14
思わず、自分の手を確認した。血は出ていない。解放されたその子は、高笑いと共にその場から逃げ出した。
「あっ!待っ・・・」追いかけようとしたけど、足が動かない。あの爪で攻撃されたらと思うと、恐怖で足が竦んだ。
「雪音」
聞き慣れた声に、ハッとした。
─── まずい。
さっきとは非にならないくらい、心臓がバクバクと音を上げる。
ゆっくりと振り返った。お母さんはその場に立ち、両手で顔を覆っている。
「お母さん・・・」
何てバカなんだ。勝手に身体が動いていたとはいえ、このタイミングで ──。
そうだ。わたしは、お母さんと買い物に行った帰りだったんだ。
一連のやり取りを、お母さんは全部見ていた。
わたしが見えない何かに話しかけ、存在しない何かを掴み、声を荒立てるその姿を。
今のわたしに、何が言える?何を言っても信じてもらえないわたしが、何を?
お母さんは、しばらくその場に立ち尽くしていた。顔を覆い、表情が見えず、泣いているのかと思った。
わたしは待った。お母さんが何か言ってくれるまで。でも、お母さんは何も言わなかった。落とした買い物袋をゆっくりと拾い上げ、「帰りましょう」その一言だった。
わたしはお母さんの後ろを離れて歩いた。
なんとなく、側に行ってはいけない気がしたんだ。お母さんは1度も振り返らない。
あの子を掴んでいた自分の手を見た。
あの時、離さなければ、怪我をすれば、そしたら、お母さんも信じてくれたかな。
その日、家に帰ってからのお母さんは明らかに様子が変だった。一点を見つめ、ボーッとしていることが多く、時々大きなため息をついていた。
日常的な会話はするが、わたしを見ようとしない。目を合わせるのを避けているように感じた。いつもと変わらない空間なのに、息が詰まりそうだった。