第六話 ツンデレキャラの初登場は大抵バイオレンス。
僕が能力で生み出した物とは――手榴弾だった。
大きな爆発音と共に閃光が走る。
「ゔぅうああ……」
男の断末魔が、その場に微かに響いた。
スイの耳を塞いだ事で両手が塞がっていた為、僕自身は爆音に耳をやられてしまったようだ。スイがこちらを向いて口をパクパクと動かしているが、何も聞こえない。
恐る恐る木の影から振り返ると、あの男は倒れていた。ゆっくり観察しながら近づくと、呼吸はしており気を失っているだけに見えた。
「……良かった。生きてた」
その場に座り込みホッとすると、やっと周囲の音が聞き取れるようになってきた。スイが興奮した様子で尋ねる。
「にぃに今の何? どーんってすごかったね」
「僕の魔法だよ……」
「にぃには魔法が使えるの? すご〜い!」
説明が面倒なので魔法という事にしたが、この世界でも魔法が使える者はひと握りだとロゼッタから聞いていた。
「とにかく――無事で良かった……」
僕はスイを抱きしめて、先ほどまでの恐怖と込み上げてくる感情から涙を流してしまった。
「にぃに、どこか痛いの? 大丈夫?」
「うん……。大丈夫だよ」
そこに誰かが近づいてくる足音がした為、僕は涙を拭ってもう一度気を引き締めた。だが、その足音の主は予想外の人物だった。
「シンさん……」
「ゴブリンにビビって小便漏らしてたお前にしてはやるじゃねーか」
「漏らしてませんよ!」
「1人でよく守りきった」
「見てたんですか?」
「童貞ケモ耳ロリコンくそ野郎がどこまで本気なのか気になっただけだ」
「童貞以外は断固否定します」
「これから似たような事や、もっとヤバい奴に命を狙われる危険もあるだろう。それでもお前みたいな童貞がそいつを守り続けられるのか?」
「童貞も守れない奴に、何も守れませんから」
「なら強くなれ。誰も文句が言えないくらい」
「……はい」
「騎士団も呼んである。到着したらその男を引き渡せ」
「あ、ありがとうございます……」
そしてシンさんはひと足先に帰ってしまった。
「にいに、どーてーって何?」
スイが純粋無垢な顔で尋ねる。
「ま、魔法使いって事だよ……」
「じゃあにぃにはすごいどーてーだね! スイもにぃにみたいなどーてーになれるかな?」
「き、きっとなれるよ。ははは……」
やがてやって来た騎士団に男を引き渡すと、その日はもう遅かった為、明日改めて事情聴取を受ける事となった。
そして翌日――ギルドの扉が勢いよく開き1人の女性が現れた。
「シン! またあなたのギルドなのね!」
その人は綺麗な長い銀髪をゆらめかせ、髪と同じ色の鎧を上半身に纏っているが、下はミニスカートというご都合主義なアニメファッションを体現している女性だった。
「あぁ? 今回ウチはハンターを捕らえた功労者の筈だが?」
シンがその女騎士に反論する。
「じゃああの森の様子は何? 爆裂魔法でも使ったのかしら? そんな危険な魔法が使えるウィザードがいるなんて聞いてないんだけど!」
「お前はいつも小せえ事をゴタゴタとうるせーんだよ。そんなんだからいつまでも男が出来ねーんだぞ?」
「はぁ? あんたちょっと表でなさいよ! その腐った根性叩き直してあげるわ!」
「これほっといていいの?」
僕がロゼッタに尋ねる。
「いいのいいの。いつもの事だから……」
ロゼッタは呆れている様子だった。
「あの人は誰なの?」
「彼女は『ケイト・ホルスタイン』。このボナール王国騎士団の副団長よ」
「若く見えるのに副団長ってすごいね」
「実力は王様の折り紙付きらしいわ。実際に何度も王様の命を救ってる。ただ……」
「ただ何?」
「彼女……素直じゃないのよ、特にシンに対して……。本来こんな事で副団長である彼女がウチみたいな弱小ギルドに足を運ぶ筈ないのに、シンもそれに気付いてないのよ……」
「あぁなるほど。ツンデレってやつだね」
そして僕たちはまた2人の言い争いに目をやる。
「またこの前みたいに取り調べで、長時間拘束したって良いのよ?」
「おい! それは職権濫用だろうが!」
「じゃあ少しは私の言う事も聞きなさいよ!」
「今度は何しろってんだよ」
「あの森まで現場検証に付き合いなさい」
僕とロゼッタは目を合わせて笑い出す。
「あれ、一緒に散歩したいんだよね?」
「絶対そうよ。もう素直じゃなさすぎて逆に可愛いわ」
「あなた達! 何を笑ってるの?」
ケイトがシルバとロゼッタを指差しながら言う。
「な、何でもありませーん……」
「俺、今日は勝てる気がするから賭場に行きてーんだけど」
シンがそう言うとケイトが大きな声で反論する。
「そうやってギャンブルばっかりして、将来け……結婚とかする時にお金が残っていなかったらどうするの?」
ケイトは顔を赤くさせながら問い詰める。
「そん時は金持ってる奴と結婚するよ」
それを聞いたケイトは後ろを向き、誰にも聞こえない声量でボヤく。
「い、一応貯金はある程度あるけど……。やっぱりこういうのって男が稼ぐもんじゃないの……?」
「何ボソボソ言ってんだお前」
「ひ、独り言よ! とにかく! 代表者のシンから話を聞くから、あなたはもう下がってもいいわよ!」
僕にそう言うと、ケイトさんはシンさんと共にギルドを出て行ったのだった。
「じゃあスイ、僕達は薬草を採りに行こっか」
「はーい!」
更にその翌日、僕は夕飯の買い物をした帰りに街で偶然座り込んでいるケイトさんを見かけた。
「こんばんわ。こんな所でどうしたんですか?」
「あぁ、昨日のあなたね……。新調した鎧が擦れて痛かったから外していたの」
ケイトさんの短いスカートを見て、僕はこれを正面から見てはいけないと思い隣に座った。
「何か用かしら?」
「少しシンさんについて話が聞きたくて……」
「私より、あなたの方がいつも一緒にいるんじゃないの?」
「いや、シンさんのどこに惹かれたのかなって……」
「はぁ? 私は別に――あいつの事なんてなんとも……」
ケイトさんは分かりやすく赤面した。
「僕には最初、あの人は悪魔のように見えました。
でも最近はそれだけじゃないような気がしているんです」
「私も大概だけど、あいつも自分の本心を隠して生きているんじゃないかしら。時々すごく寂しそうな目をするの」
「さすが、よく見てますね……」
「人を疑うのが仕事だからよ! 深い意味はないわ!」
「僕、応援しますよケイトさんのこと」
「あなた全然人の話聞かないわね」
「そんな人とばかり会ってるから影響されてるのかも……」
「シンはあなたの事、若いのに骨のある奴だって褒めてたわよ。あいつが人を褒めるなんて珍しいんだから」
「期待に応えれるように頑張らないとですね……」
そして僕はスイがお腹を空かせて待っているのを思い出して、急いでギルドへと戻った。
ギルドの扉を開けると、教育上の理由から子供には絶対に見せたくないと思わされる汚い大人の世界が広がっていた。
「おぉ帰ったかケモ耳ロリコン労働力、略してケロロ。ガハハハ」
この日もいつものように数人の友人達と宴会の真っ最中だったのだが、そこにはベロベロに酔っ払い、パンツ一丁で酒瓶を持ちながら裸踊りをするシンの姿があった……。
「あんたはギャンブル狂いのろくでなし浪人、ギロロだな――」