃなく実際に命のやりとりをする事のあるこの世界では、常に臨戦体制でいなきゃならない。だから常にヤンキー漫画を読んだ後の様な気持ちでいる事は生き残る上で大切なんだ」
「い、言われてみれば僕もこの前のハンターとの戦いはアドレナリンが出っ放しでした」

それから一週間、シンさんの言葉を信じた僕はヤンキー漫画を読み漁った。
「にいに、何読んでるの? 薬草採りにいかないの?」
「後もうちょっと……」
漫画に夢中になっているとスイが眠ってしまっていた。
「いけないいけない……続きが気になってつい夢中になりすぎた」
その時、僕は修行をつけるのが面倒なシンさんに上手いこと丸め込まれているだけではないかと思った。
「シンさん! 今日こそまともに修行つけてもらいますからね!」
「ったく、めんどくせぇなぁ……」
僕達はまたギルド裏にあるスペースへと場所を移した。
シンは準備体操に屈伸をしながら話し出す。

「どれほど上達したか、少し組み合ってみるか」
「上達って、この一週間漫画読んでただけですよ?」
「いいから――来い」
シンは指先で小さく手招きをした。
「分かりました……」
シルバはファイティングポーズをとると距離を詰めてパンチを繰り出した――シンはその拳を右手で払い落とす。すぐさま一歩引いて回し蹴りを繰り出すシルバ。シンはそれを屈んで避けるとシルバの後ろに回り込む。シルバもそれに対応してすぐに振り返ると、その後はシルバが繰り出す攻撃をシンがいなすという展開がしばらく続いた。数秒が経ちシンがシルバの額にデコピンを一発当てると、シルバが後ろに倒れ尻餅をつき組み手は終了した。

「……なんか僕、めっちゃ動けたんですけど」
シルバが息を荒くしながら言う。
「重力の関係なのか詳しい事は分からんが、この世界は地球よりも体を軽く感じて身体能力が上がるんだ。それにヤンキー漫画で培われた闘争心と喧嘩のイメージが加わり、思った様に体が動かせたって訳だ」
「なんだか……本当に強くなった気がしました」
「そうでもなければあの変な能力があったとしても、ズブの素人のお前がハンターに勝てる訳ないだろ」
「少し自信がつきました……」
「それでも今のお前の強さは、この世界では中の上ってところだ。慢心はすんじゃねぇぞ」
「はい!」
「じゃあ一汗かいたついでにモンスターでも狩りに行くか」
そう言って連れてこられたのは、初めてシンさんと出会ったあの草原だった。

「この世界にいるモンスターにはSを最上位に、A〜Fとランク付けがされている。冒険者のランクも同じでランクに応じたモンスターの討伐が適切とされている」
「あるあるですね。分かりやすくて助かります」
「お前が以前逃げ回ってたゴブリンはEランクのモンスターだ。お前の冒険者ランクはまだFだが、今日はゴブリンを討伐してみろ。成功すればEランク冒険者に昇進させてやる」
「本当ですか? 頑張ります!」
僕はこの時ヤンキー漫画の決戦前のシーンを思い出して自分を存分に奮い立たせ、心のドーピングを計った――。

 

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