餌づけ
俺が生まれたのは、山が近くにある田舎だった。熊注意という看板が珍しくない場所で、ガキの頃から、ランドセルに当たり前のようにクマよけの鈴をつけていた。
だが、どんな凶暴な動物でも生まれたばかりで身体が小さい頃はかわいいものだ。俺も、そいつと初めて会ったとき、恐怖よりも、そいつと仲良くなりたいと家から、こっそりと魚や野菜などのエサを持って来て与えた。そいつは最初は警戒していたが、俺の差し出した食べ物に興味を引かれて、ゆっくりと近づいてきて、俺たちは友達になった。だが、親に家から食べ物を持ち出しているのがバレて、もう二度と会ってはダメだと怒られ、それ以来、二度と会ってはいなかった。だが、俺が大人になった頃、人間の食べ物の味を覚えてしまったそいつが、麓の村に姿を現すようになり、地元の村役場に勤めていた俺も駆り出されて、子供の頃の友達だったそいつに銃口を向けた。こんなことのために猟銃の許可証を得たわけではないが、俺を見つけて、昔のようにのそのそと近づいてきたそいつに、俺はエサではなく、銃弾を食らわせた。村の人たちには、すごく感謝されたが、子供の頃の友達を撃った俺は素直に喜べなかった。なにより、あいつは、人間の捨てた生ゴミを漁るくらいで、誰も傷つけてはいなかったのだ。