父の後悔
婚約破棄の申し出がキャラハン伯爵家側からあったとき、カルローニ伯爵は後悔した。
バカ息子が、あそこまでバカであることを自分ですら知らなかったのだ。
キャラハン伯爵が知らないのは当たり前のことだ。
だが、知ってしまったらそれなりの対応をされるのもまた、当たり前のことである。
「でもコレは手痛いな」
カルローニ伯爵は書斎で独り言ちる。
キャラハン伯爵家での初顔合わせの時にあったトラブルは、コチラ側の不手際だから仕方ない。
だからあの時、婚約が解消されたときの慰謝料を二桁増やせ、と言われて応じたのだ。
商売を手広くやっているカルローニ伯爵家としては、その金額を支払う事になったとしても、痛くも痒くもないと思ったから、というのもある。
だがそもそも婚約が解消されたり、破棄されたりしなければ考える必要もない金のことだ。
そこまで深く考えてはいなかった。
「だからって、本当に婚約破棄となるとは……」
両家の結束を固くして商売を広げていくことは、お互いに利益となる。
利益になることを、反故にする必要などない。
商売人の考えだ。
当然、同じ商売人であるキャラハン伯爵も同じ考えだと思っていた。
だから婚約を解消するなどということは、カルローニ伯爵の頭には欠片もなかった。
でも、どうやら違ったらしい。
「……いや、商売人だから損切をしたのか?」
我が子を損切対象にしてしまうのもどうかと思いつつも、カルローニ伯爵の頭に浮かぶ可能性はソレだけだ。
結婚によって縁を深めることは、客層の違う両商会にとってメリットがある。
婚約者の決まっていなかった令嬢は、商売の駒として最大の価値を生み出すときに使うつもりなのだろうとカルローニ伯爵は想像した。
それは当たっていたから、トントン拍子に婚約は調ったのだ。
だからキャラハン伯爵が、優れた商売人であることは確かである。
「アレがあそこまでバカだとは……」
なんだかんだ言って、息子も同じだと思っていた。
バカな行いはするが商売人としては、賢い判断をするものと思っていたのだ。
そもそも貴族の結婚とは、政略的なものだ。
それが普通であり、普遍的で変わらないものである、とカルローニ伯爵は考えていた。
息子だって、そのくらいのことはわきまえていると思っていた。
だから、まさか本当に婚約破棄などということが起きるとは、思ってもみなかったのだ。
「女一人のことで大事な取引を台無しにするなんて。商売人にあるまじき行いだ」
未だ信じられない。
カルローニ伯爵は、キャラハン伯爵のにこやかな顔を思い出しながら思った。
だが、そのまさかは起きてしまったのだ。
しかも我が家が、婚約破棄をされる側である。
これは手痛い失敗だ。
慰謝料の額の話ではない。
キャラハン伯爵家との共闘が叶わなくなること、それが手痛いのだ。
「我が商会だって、絶対王者というわけではないんだぞ……私は何を間違えたのか……」
大事に育てたつもりであったが、どこが悪かったのだろうか?
甘やかしすぎたのか?
本当に頭の方が足りない人間だったのか?
いや、そんなことはない。
私の息子なのだから、頭は悪くないはずだ。
甘やかした自覚はあるが、それは厳しい教育とのバランスをとるためだ。
跡取りとして大事に育てたはずだ、私は悪くない。
バカ息子がその場にいなかったことを理由に、返事を後回しにしたのだが。
結論から言えば変わらない。
「婚約破棄を受け入れて、慰謝料を払うしかない……」
カルローニ伯爵は渋い顔をして、必要な書類にサインをしたためた。